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永遠に誓う愛の事情06

名前と喧嘩?というか気まずい雰囲気になってから、いつの間にか2週間近くが経過しようとしていた。俺も名前も、表面上はいつも通りに接している。スマホでやり取りもするし、たまに一緒に飯を食ったりもする。けれどそれは、ここ最近の一件があった以前に比べたら明らかによそよそしいもので。お互いに無理をしていることが分かって、俺は逆に辛かった。
俺としてはどうにかして元の関係に戻りたいと思っているのだが、ここにきて名前との距離の取り方が分からなくなってしまって、結局どうにもできずにいる。もう一度真剣に話し合うとしても、またこの前のようになってしまっては逆効果だ。今度こそ取り返しのつかないことになってしまうような気がする。
考えに考えた結果、俺が出した結論は誰かに相談してみることだった。そこで相談相手として思い浮かんだのが松川。ゴールデンウィークの飲み会の時、松川の一言にはっとさせられたことを思い出し、相談したら何か良いアドバイスをもらえるんじゃないかと思ったのだ。及川や花巻は、どちらかというと俺みたいなタイプの考え方は理解できないと思うし、ここは松川とサシで会うのが適当だろう。
俺が飯に誘うと松川はすんなりと了承してくれて、6月間近となった今日が会う約束をした日だ。俺から誘ったにもかかわらず、松川は個室のある良い店を選んでくれて非常に助かった。俺から誘うなんて珍しいことだから、何かしら大事な話があることを察知してくれたのかもしれない。現に松川は、乾杯を済ませるや否や、何か相談とか?と話を振ってきた。


「あー…実は、相談してぇことがあって」
「彼女サンのこと?」
「……おう」


察しが良くて助かった。俺は恥を承知でゴールデンウィーク以降の出来事を話すと、松川の助言を求めて、お前ならどうする?と尋ねた。松川は気難しそうな顔をして暫く考えてから、あのさ、と口を開く。


「岩泉はなんでプロポーズしないの?」
「は?それは…タイミングってもんがあるだろ…」
「岩泉の思ってるタイミングっていつ?」
「………それは…、」


言葉を詰まらせた俺に、松川は苦笑している。プロポーズのタイミングなんか、正直分からない。けれど、結婚したいと思うほど名前のことが好きなのは確かだ。


「岩泉んとこ、正直ずっと羨ましかった」
「あ?」
「5年も続いてるのに喧嘩したとか聞いたことないし、穏やかそうで良いなーって」
「…おう」
「だから余計にさ、岩泉が何に迷ってプロポーズしないのか、俺には分かんないんだよね」


松川はビールを少しずつ口に含みながら、淡々と考えを述べていく。昔から松川は感情があまり表に出ないし、声を荒げたり誰かに八つ当たりしたり、そんなことをするヤツじゃなかった。けれど、長年の付き合いで何となく分かる。松川は今、俺にイライラしている。
何ヶ月も前からあーだこーだと悩んでいた挙句、もはや別れるんじゃないかってところまで状況を悪化させている俺に、きっと痺れを切らしたのだろう。俺だって逆の立場だったら、何やってんだよ、とツっこんでいると思う。しかし自分のこととなると、どうにもごちゃごちゃ考え過ぎてしまうのだ。


「たぶんだけどさ、彼女サンは待ってんじゃないの?岩泉のプロポーズを」
「……そうなのか?」
「俺は彼女サンじゃないし女でもないから分かんないけど。なんとなくそんな気がする」


松川の発言に根拠はない。が、なぜかその言葉には説得力があって、思わず押し黙ってしまった。


「うだうだ悩むのは岩泉らしくないって。漢前代表として、先陣切って独身離脱したら?」
「なんだそりゃ」
「男は度胸…じゃなかったっけ?」
「……そんなこと言ったの、いつの話だよ…」


遥か昔、俺がまだまだガキだった頃に言ったセリフを引き合いに出されて、苦笑してしまう。男は度胸だろ!と。何の流れでそう言ったのかは覚えていないが、誰かの背中を押すために言ったということだけは覚えている。
大人になって、いつの間にか守ることばかり考えるようになってしまっていた。失ったら取り返しがつかないような気がして、波風立てないように、ただ穏やかに過ごしていられれば良いとぬるま湯に浸かっているのが当たり前になっていた。だから、度胸なんて青臭い言葉は、綺麗さっぱり忘れていた。
男は度胸、か。まさか昔の自分に鼓舞される時がくるとは夢にも思わなかったが、今の俺に足りないのは確かに度胸ってやつかもしれない。


「決めた。今度こそプロポーズする」
「お。……やっとらしくなったな」
「おー。悪ぃな、世話かけた」
「いーえ。その代わりと言っちゃなんだけど、俺の相談にものってくんない?」
「俺が助言できることなんてたかが知れてるぞ…?」


いーのいーの、と笑いながら、松川は自分の最近の出来事を話し始めた。ゴールデンウィークに話を聞いた時にはかなり順調そうな雰囲気だったし、松川の読みが当たっていれば両想いであるはずなのだが、なぜかフラれてしまった、と。要約するとそういうことらしい。
これだから女心ってのはさっぱり分からない。言わなくても分かってほしいとか、察してほしいとか、何かのテレビ番組で女性タレントが偉そうに宣っていたが、男からしてみれば言われなきゃ分からない、だ。


「松川は優しいよな」
「………それ、フラれた子にも言われたんだけど。優しいって何?どこが?」
「常に自分より相手優先っつーか。フラれた時も、結局は無理強いしたらその子を困らせるって思ったから引き下がったんだろ」
「…まあそれもあるけど。みっともないところ見せるのはどうかなって思ったのもある」
「俺ならたぶん、ちゃんとした理由きくまで納得できねぇ」


相手のこと考えてる余裕なんかねぇよ、と。自分と重ね合わせて感じたことを素直に口にすると、松川はポカンとしていた。そのまま固まること数秒、俺がジョッキを机に置いた音で我に帰ったらしい松川は、ははっ、と笑いを零した。


「あー…うん、なんか岩泉らしいわ」
「嫌いじゃねぇって言われたんだろ。じゃあ付き合えねぇ理由さえどうにかすりゃ良いだけの話だ」
「…岩泉ってさ、人のことになると急に漢前発揮するよね」


自分はプロポーズできないってさっきまでうじうじしてたくせにさー?なんて痛いところを突いてくる松川は、本当にいい性格をしていると思う。そこを指摘されると、俺はぐうの音も出ない。それとこれとは話が別なのだ。


「岩泉は、なんで今の彼女と結婚したいの?」
「は?」


唐突に、何の脈絡もなく問いかけられた質問に、俺は口に運びかけていた揚げ出し豆腐を皿の中に戻してしまった。
なんで、ってきかれても…そんなの好きだから以外に何があるっていうんだ。俺がボソボソとそういったニュアンスのことを答えると、松川はうーんと唸りながら枝豆を貪り始めた。一体どうしたというのだろう。


「好きで付き合ってても結婚まではいかないパターンもあるじゃん?何がどう違うんだろうなーって思ってさ」
「そんなの、その女を他のやつのモンにしたくねぇって思うかどうかじゃねぇのか」


当たり前のことを言っただけなのに、松川はなぜかひどく驚いた表情を浮かべた後に笑いながら、なるほどね、と呟いた。何がそんなに面白いのかは分からないが、疑問が解決したようで何よりだ。
助言らしい助言は何もしていないと思うのだが、松川はすっきりした顔をしているから、恐らく相談に乗ること自体には成功したのだろう。


「やっぱ岩泉は漢前だわ」
「はあ?」
「その調子でプロポーズも頑張ってください」
「……おう。松川もな」
「はは、じゃあお互いの幸せを願って」


乾杯。
ガチャン、と盛大に合わせたジョッキの音は、試合開始を告げるホイッスルよろしく、賑やかな店内に響き渡った。