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永遠に誓う愛の事情05

ゴールデンウィーク明けの土曜日。俺は名前の家に訪れていた。ききたいことがあるから会いたい、と。電話で伝えたのが月曜日。平日はお互いに仕事がいつ終わるのか分からないということで土曜日に会うことになったのだ。
名前の家には何度も行ったことがあるが、こんなに緊張しているのは初めてかもしれない。ききたいことをうまく切り出せるか、冷静に話をすることができるか、俺はそのことばかりで頭がいっぱいだ。
いつものようにチャイムを鳴らすと、すぐに名前が玄関を開けて出迎えてくれた。電話で話もできたし、こうして会う時間を設けてくれるし、とりあえず、完全に避けられているというわけではなさそうでホッとする。
名前は俺がいつも使っているコップにお茶を注いで勧めてくれると同時に、自分も俺と色違いのコップにお茶を注いでから俺の隣に座った。さて、どうしよう。いきなり本題を切り出してもいいものだろうか。


「ゴールデンウィーク、会えなくてごめんね」
「あ?いや…ゆっくりできたか?」
「うん。はじめは?」
「俺は…家で寝てばっかりだったから…」


ゴールデンウィークのことを名前から切り出してくるものだから、思わずしどろもどろになってしまった。自分から話題に出したということは、なにもやましいことはないということなのだろうか。ぐだぐだ悩むのは性に合わない。俺は思い切って、本題を口にした。


「名前、ゴールデンウィーク初日、どこにいた?」
「え?えーと…買い物……行った、かな。どうして?」
「実は見ちまったんだよ。名前が他の男と2人でいるところ」


名前は持っていたコップをコトリとテーブルの上に置いて、俺の方を見つめる。その表情は、驚愕と困惑と、ほんの少しの軽蔑が含まれているように見えた。


「覗き見…してたってこと?」
「そういうつもりはなかった。声かけにくい雰囲気だったから、タイミング逃しちまっただけだ」
「……そう」


名前は目を伏せて押し黙る。名前を責めるつもりはない。というか、責めるべきかどうかもまだ分からない、といった方が正しいだろうか。気まずい空気が流れて、時計の針が動くカチコチという音だけが異様に響く中、俺は静かに息を吐く。


「…俺に、飽きたのか」
「そんなことないよ」
「じゃあなんで他の男と2人でデートなんかしてたんだよ」
「あれは!…職場の、人で…最近お世話になってて、何かお礼したいって言ったら、買い物に付き合ってほしいって言われたから行っただけで…デートってわけじゃ…」


相変わらず俺と目を合わせぬまま事の次第を説明する名前に、無性に腹が立った。それならそうと最初から言ってくれたら良い。あまり良い気分ではないが、お礼がてら付き合うという名目なら仕方がないと諦めもついただろう。しかし、俺に黙ってそういうことをするのはいただけない。まるで、俺にバレたらまずい関係であるかのように受け取ってしまうではないか。
俺は思わず、言い訳すんな!電話だって出なかっただろ!と怒鳴りそうになった。が、ギリギリのところで思い留まる。ここで名前を責めるのは簡単だ。けれど、責めたところでどうなるというのだろう。益々気まずくなって今の関係が悪化してしまうだけではないだろうか。それならばここは冷静に、大人の対応をした方が良いような気がする。この際、電話をスルーされたことは追求しないことにしよう。


「…分かった」
「え、」
「勝手に勘違いして悪かったな」
「……怒ら、ないの…?」
「怒る必要ねぇだろ」


名前は俺の反応に驚いた後、なぜかひどく寂しそうな顔をした。誤解も解けて、俺からのお咎めもなくて、喜んでいいはずのこの状況で、なぜそんな表情を浮かべるのか。俺にはさっぱり分からない。どうした?と尋ねても名前は俯いたまま何も言ってくれなくて、そんな反応に鎮まりかけていた怒りがまた沸々と湧き上がってきてしまう。
俺が何をしたというのだろうか。元はと言えば名前が黙って他の男と2人で出かけたのが原因であって、俺は何も悪くない。泣きそうな顔をされても、泣きたいのはこっちの方だと言ってやりたい。同僚だか先輩だか知らないが、相手は絶対に名前に気があって誘ったに決まっている。いくら世話になったからと言って、俺という彼氏がいながらそんな男にホイホイ付いて行く名前は、ぶっちゃけどうかしていると思う。今までこんなこと、一度もなかったのに。
分かっている。これは単なる嫉妬だ。男の嫉妬ほどみっともないものはない。俺の今思っていることを名前にぶちまけたら、それはそれはがっかりされるだろう。器が小さい男だとは思われたくない。ちっぽけな俺のプライドだ。


「…何か言いたいことがあるなら言えよ」
「別に…ないよ」
「じゃあなんでそんな顔してんだよ」
「…じゃあきくけど。はじめは、私のことをどう思ってるの?」


いつもは大人しくて穏やかでふわふわした雰囲気の名前が、今日はどことなくピリピリしていた。俯いていた顔を上げ俺の瞳をじっと見つめてくるその表情は、何かを決意したようにも見える。
名前のことをどう思っているか、なんて。そんなことを今更きいてどうするのだろう。


「名前は俺の彼女だろ」
「そうじゃなくて。どういう気持ちで付き合ってるのかってこと」
「……そんなの、好きだから付き合ってるに決まってんだろ」
「…はじめは…いつも、余裕そうだよね」


名前に言われたセリフに、思わず固まる。余裕そう?俺が?冗談じゃない。俺は名前といる時、いつだっていっぱいいっぱいだ。
付き合って5年も経つのに、いまだに2人きりになったらドキドキして、あわよくば触れたいとかキスしたいとかガキみたいなことを思ってしまうし、手を繋ぐだけで馬鹿みたいに心臓はうるさくなるし、もっと言うなら名前の笑顔を見るだけで勝手に胸を高鳴らせたりしている。けれど、イイ大人の男がいちいち照れたりドギマギしているのは格好いいもんじゃないことぐらい分かっているから、俺はいつも名前に自分が動揺していることがバレないように必死に取り繕ってきた。
ある意味、その作戦は成功していたのだろう。だから今、こんな事態になってしまっているのだけれど。


「…余裕じゃねぇよ」
「最近のはじめは、私といてもつまらなそうだし…」
「え?」
「なんていうか…上の空っていうか…私の話、あんまり聞いてないし…」


指摘されて思い出すのは、ここ数ヶ月ずっと思い悩んでいること。名前にどうやってプロポーズするか。暇さえあればそんなことを考えているものだから、名前と一緒にいる時も無意識のうちに考え込んでしまっていたのかもしれない。
確かに最近、話きいてた?と尋ねられて我に帰ることが多かったような気もする。名前にとっては、それがつまらなそうに見えてしまったのだろう。つまらないなんて感じたことは一度もない。どうにか弁解しなければ。
しかし今ここで、プロポーズのタイミングを考えていたから上の空だった、なんて言えるはずもなく。俺はどう返答すべきか分からず、押し黙ってしまった。


「ほら…やっぱり……私に飽きたのは、はじめの方じゃないの?」
「は?」
「だから、私が浮気まがいなことしても何とも思わなかったんじゃないの?」
「浮気って…そういうつもりだったのかよ」
「違うけど。怒らないってことは、そこまで私に執着してないってことでしょ…?」


なんだか話がややこしくなってきた。俺が今まで努力してきたことが、全て裏目に出ているような気がする。かと言って、過去に俺がやってきたことは今更どうしようもないわけで。このままでは誤解が誤解を生んで悪循環に陥ってしまうと踏んだ俺は、どうにか軌道修正しようと試みる。


「名前、落ち着け」
「私は落ち着いてるよ」
「いつもの名前なら、そんな風に食ってかかってこねぇだろ」
「……違うもん」
「名前?」
「いつもの私は、私じゃないもん…」


いつの間にか目に涙を溜めていた名前は、声を震わせている。どういうことだ。いつもの名前は、俺の知っている名前は、本当の名前じゃないとでも言うのだろうか。5年も一緒にいて、俺は本当の名前の姿を知らなかったとでも言いたいのだろうか。あまりの衝撃に声も出せない。


「大人しくて、穏やかで、いつもにこにこしてて。そんな私は、本当の私じゃないもん。本当の私は、今日みたいに面倒な女だもん…」
「面倒とか…言ってねぇし…」
「言わないだけで思ってるでしょ」
「思ってもねぇって…正直驚いてるけど…」


いまだに困惑しながら言葉を紡いだ俺に、名前はもう何も言ってこない。ここで抱き締めて、どんなお前も好きだから安心しろ、と言えば名前は落ち着いてくれるのだろうか。今まで通りの関係を続けることができるのだろうか。
恐る恐る名前に近付いて伸ばしかけた手が到達する前に、俯いていた名前が落とした一言は、


「ごめんなさい…今日は、帰って」


俺を拒絶するようなセリフだった。
なんで、とか。どうして、とか。考えてもどうしようもないことばかりが頭の中を埋め尽くしていく。こんな状態のまま帰りたくなんかない。しかし、こんな時にまでちっぽけな男のプライドが邪魔をする。
ここで縋り付いたりしたらみっともない。物分かりのいい懐の深い男でいなければ。そんな心理が働いて、俺は立ち上がった。


「また連絡する」
「……、」


せめてもの悪足掻きで名前の頭をそっと撫でてから、俺は後ろ髪引かれる思いで家を後にした。浮気がどうのこうのって問題じゃない。それ以前に、何かが噛み合っていない。
あー…この5年、何やってたんだろうな、俺は。見上げた空はうざったくなるほど澄み渡っていて、不覚にも、じんわり目頭が熱くなった。