×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

永遠に誓う愛の事情04

悪夢のようなゴールデンウィーク初日を終え、数日が経過した。カレンダーを見ると、今日は5月4日。そういえばアイツらと集まるのは今日だったということを思い出して、気怠い身体をベッドから起こした。気付けばこの数日は、寝る、食べる以外の行動をしていなかったので、凝り固まった身体をほぐすべく、うーんと伸びをする。正直、ぱーっと楽しく飲む、なんて気分には全くなれないのだが、嫌なことを忘れるには丁度いいかもしれない。
ゴールデンウィーク中も部活はある。本来なら顧問の俺はその部活の監督をしなければならないのだが、外部からのコーチともう1人の顧問の引率で生徒達は遠征に行ってしまったため、こういう時に限ってやることがないのだ。こんなことになるぐらいなら引率すれば良かった…とも思ったが、たまには何の予定もない休日があっても良いだろうと、無理矢理考え直した。
俺はさっと支度をすると、徐々に暗くなってきた空を眺めながら指定された店を目指す。その店はうちからそれほど遠い距離ではないため時間より結構早めに着きそうだが、家にいてもやることがないので外にいた方が気分転換になる。待っていればそのうち松川辺りがやって来るだろう。
結局、開始時間の15分も前に着いてしまったのだが、なんとたまたま松川に店の前で遭遇したため、お店の人のご厚意で早いながらも店内で待たせてもらえることになった。久し振りと言っても2ヶ月ほど前にも飲み会をしたばかりだから、そこまで懐かしくもない。


「今日休めたんだな」
「まあ…明日はちょっと職場に顔出すけど。岩泉こそ、部活あるから無理って言われるかと思った」
「生徒達はもう1人の顧問と遠征行ってるから…俺はやることねぇんだ」
「遠征かー。懐かしいな」


高校時代のことを思い出しているのだろう。松川の表情はどこかあどけないものになっている。あの頃から元々大人びて見えた松川だが、この歳になるとより一層落ち着いて見えるものだから、今のような表情は新鮮だ。
あの時の練習ヤバかったよなー。なんてくだらない昔話をしていると時刻は7時前になっていて、花巻が合流した。空いている通路側の席に腰をおろそうとした花巻を止め、松川は自分の座っていた奥の席に座るよう促す。


「なんで?」
「こっちの方が注文とか会計とかしやすい」


そういえば今までの飲み会でも、松川はさりげなく通路側に座って空いた皿やグラスの片付けをしてくれたり、つまみやすそうな食べ物を勝手に注文してくれたりしていた。及川曰く、まっつんは女子力高いよねー!とのこと。なるほど、こういうことを女子力が高いというのかと納得した。
花巻は松川に言われた通り、俺の目の前の席に座る。及川は仕事らしく、いつ来るのか分からないというので、3人で乾杯をして再び話に花を咲かせる。花巻も花巻で、相変わらず自由なやつだ。飲み会の招集なんてかけたことがないくせに、連絡が面倒だからメッセージアプリのグループ設定をしようと提案してくるものだから、思わずツっこんでしまった。
酒がそこまで飲めない俺は、ビールを少しずつ流し込みながら松川が頼んでくれたのであろう唐揚げを齧る。そうやってのんびりと、それぞれがそれぞれの仕事の話をしていると、思っていたよりも早く及川がやって来た。仕事帰りというだけあって、その出で立ちはザ・サラリーマンだ。


「相変わらずかたっ苦しい格好してんな」


俺の発言に、そりゃサラリーマンだからね、と苦笑しながら空いている俺の隣へ腰を下ろす及川は、社会の荒波に揉まれているはずなのに憎たらしいほど整った顔で腹が立つ。呆れるほど愚痴を言うくせに、及川は毎回ちっともやつれていない。コイツは仕事でも恋愛でも、そこまで苦労したことねぇんだろうな。折角の楽しい飲み会なのに名前のことが一瞬脳裏に浮かんで、勝手ながら及川に嫉妬してしまった。
及川が努力家なのはよく知っている。だから、苦労していないなんて、本気で考えているわけじゃない。しかし、俺とはあまりに違いすぎる幼馴染みを見ていると羨ましいと思ってしまうのは仕方のないことだと思う。
俺はそんなドス黒い感情を追いやるべく小さく首を横に振る。全員揃ったところで乾杯をし直し、今までのように馬鹿みたいな会話を繰り広げるのだろうと、そう思っていた時だった。


「岩泉、そろそろ結婚すんの?」


花巻の言葉に、箸が止まる。今1番触れられたくないことだっただけに、動揺してしまった俺はつい強い口調で、なんでだよ、と言ってしまう。けれども3人はそんな俺の様子に気付かないのか、はたまた照れ隠しだとても思ったのか、容赦なく結婚話を進めている。
言うつもりはなかったし、言いたくもない。が、いつもみたいに適当に流せるほどの余裕がない俺は、ジョッキに残っていたビールを胃の中に流し込んで大きく息を吐くと、勢い任せに言ってしまうことにした。コイツらに隠し事なんてしても、どうせすぐにバレる。


「浮気、されたかもしんねぇ」
「は?」
「うそだろ」
「なんで?理由は?」
「知らねぇよ……俺がききたい…」


及川の質問に、俺はとうとう項垂れた。本当のことだ。理由が分かっていたらこんなに思い悩んだりはしていない。何がどうなって今の状況なのか自分でもさっぱり分かっていないというのに、予想はしていたが3人は事の次第を洗いざらい吐けと言ってきた。
こうなったらヤケだ。俺は酒の力を借りながら思い出したくもない出来事の数々をぽつぽつと説明する。どんな思いで聞いているのかは知らないが、3人は珍しく真剣な面持ちなので、茶化される心配はなさそうだ。


「それってさあ…映画観た後の岩ちゃんの発言に彼女さんが傷付いちゃったってことでしょ?」
「そんなにおかしいこと言ったつもりはねぇけどな…」
「映画みたいな展開期待してたとか?」
「え、」
「それを岩泉に真っ向から否定されて傷付いたってこと?だとしても、浮気していい理由にはなんなくね?」


松川の言葉に、俺は固まる。続く花巻の言葉も耳には届いているが、それよりも、松川の発言が衝撃的すぎて反応できない。
映画みたいな展開を期待?名前が?確かに、憧れる、とは言っていたが、本気で映画みたいなこっぱずかしいことをしてほしいと強請ってくるようなタイプじゃないと思っていた。あの映画の男は、その映画の主人公である女との思い出の場所で歯の浮くようなセリフのプロポーズをしていた気がする。俺にそんなことをしてほしいなんて、本気で思うだろうか。
暫く1人で悶々と考えていたが、俺の話題のせいで沈んでしまった空気を感じ取り、現実に引き戻される。自分に言い聞かせるように、まだ浮気とは決まってねぇから…と呟いて、かなり強引ではあるが、話を逸らした。


「俺のことより、お前らはどうなんだよ」
「俺らはまあ…なあ?」
「なあ?って何?マッキーなんかあったの?」
「ねーよ」
「ほんとにー?」
「最近元カノと会ったぐらい」
「え。それって元サヤ狙いとか?」
「んー…分かんね」


どうやら軌道修正には成功したらしく、話題は花巻の元カノのことに移った。花巻はどちらかというと及川と同じタイプで、あまり彼女とは長続きしているイメージがない。しかし、その元カノとは大学時代に付き合っていたらしく、よくよく思い出してみれば名前を何度か聞いたことがあるような気がする。
もしかしたら意外にも一途にその元カノのことを思い続けていたのかもしれない。1人の女を好きでい続けることに関しては、このメンバーの中で俺が1番向いているような気がしていたが、案外そうでもないらしい。
そして、自分ばかりが根掘り葉堀り聞かれていることに不満を抱いたのか、花巻が及川に話を振った。


「で?及川は?」
「へ?俺は……うーん…ちょっとやらかしちゃったかなーって感じ」
「女に苦労したことないお前が?」
「まさか手こずってるとか?」
「そんなツワモノいんの?」


俺を含む3人の口から、揃って驚きの言葉が漏れる。そもそも及川は、自分から仕掛けていくことがほとんどない。何をしていなくても寄ってくる女の中から自分好みの相手を選んで付き合う。なんでも器用にこなす及川は付き合いだしてからもそれなりに上手くやっていたし、そういうところしか見たことがなかったからか、及川の悩んでいる姿は俺にとって相当な衝撃だ。
相手の女性に警戒されているらしい及川を2人はもの珍しそうにイジっていたが、俺はなぜかそんな気にはなれなかった。ヘラヘラ笑ってはいるが、きっと及川はその女性に相手をされなかった時、相当ヘコんだだろう。それでもその相手を諦めないあたり、及川の本気が窺えたからだ。
昔から、なんでも持っているように見られがちな及川だが、実は努力と根性でのし上がってきたことを俺はよく知っている。そりゃあ羨んだり嫉妬することは今でもあるが、コイツの諦めの悪さと本気になった時のパワーには目を見張るものがある。つまり俺は、これでもそれなりに、及川のことを応援してやろうと思っているのだ。


「そういうまっつんはどうなの?気になる子と進展あった?」
「そういえばそんなこと言ってたよな」
「あー。とりあえず連絡先ゲットした」
「しれっと順調そう!ずるい!」
「ずるいってなんだよ…」


及川の話題から松川の話題になり、こちらはこちらで進展があったらしい。珍しくも口角を上げて表情を崩す松川は、なんとなく楽しそうだ。
3人の話をきいて、俺は益々気分が落ち込んだ。順風満帆だと言われていた俺が、今や転覆間近の状態に追いやられている。それもこれも、なかなか煮え切らない俺が招いたことなのかもしれないが、やってられない。
気付けば俺はペース配分など考えずに酒を飲んでいて、途中で松川に渡された水にもほとんど手をつけず酒ばかり飲み続けていた。まさに、ヤケ酒というやつだ。おかげで眠たくてたまらない。
俺が机に突っ伏してうとうとしている間に、どうやら会計を済ませてくれたらしい松川に声をかけられ、なんとか立ち上がる。ふらふらはするが、歩けないほどじゃない。家が近くて良かった。
店を出ると、駅に向かうはずの及川が俺と連れ立って歩き始めて不思議に思う。が、どうせ酔った俺を送れとでも言われたのだろうということはすぐに想像できたので、何も言わずに歩を進めた。恐らく、及川はなぜ俺が酔うほど飲んだのか分かっているのだろう。敢えて何も話しかけてこない。


「お前でもうまくいかねぇことがあるんだな…」


思わず溢れた呟きに、及川が眉を下げて笑う。


「……ああ、さっきの話ね…そりゃあるよ……絶賛悩み中」
「へぇ…」
「俺も、岩ちゃんのところは順調そうで羨ましいなって思ってたから、正直びっくりした」


まさか及川に羨ましがられているなんて微塵も思っていなかった俺は驚く。そして、順調そう、と言われたことに、笑うしかなかった。


「…順調、だったはずなんだけどな」
「岩ちゃんらしくないね。そんなうだうだ悩むの」
「……年取ってから臆病になったのかもしんねぇ」


及川に「らしくない」と言われて、再び自嘲気味な笑いがこぼれる。及川の思う俺らしいってのはどんなだろう。ただ闇雲にやりたいことをやって、好きなことに没頭していたあの頃は、男前だとか漢らしいだとか、そんなことを言われていた。でも、今の俺はそんなヤツじゃない。
大人になって手に入れたものもある。けれど、気付かない内に失ったものもきっと沢山ある。あの頃の俺だったら、名前とうまくやっていたのだろうか。こんなことにならずに済んだのだろうか。
俺は、かつての相棒と沈黙を共有しながら仄暗い夜道をゆっくりと歩きつつ、考えても仕方のないことばかりを頭の中で埋め尽くしていくのだった。