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5月中旬が間近に迫った水曜日。そう、ちょうどゴールデンウィークあけ初日の今日、徹は私に何度目かの「ごめん」を口にした。それに対し、もう良いから、と返すのもこれで何回目になるか分からない。
どうやら徹はゴールデンウィーク前、私とどこかに行こうと計画していたらしいのだけれど、そのゴールデンウィーク中に部活の遠征に駆り出されることになり、私と過ごすこと自体が難しくなってしまった。本来であれば、1年生である徹が遠征メンバーに選ばれることはないらしい。それがどうして例外的に選抜されたのかというと、ゴールデンウィーク前に行われた練習試合で思っていた以上に活躍したことが大きく買われたから、とのこと。確かに、ゴールデンウィークを一緒に過ごせなくなってしまったのは残念だけれど、徹がバレーで活躍してくれるのは嬉しいと思う。だから私はちっとも怒ってなどいなかった。
けれども徹は、相当申し訳ないと思っているのだろうか。私に会うなり「ごめん」のオンパレード。しかも誰が見ているかも分からない食堂で。3限目が始まったばかりの昼過ぎなのでそんなに人は多くないけれど、そろそろちらほらと何事だろうかという視線を感じ始めたので本気で止めてほしい。まるで私がどれだけ謝られても許さない鬼のような女みたいじゃないか。


「ね、徹。過ぎたことはもう良いから夏休みの予定立てようよ」
「…夏休み?」
「そう。大学の夏休みは長いでしょ?9月とか、ちょっと時期をずらせば安上がりに旅行とか行けるみたいだし」
「そっか…うん、そうだね!」


どうにか切り替えてもらおうとまだ少し先の夏休みの話題を出せば、殊の外すんなりとそちらへ思考をシフトしてくれたようで助かった。どこに行きたい?何泊ぐらいが良いかな?と、旅行する気満々である。まあ良いけど。その頃には私もそれなりにバイト代が溜まっているだろうし。
それで思い出した。バイトのこと。元々ゴールデンウィークあけには始めたいと思っていたので、早速今日、面接に行くことにしたのだ。でもまあまだ決まったわけじゃないし、バイトについては決まってから徹に言おう。この前のように変な心配性を発揮して親みたいに口うるさいことを言われるのは避けたい。


「そういえば、お友達はどうなの?黒ちゃんと」
「黒ちゃんって…ああ…黒尾君か。どうなんだろう。何も聞いてないけど。徹は黒尾君から何か聞いてないの?」
「何も」


人の恋愛事情にはあまり首を突っ込みたくないので、私の方から友達に、どう?上手くいってる?なんて聞いたりすることはない。ただ、あちらから何も言ってこないということは何の進展もないということだと思う。だからと言って私にできることは何もないし、こういうのは当たらず触らずが1番良い。徹もきっとそういうスタンスなのだろう。自分から話題を振ってきたくせにその話はそれで終わり、話はまた夏休みどうする?という内容に戻った。


「私から話を振っておいてこんなこと言うのもアレなんだけど、部活ってそんなに長期で休めるものなの?」
「うーん…わかんない…でも部活は強制参加ってわけじゃないから」
「そんなこと言ってるけど、徹はバレーがしたくてバレー部に入ったんでしょう?」
「バレーは好きだよ。でも俺は名前との時間も大切にしたい」
「…ありがと」


徹は付き合い始めた頃から、否、付き合い始める前から変わらない。自分の気持ちを私にド直球で伝えてくる。言われているこちらが恥ずかしくなるようなこともさらりと。何事もなかったかのように。息をするのと同じような感じで。それが恥ずかしくて、でも、嬉しいと思う。そうしてほんわかと心が温かくなった時だった。徹が、そういえば、とまた話を切り替えた。


「来月うちの体育館で練習試合があるらしいんだけど、応援来てくれる?」
「うん。いいよ。日にちは?」
「まだ決まってない。けど、たぶんどっかの土曜日」
「そっか。分かった。またスタメン起用してもらえそうなの?」
「調子が良かったらね」
「徹にも調子が悪い時ってあるの?」
「そりゃあるよ」
「ふーん…高校の時はそんなの分からなかったから」


私は主将として、セッターとして、チームを引っ張っている徹しか見たことがない。だから、調子が良いとか悪いとか、コートの外から見ていてそういうのは全く分からなかった。素人目に見て、徹はいつも凄いとしか思えなかったし。


「名前が応援してくれたら調子が上がる気がするんだよね」
「精神論?」
「んー、まあ確かに気持ちの問題だけどね。心強いのは確かだよ」


へらり。綺麗な顔を崩して笑う徹につられて、私もゆるりと笑う。そんな私を見て、お昼ご飯食べよっか、と優しい声音で提案してきた徹に同意。まだお昼ご飯を食べていなかった私達は、そこで漸く昼ご飯を確保すべく食券機の方へと向かうのだった。


◇ ◇ ◇



「名字名前さんね」
「はい、宜しくお願いします」


こんなに緊張するのは随分と久し振りかもしれなかった。バイトの面接。目の前に座る中年の男性はそこまで威圧的ではなくて、むしろ優しそう。この人が上司なら働きやすい気がする。まあ上司、と言っても個人経営のパン屋さんだから、そんなに堅苦しい関係にはなりそうもないけれど。
色々なバイトがあって何を優先すべきか迷った結果、私は立地条件と時給、それから勤務時間帯を総合的に考えてこのパン屋さんを選んだ。一人暮らしのマンションからも徒歩で通えるし駅も近い。時給もそこそこ良いし、大学生なら空いている時間を優遇してシフトを組んでくれると言う。その日余ったパンを持って帰ったりすることができるというのも魅力的だし、何よりこのパン屋さんは雰囲気が良いという評判だった。だから、できたらここで働かせてもらいたい。


「今までバイト経験はないんだよね?」
「はい…初めてです」
「接客は得意だと思う?」
「…正直なところ、そこまで愛想もよくないですし得意とは言い難いかもしれません」
「…そうか」


こういう時は嘘でもいいから、得意です、と答えるべきだったのだろうか。でも採用された後でボロが出るのは相手に申し訳ない。採用されれば雇用主となるであろう店主のおじさんは、ふーむ、と腕組みをしたまま何も言わないし、これは不採用の雰囲気が漂っている。
居た堪れないな、と。思わず俯いた時だった。よし!というおじさんの声が聞こえて、落としたばかりの視線をまたすぐに上向かせる。


「決めた!採用しよう!」
「え?」
「得意じゃないならうちで練習すれば良い」
「本当に良いんですか…?」
「勿論。慣れるまでは大変かもしれないけど宜しく頼むよ」
「はい。頑張ります」


なんと心優しいおじさんだろうか。お金をいただく立場の私に、接客を練習したら良いとまで言ってくれるなんて。これは是が非でも必死に働かなければならない。
それから私はおじさんと、いつからシフトに入れるか、何曜日に何時から何時ぐらいまで働けるかなどを話してから帰路についた。家に向かう足取りは軽い。そうだ、徹にバイト決まったよって言わなくちゃ。きっとびっくりするだろうな。徹のことだから毎日パン屋さんに行く!とか言い出しそうだけど、売り上げに繋がるならまあ良いか。私はこれからの毎日に胸を躍らせるのだった。

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