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名前のおかげで心身ともに癒された週末を終えて、迎えた月曜日。いつものように部活の練習をしている最中だった。休憩中、少し水分補給をして例の如く、トスあげてー!とせがんできた木兎に付き合うべくコートに向かっていると、黒尾もやって来た。ブロック跳んでやろうか?という提案に、木兎は嬉しそうに頷く。
俺はというと、まあ別に黒尾がいようがいまいがトスを上げることに支障はないのだけれど、プライベートな理由で、どうもコイツにだけは注意した方が良いという予感がしていて、知らず知らずのうちに空気がピリついてしまう。余裕がないのは、名前を信じていないからじゃない。自分に自信がないからだ。こんなことは生まれて初めてである。


「週末は彼女と仲良くすごせましたか?」
「黒ちゃんにそれ、関係ある?」
「いーや。ただの世間話だよ」
「黒ちゃんってさあ…人の女に手を出す趣味、ある?」
「ん?…時と場合によっては?」


ネットを挟んで繰り広げられる攻防に、木兎は気付かない。勿論、練習には付き合うし、表面上は同じ部活の仲間として接しているけれど、俺はどうも黒尾がいけ好かないままだった。心配しすぎなのかもしれないけれど。


◇ ◇ ◇



それからまた暫く日にちが経った木曜日。名前とは学部が違うので、構内でばったり出くわす、なんてことは滅多にない。今日はお互いに食堂で食べようと事前に話をしていたので、俺は2限目が終わるなりすぐに食堂を目指していた。食堂に最も人が集まるお昼時、それなりに大きな大学ということもあって食堂はここ以外にも幾つかあるのだけれど、かなり込み合っている。
名前、どこだろ。キョロキョロと辺りを見回して真っ先に視界に入ったのは、見覚えのある黒髪。俺もそうだけれど、どれだけ人がいようと、身長が高いと見つけやすい。その黒髪の男、黒尾は、長い体躯を僅かに屈めて隣にいる女の子に話しかけていた。え、待って。名前じゃん。あろうことか、黒尾の隣にいたのは俺が探していた名前だった。
いちいちイラつくことじゃない。顔見知りなんだから挨拶や世間話程度の会話ぐらいするだろう。そんなこと、何度も言い聞かせてきた。それでも勝手に胸がざわつくのだからどうしようもない。


「名前、」
「あ、徹」
「黒ちゃんと一緒だったの?」
「今たまたま会っただけ」
「何の話してたの?」
「人多いねって…ただそれだけ」
「ふーん…そっか」


チラリと黒尾に視線を向けると、いつも通りの笑顔を向けられた。じゃあまたね、名前ちゃん。気安く名前の名前を呼んでひらひらと手を振って去って行く後姿は、やっぱりいけ好かなかった。何も考えなければいい。気にしなければいい。そう思えば思うほど深みに嵌っていっている気がする。ああ、情けない。


「徹?」
「ああ、ごめん、ご飯何にしよっか」


自己嫌悪に陥っている場合ではない。せっかく大学構内で名前と過ごせるのだ。今は名前との時間を楽しもう。込み合った食堂内でそれぞれ注文を済ませ、空いていた席に座る。ちょうど食堂の奥、2人掛けの席が空いていたのはラッキーだった。
目の前でカレーライスを口に運ぶ名前をぼーっと見つめる。最近の俺、余裕なさすぎだよなあ。高校の時はあんなに余裕だったのに。東京という都会に出てきて、見知らぬ人と出会って、これからだってきっとこういうことはあるのだろう。その度にいちいち気にしていたら埒が明かない。頭では理解している。あとは、心の問題だ。


「食べないと伸びるよ」
「ああ、うん」
「最近考え事が多いね」
「んー…そうかな。ごめん」
「大学入ったばっかりで疲れてるんじゃない?」
「そうかも」


名前は賢い。ここ最近の俺の言動で、きっと薄々何かを感じ取っているだろう。けれども、何かあったんじゃないの?とか、話きくから言って、とか、そういったことは一切口に出さない。深く追求してこないのは、俺のことを信じてくれているからだろうか。何も言わないことが最善であることを分かっているあたり、名前はやっぱり頭が良いと思う。俺は自分の昼食であるラーメンを啜りながら、改めて、良い彼女をもったなあと感じていた。


◇ ◇ ◇



昼食を終え食堂を出たところで、目の前から歩いてきた女子グループの1人が名前の名前を呼んだ。どうやら同じ学科の友達らしい。ちらちらと俺へと視線を向けてくるので、にこりと愛想よく微笑んでみれば、あからさまに顔を逸らされた。


「名前の彼氏だよね?やっぱりカッコいいじゃん」
「噂通りのイケメン!」
「優しそうだし…羨ましいなあ」


それぞれが俺のことを褒めちぎってくれる中、彼女である名前は顔を顰めていて、こういうシチュエーションが嫌いだということがありありと分かった。ポーカーフェイスが得意だったはずなのに、いつの間にか随分と感情表現が豊かになったものである。それもこれも、俺と付き合い始めてからの変化なのだと思うと嬉しい。
俺はいまだにキャッキャと楽しそうなお友達に、いつも名前がお世話になってます、と挨拶をした。親じゃないんだから…と呆れている名前の言葉は聞こえないフリだ。


「噂通りの、ってことは、俺のこと噂になってたの?」
「先週の金曜日の夜、名前がイケメンと歩いてたって言ってた子がいて」
「あー、なるほどね」
「名前にきいたら彼氏だって言うから会わせてよって言ってたんだよね〜?」
「そうそう。でも嫌がるから」


嫌がる?なんで?そんな思いを込めて名前を見遣れば、わざわざ紹介するのもおかしいでしょ…とぼやかれた。確かに、それもそうか。会えてラッキーだったね!と嬉しそうな友達をよそに、名前は少々疲れているようだ。


「次の講義、どこ?」
「1号館の方」
「俺、3号館の方だから逆だね」
「じゃあここで」
「うん。また連絡する」
「部活もいいけど講義もちゃんと頑張って」
「分かってるよ」


去り際にさりげなく手を振ってくれる名前に思わず口元を緩めながら、俺は手を振り返した。名前達が歩いて行く後姿を暫く見送ってから逆方向へと足を進めつつ、思う。俺は思っている以上に名前に依存しているんだなあ、と。出会った頃はこんなことになるなんて思ってもみなかった。知れば知るほど好きになる。溺れていく。その感覚が慣れなくて居心地が悪くて、でも幸せで。
高校の時は同じクラスだったし一緒に過ごせる時間も多かった。お互いの交友関係もなんとなく把握していたし、不安に思うこともなかった。俺が東京に行くと知って名前も東京の同じ大学を受験してくれた。それが幸せの継続になると思っていた。けれど、今になって思う。本当にこれで良かったのだろうか、と。
勿論、名前は最終的に名前の意思をもって俺と同じ大学を受験したわけであって、俺が無理やり選ばせたわけではない。と思う。一緒にいられるから。遠距離はお互いのことが見えなくて不安だから。数ヶ月前の俺達は、もしかしたら浅はかだったのかもしれない。だって結局それって、離れたら終わるかもしれないと危惧する程度の関係ってことじゃないか。


「考えすぎだよなあ…」


不安は不安を助長する。どれだけ押し留めていようと、胸の内で燻っているうちはどうにもならない歪を生むのだ。考えたって仕方がない。それでも。


「オイカーくん、名前ちゃんとはもう別れたの?」
「…うん」
「名前ちゃんって賢いよね」
「なんでそう思うの?」
「なんとなく?」
「…そう」
「俺、賢い子は嫌いじゃないよ」


どこからともなく現れた黒い男に、またかき乱されるのだ。表面上は穏やかに、何も気にしていない素振りを見せているけれど、この男にはたぶん通じない。でもね、黒ちゃん。名前だけはお前に渡さないよ。お前だけじゃない。他の、誰にも。

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