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狡猾は枯渇しない

学校は間もなく冬休みに突入した。とは言え、年明けに春高が控えている俺達バレー部には、休みなんてなかった。目指すは勿論、優勝だ。
クリスマス以降、俺は名前に会っていない。それは単純に練習で忙しいから、というのもあるけれど、今ここで名前に会おうものなら、気持ちが弛んでしまうような気がしたからだった。
メッセージのやり取りはしている。けれども、あまり頻繁ではない。俺が話すことなんてほぼバレーのことだけだし、つまらないだろうと思ってのことだ。名前の方も、性格的なものがあるとは言え、それほど食いついてくる感じはない。
身体を重ねたから一区切りついた、というわけでは決してないのだけれど、図らずも、これではまるでそう言っているみたいな状態である。俺が懸念しているだけで、名前はそんなことを思ったりはしないだろう。それでも、頭の隅で考えてしまうのだ。もしかしたら不安になってやしないだろうか、と。


「名字さんと何かあったの?」
「んー?まあ色々ありましたけど?ききたい?」
「それは興味ない。ただ、クロが変な顔してるからよくないことがあったのかと思って」


部活終わりの帰り道、ゲームの画面に向き合っているとばかり思っていた幼馴染は、いつのまに俺の顔なんて確認したのだろう。ほんと、目敏い奴だよなぁ。


「今までと違うもんで苦労してるんですよねぇ」
「へぇ。良かったじゃん。本気になれる相手が見つかって」
「…まぁな」


そうだ。こんな風に悩むのは、名前のことを本気で好きだと思っているから。何度も言うけれど、名前は今までの女とは違うのだ。
そうやってぼんやりと名前のことを考えていると、会いてぇなあ、などと思い始めてしまって。しかし今日は翌日に大晦日を控えた12月30日。もしかしたら田舎に帰省したりとか、そうでなくても家の行事ごとで忙しいかもしれない。
まあ年明け、試合前には少しぐらい会いたいかもなあ。白く濁る吐息が透明になっていくのを何度も見つめながら淡い考えを抱いていた時だった。ポケットに入れていたスマホがぶるりと震えた。なんとなく取り出して確認した画面には、名前の文字。以心伝心。そんなこっぱずかしい文言が思い浮かんでしまう程度には、俺の脳内はお花畑らしい。


「研磨、俺ちょっと寄り道して帰るわ」
「…名字さんによろしく」


名前に会いに行くとか言ってないんですけど。いや、まあ会いに行くんですけどね。当たってるんですけどね。俺の返事を待たず、ふらりふらりとゲームをしながら帰っていく研磨の背中を少しの間だけ見送って、俺は名前の家の方面を目指す。
会ってしまったら、気持ちが緩みそうな気がする。確かにそうだと思う。けれども、どうせ会わなくても悶々としてしまうのだから、結果的に集中力を欠いてしまうことになる。それならばもう、欲望に忠実になろう。名前からのメッセージの内容を見て、俺はそう決断した。
もらったメッセージの内容はシンプルなもの。もしも時間があるなら会えませんか、と。たったそれだけ。ただそれだけだからこそ、焦がれた。名前の方から会いたいと言ってきてくれて、それを断る理由など今の俺に有りはしない。
歩みを進めながら、名前への返事を送る。果たして名前はどんな顔をするだろうか。少し焦って、喜んでくれていたら良い。元々、研磨と別れたところから名前の家まではそれほど距離がなかったのですぐに辿り着くだろう。そうして歩き続けること数分。目的の家が見えてきたところで、その家から飛び出してきた名前を認めて、口角が上がるのが分かった。
キョロキョロと辺りを見回してから俺の存在に気付いたらしい名前は、さながら飼い主を見つけた犬のように小走りで駆けて来る。近付いてくるその表情は、俺が求めていた喜びの色を示していた。


「家に向かってるって、急すぎますよ」
「時間あったから。ダメだった?」
「ダメじゃないですけど…」
「ん。じゃあ素直に喜んでくだサイ」


暖かい部屋から突然外に飛び出したからだろう。外気に触れた頬は少しの時間でピンク色に染まっていて、俺はその頬をするりと撫でる。俺の冷たい指先の温度に驚いたのか、その動作自体に驚いたのか、はたまたそのどちらもか。名前は首を竦ませた。


「手、冷たいですね」
「まあここまでずっと歩いてきたからな」
「…うち来ますか?」
「え?」
「お母さんが!会ってみたいって言ってて、だからその、良かったらどうかなって…」


名前がお母さんに俺の存在を暴露しているとは思っていなかったので、素直に驚いてしまう。急なことではあるけれどまたとないチャンスかもしれないとお邪魔することにした俺は、もじもじしている名前に、喜んで行かせてもらいます、と返事をした。
そういえば彼女の親に会うというのは初めてのことかもしれない。こんな俺でも、本命の彼女の親に会うとなれば多少なりとも緊張はしてくるわけで、けれどもそれを悟られぬよう普段通りを振る舞う。嬉しそうに隣を歩く名前は、良くも悪くも鈍感なので気付いていないはずだ。
ほんの少し歩いただけで辿り着いた名前の家。ただいまー、と明るい声で扉を開けた名前は、どうぞ、と何でもないことのように俺を招き入れてくれる。自分の親に、一応のところ初彼氏である俺を紹介することに躊躇いはないのだろうか。
そんなことを確認するより早くパタパタと音を立てて現れた女性は名前にそっくりで、一目見ただけで名前のお母さんなのだということが分かった。俺を見てパチパチと数回瞬きを繰り返してからニコリと微笑む表情は、名前と瓜二つだ。


「お母さん、あの、前話した…」
「初めまして。名前さんとお付き合いさせてもらってます、黒尾鉄朗です」
「ふふ…いつも名前がお世話になってます。どうぞ、入って?」
「お言葉に甘えて、失礼します」


第一印象はとりあえず問題ないのだろうか。年末の忙しい時期にもかかわらず、嫌な顔ひとつせずお茶を出してくれたお母さんの対応に、心の中でホッと胸を撫で下ろす。どうやらお父さんは出かけているらしく、それに関しては心底安心した。
リビングのソファに並んで座っている隣の名前は、先ほどから何も喋らない。その代わりに俺はお母さんから質問責めに合い、少しばかりヘトヘトだ。


「うちの子を彼女として相手にするのは大変でしょう?」
「…そうですね」
「え!そんなこと思ってたんですか…」
「違う違う。そういう意味の肯定じゃなくて」
「じゃあどういう意味ですか…」
「俺なんかが初めての彼氏で大丈夫かなっていつも思うから。俺の気持ちの問題で色々大変なの」


お母さんがいることは勿論分かっている。けれども、これぐらいの本音をぶちまけてもこのお母さんなら受け入れてくれそうだなと思ったのだ。現に、俺の言葉を聞いて微笑んだままのお母さんは、良い彼氏さんね、と名前へ茶化すようなセリフを投げかけている。
お母さんの一言に耳まで赤く染めて、けれどもしっかりと頷いた名前を見て、自分の口元が緩むのが分かった。良い彼氏だって。どこがだよ。なんて心の声は飲み込んでおく。
そんなこんなで、急なことではあったけれど名前のお母さんに挨拶をすることができた俺は、長居するのも申し訳ない気がして、お茶をいただいてから帰ることにした。本当は名前の部屋にも行ってみたかったけれど、それはまたのお楽しみに取っておくことにしよう。
最後までにこやかに愛想良く俺を玄関まで見送ってくれたお母さんにお礼を言いつつ、名字家を出る。寒いから出てこなくて良いと言ったのに、名前は外まで見送りに出て来た。


「急にお誘いしてごめんなさい」
「いーや。元々俺が勝手にここまで来たんだし。お母さんによろしく」
「あの、えっと…」
「ん?どした?」
「……なんでも、ないです…」
「なんでもないって顔じゃないけど?」
「じゃあ…バレーの練習って明日とか…年明けすぐもありますか?」
「さすがにそこは休み」
「そうなんですね」


そこで訪れる沈黙。言いたいこと、なんとなく分かったけど。俺から言うのはいつも通りすぎるもんな。たまには名前の方からお誘いしてくれても良くね?
性格の悪い俺は、沈黙を続ける。そうして何かを口にしようとしては噤むことを繰り返していた名前が、漸く声を発した。


「少しでも、時間があるなら一緒に…いたい…です……」
「はい、よく言えました」
「私の言いたいことが分かってたなら先に言ってくださいよ!」
「名前から誘ってもらいたかったから。つい」
「…それで、予定は…?」
「無理」
「……」
「って、俺が言うわけないだろ。明日も明後日も、名前に時間合わす」
「良かった…嬉しい!」


俺の発言ひとつでコロコロと表情を変える名前は、最終的に幸せそうな笑みを溢した。ここが名前の家の前で、もしかしたらお父さんが帰ってくるかも、とか、誰かが見てるかも、なんてことは一瞬忘れて。ちょっと寒いから、という分かりやすい嘘を理由に抱き締めるぐらい、会えなかった分の時間を埋めるために許してもらおう。


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