×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

読まずに食べてください


「はいこれ」
「ああ…どーも」


最初渡された時はドキッとした可愛らしい封筒も、今では俺のテンションを下げる道具にしかならない。所謂ラブレター。そりゃあもらって嬉しくないってことはないのだけれど、これを俺に渡してくる人物が憂鬱の根源だった。
名字名前。ただのクラスメイト。…っていうのは嘘で、本当は俺の気になってる子。1年生の時に同じクラスで、たまたま席が近かったこともあって仲良くなった。話しやすくて男女問わず友達が多いタイプ。自分で言うのもなんだけれど、たぶん、俺と同類。明るくてサバサバしてて、でもちゃんと女の子らしいところもあって、同学年の男子からは密かに人気がある。
2年生の時はクラスが別々になってしまったけれど、3年生になってまた同じクラスになり、俺は心の中でガッツポーズをした。元々普通に話せる間柄だったし、卒業までの1年で距離を縮められるチャンスだ。そう意気込んでいた4月。俺はその意中の相手から今と同じように手紙を渡された。


「え、これ、俺に?」
「そうだよ」
「マジで…?」


その時の俺は、そりゃあもう天にも昇る心地だった。まさか名字からラブレターをもらえる日が来るなんて、と。けれども俺はすぐに異変に気付いてしまった。普通、好きな人に想いを伝えるとなれば、どんな人間だって少なからず動揺してしまうものだと思う。しかし名字は、照れた様子も緊張している感じも全くなかったのだ。
これは、もしかして。嫌な予感とは当たるもので、名字はさらりと俺を天国から地獄へ突き落とした。


「それミキちゃんからだからね。ちゃんと返事してあげなよ?」
「…なんで名字が渡してくんの」
「私と花巻、仲良さそうだからって頼まれちゃって…ちゃんと自分で渡した方が良いよって断ったんだけど」
「へぇ…なるほどね」


そんなことがあってから、なぜか俺宛のラブレターの中継地点は名字になることがセオリーみたいになっていて、3年生も残り僅かとなった1月になってもいまだにこういうことがあるのだ。年間を通して数通。けれどもそれらは全て名字から渡されるのに名字本人からのものではなくて、別の誰かからのもの。こんなに複雑なことがあって良いのだろうか。
そりゃあ毎回すんなりと手紙を受け取る俺も悪いのかもしれないけれど、お前が渡してくんな!と名字に怒るのはただの八つ当たりになってしまうし、俺が受け取らなければ名字が困ったりするのだろうか…などと考え出すと勝手に手が手紙を受け取ってしまうのだ。


「その顔。また断るの?」
「まぁね」
「クミちゃん可愛いのに」
「確かに可愛いとは思うけど」
「…じゃあ付き合えば良いじゃん」


なんという残酷な言葉を投げかけてくるのだろうか。付き合えば良いじゃんって。俺が付き合いたいのはお前だよ!と言えたらどんなに良いことだろう。けれどもそんなことが言えるならこの10ヶ月苦労はしていないわけで、俺は適当に、今回はオッケーしてみよっかな、などと嘯いた。勿論、オッケーなんかするつもりはない。
名字は俺の発言を聞いて、花巻の好きなようにしたら良いよ、というなんともサッパリした言葉だけを残して足早に自分の席に戻って行った。少しぐらい何かしらの反応があったら良いなと思っていたのだけれど、これは完全に脈ナシのようだ。俺はもらった手紙をぼんやり眺めながら、授業開始のチャイムを聞くのだった。


◇ ◇ ◇



手紙の送り主であるクミちゃんとやらがどうしてわざわざ学校が休みである日曜日に会いたがっているのか。その理由が分からないほど、俺は鈍くなかった。1月27日。その日は俺の誕生日。だから何かしらあるんだろうなという予想はしていたのだけれど。


「花巻君のこと、ずっと好きでした」
「あー…うん、ありがとう。でも、」
「分かってるの。花巻君の好きな人が誰なのか」
「え」
「ただ、高校最後の誕生日にちゃんとお祝いしたくって」


良かったらこれ食べて…と渡されたのは駅前の有名な洋菓子店の箱。シュークリームが好きなんだよね?と笑うクミちゃんは確かに可愛い。うっかり、この子となら付き合っても良いかも、って思ってしまいそうになるぐらい。けれどもすぐに頭の中でチラつく名字の顔がそれを阻止する。
ありがたくプレゼントを受け取って、改めてありがとうとごめんねを伝えれば俺の誕生日の一大イベントは終了した。フったのは俺なんだけど、なんていうか、寂しい。部活はとっくに引退したしセンター試験も終わった。高校に入ってからの2年間はいつも部員とかクラスの連中から割と盛大に祝ってもらえていた誕生日も、今年はこの有様である。
まあいいや。寒いし、早く帰ってシュークリーム食お。そうして家のすぐ近くまで来たところだった。見間違えるはずもない。名字がポストの前で難しい顔をして立っているところを見つけてしまったのだ。神様からのささやかな誕生日祝いだろうか。会えたことは嬉しいけれど、名字は一体何をしているのだろう。俺は背後から声をかける。


「名字?」
「えっうわっ花巻!なんでこんなとこに!」
「それはこっちのセリフだし。何してんの?」
「な、何も!何もしてない!」
「はあ?」


明らかに挙動不審だ。しかも俺は見逃さなかった。名字が背後に何かを隠したのを。ポストの前にいたということは手紙だろうか。兎に角、俺には見られたら困るものらしいというのは察したけれど、そうなると余計に何を隠したのか気になるというのが人間のサガというもの。俺は容赦なく、今隠したの何?と指摘してやる。
何も隠してない!という分かり易すぎる嘘は無視して背後に手を伸ばしてみたけれど、すばしこい名字はひょいひょいと俺から逃げて行く。なんだ、そこまで見られたくないもんって。ここまできたらそれが何か分かるまでは帰れない。
高校3年生にもなってポストの周りで必死の追いかけっこをする俺達って傍から見たらどうなんだろう、などと冷静になったら負けだ。俺はもう半ばムキになって名字の隠しているものを追いかけ続ける。すると、急に名字が逃げるのを止めて立ち止まった。そして、もう良いや、と。隠していたものをアッサリ俺に渡してきたのだ。
あんなに必死に逃げていたくせに、急にどうしたのだろうか。不思議に思いながらも渡されたそれを見れば、色気も素っ気もないシンプルな封筒。手紙であることは確かだけれど、そんなに隠したいもののようには見えない。…が、宛名を目にした俺は固まった。花巻貴大様って。俺と同姓同名のヤツに手紙書いたとか?…なわけないよな。ってことは。


「俺に?」
「…そうだよ」
「なんで明日になったら学校で会えるのにポストに投函しようとしてんの」
「だって恥ずかしいじゃん!」
「他の子からの手紙はいつも普通に渡してくるくせに」
「それは私からじゃないもん」
「つまりこれは名字からのラブレターってことで間違いないわけね」


う…、と口籠った名字は見る見るうちに顔を赤らめていって、最終的に逃げ出そうとした。けれども俺がそれを逃すはずもなく、すぐに手を掴んで引き留める。名字は恥ずかしさでこちらを見る余裕がないようだけれど、こっちはこっちで顔がニヤけてヤバいので見られなくて良かったかもしれない。


「それ、クミちゃんからだよね?」
「は?あー…うん。シュークリームだって。さっきもらった」
「おめでとう」
「何が?ああ、誕生日?」
「違うよ!いや、それもあるけど…付き合うんでしょ?」
「…付き合わないけど」
「え!でも、オッケーしてみよっかなって、」
「うん。言ったけど。やっぱやめた」
「何それ…じゃあやっぱそれ返して!」
「ダメですぅ〜俺宛の手紙だも〜ん」


折角静かになったと思ったらまた大騒ぎし始める名字の百面相に思わず笑ってしまう。まあそういうところが可愛いと思うんだけどね。まだ顔赤いし。


「今ここで読んで返事して良い?」
「やだ!だめ!」
「読む前に返事しちゃおうか?」
「もっとイヤ!」
「じゃあ、俺から告白するってのは?」


ぴたり。名字の動きが止まった。カクカクと俺の顔を見上げて、今なんて?と尋ねてくる顔は、世間一般ではあまり可愛いとは認識されないような、所謂マヌケ面だったけれど。俺からしたら可愛い顔に違いなかった。
高校最後の誕生日。気になっている子からラブレターをプレゼントしてもらえるなんて最高じゃん。でも俺欲張りだから、まだプレゼントほしいんだよね。例えば彼女になった名字からの、誕生日おめでとうの一言、とかさ。