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ぐつぐつ、ぱくり。


※大学生設定


大晦日年越しパーティーしようよ!と言い出したのは、友達兼俺の想い人である名字だった。大晦日、と聞いて少しだけ期待してしまったけれど、いいねー!と賛同している奴らも提案者も、俺の誕生日など知らないもしくは覚えていないらしく、こちらに視線が注がれることはなく。名字に、大地君はどうする?と尋ねられた俺は、じゃあ参加しようかな、と何食わぬ顔で答えた。どうせ予定はない。だから大学に入って初めての年越し、そして誕生日は、賑やかに迎えたいと思ったのだ。
クリスマスが終わればあっという間に今年は終わりに近付く。というわけで大晦日もすぐにやって来て、俺はパーティー会場となる名字の一人暮らしのマンションのエントランスにいた。現地集合で!と言われたので予定通りの時間にやって来てはみたけれど、他の奴らはもういるだろうか。俺は少しばかり緊張しながら部屋番号の後に呼出ボタンを押した。女の子の一人暮らしというのは何かと危険が伴うのだろう。俺の住んでいるマンションとは違い、セキュリティーがしっかりしている。
ボタンを押した数秒後、はーい、という明るい声が聞こえてきたので自分の名前を名乗れば、どうぞー、という返事の直後にガラスの扉が開いた。中に入ってエレベーターに乗り込み、目指すは5階。502号室が名字の部屋らしい。少し緊張を孕んだ指先でインターホンを鳴らすとすぐに名字が出てきて、待ってたよー!と笑顔で出迎えてくれた。これだけでも来た甲斐があるというものだ。
俺は、お邪魔します、と言ってから中に入る。玄関にまだ誰の靴も見当たらないところを見ると、どうやら俺が一番乗りらしい。ということは、図らずも名字と2人きりということか。急に増す緊張。けれども名字の方は当たり前のことながら何も意識していないのだろう。俺がリビングに入るなり、鍋の準備手伝って〜と声をかけられた。


「今日何人ぐらい来るんだ?」
「えーっと、結局、大地君を入れて3人かな」
「あと2人か」
「うん。そろそろ来るかなあ」


鍋の材料を切ったりカセットコンロや食器類の準備をしたり。俺は名字と共にせっせと準備に励む。すると、予定時刻を15分ほど過ぎた頃に名字の携帯に電話がかかってきた。きっと残る2人のどちらかが遅れてごめん、とか、もうすぐ着く、とか、そういう連絡をしてきたのだろう。俺は特に気にも留めず、準備を続行する。
けれども台所の方から、えっ!という名字の大きな声が聞こえてきたことで、その手は止めざるを得なくなった。一体何があったのだろうか。準備を中断してから数分後。電話を終えた名字がとぼとぼと俺に近付いてきて言ったのは、ごめん、という謝罪の一言。さっぱり意味が分からない。


「どうした?」
「あとの2人、来ないんだって」
「え。なんで?」
「あとの2人ってリョウタ君となっちゃんなんだけど…あの2人、クリスマスから付き合い始めたでしょ?」
「…それは知ってるけど…だから?」
「年越しは2人でしたいって言われちゃった」
「アイツら…何も当日になってドタキャンしなくても良いのになあ…」


なんという非常識な奴らだろうか。そりゃあ最近付き合い始めたわけだから年越しを2人で過ごしたいという気持ちも分からなくはないけれど、それならそれでもっと早くこちらの誘いを断ることもできただろうに。鍋の材料を4人分ほぼ準備し終えたところで、しかも予定時刻を過ぎてから電話をしてきてドタキャンとは何事だ。年明けに会ったら説教してやろう。
明らかにシュンとしている名字は発案者なのだから、きっとこのパーティーを楽しみにしていたに違いない。先ほどと同じように、ごめん、と言ってくる名字は何も悪くないのに申し訳なさそうで、こちらの方が申し訳ない気持ちになってくる。


「名字が悪いわけじゃないだろ」
「でも折角来てくれたのに…2人じゃあつまんないよね…」
「俺は別に良いけど」
「えっ」
「あ、いや、ほら、鍋の材料準備しちゃったし。4人分なんて名字1人じゃ食べきれないだろ?」
「ああ…そういうことかあ…」


思わず飛び出した本音を慌てて取り繕えば名字は意外にもすんなりと納得してくれたようで、じゃあもう食べちゃおうか、とコンロの火を点けた。2人が来なくなったことによって俺にとっては願ったり叶ったりな状況になったけれど、名字にしてみれば俺と2人なんて楽しくもなんともないだろう。名字が言った謝罪の一言は、今まさに俺が言うべきなのかもしれない。
流れる微妙な沈黙。気まずいと言えば気まずい。というか、どうするのが正解なのか分からなくて現在進行形で困っている。だが、鍋は着々と煮え始めているわけだから今ここで帰るわけにはいかないし、例え鍋の準備が全くできていなくてもこんなチャンスを逃すわけにはいかないので、どちらにしろ帰るという選択肢はなかった。


「大地君、座らないの?」
「え?ああ…」
「どこでもお好きなところにどうぞ」
「…名字は良いのか」
「何が?」
「俺と2人でも」


鍋の蓋を開けて中を覗き込みながら菜箸で煮え具合を確認していた名字が、一瞬動きを止めた。けれどもすぐに動きは再開されて、まだまだだね、と独り言のように呟いた名字は、菜箸を置いて鍋の蓋を閉める。
もしかしたらこれはきいてはいけないことだったのかもしれない。けれども気になってしまったのだ。密室空間に、友達とは言え男女で2人きりというこの状況を、名字は本当に良いと思っているのか、と。俺に気を遣って無理はしていないだろうか、と。不安だった。嫌われたくなくて、必死だった。カッコ悪いが、こればっかりはどうしようもない。
大地君、と。名字が俺を呼んだ。座ってよ、と笑いかけてくるその表情は、無理をしているようには見えなくて少し安心する。俺は促されるまま名字の隣に座った。勿論、人1人分以上のスペースを空けて。


「良いよ」
「え?」
「私は大地君と2人でも良いよ」
「…そうか」
「ごめんね」
「だから、こうなったのは名字のせいじゃ…」
「そうじゃなくて。大地君、折角のお誕生日なのに私と2人になっちゃったから…」
「知ってたのか?」
「本当は大地君の誕生日パーティーも兼ねてやるつもりだったんだけど…お祝いされるのが私だけじゃ寂しいよね」


ごめんね、と。名字はまた謝る。俺の誕生日なんかを覚えていてくれて、しかも祝おうとまでしてくれていたというのに、誰が責めることなんてできようか。そういう気遣いができるところが、優しい気持ちをこうもすんなりと与えてくれるところが、俺はやっぱり好きだと思った。
ぐつぐつ。鍋が煮え始める。名字は呑気に、まだかなあ、材料いっぱいあるから余った分は2人で山分けにしようね、などと言っていて、そんなのんびりした雰囲気にも惹かれていた。
何度も言うが、この部屋には俺と名字の2人きり。ハプニングとは言え、こんなチャンスはもう2度とないかもしれない。だから。俺は覚悟を決めた。もし上手くいかなかったら鍋を食べる時に最悪な空気にはなるけれど、それでも言おうと思ったのだ。


「名字に祝ってもらえたらそれだけで嬉しいよ」
「そう?じゃあいっぱいおめでとうって言わなくちゃね」
「名字」
「んー?鍋ならあともう少しだよ」
「俺は、2人になれて良かったと思ってる」
「…へ?」
「好きな子と2人で誕生日を過ごせるなんて最高だからな」


俺の方に顔を向けて大きな瞳をパチパチさせている名字は、とても驚いているようだった。そりゃあ友達だと思っている相手からいきなり告白されたら誰だって驚くだろうけれど。
俺達の間に再び沈黙が流れる中、鍋の煮える音と良い香りだけが部屋いっぱいに充満する。固まったままどれぐらい時間が経っただろうか。名字は漸く俺の言葉を受け取ってくれたらしく、えっ、とか、あの、とか、急にワタワタし始めた。そんな焦っているところですら可愛いなあと思う。


「ごめんな、驚かせて」
「ううん!全然大丈夫…ではない、けど、あの…えーっと…」
「良いんだ。俺が言いたかっただけだから」
「あのね、大地君、」
「鍋そろそろできたんじゃないか?」
「私も、大地君と2人で嬉しいと思ってるよ」
「え?」


勢いで告白してしまったけれど、明確に拒絶されるのは怖くて、この話題はさっさと終わらせようと鍋の蓋を開けたところで、耳を疑うような発言が聞こえてきて思わず手を止める。俺の都合の良い聞き間違い、もしくは幻聴?そんなことを思いながら名字に視線を向ければ、はにかみながら、鍋できたみたいだね、と言われて面食らった。
今は鍋のことなんかどうでも良いだろ。いや、先に鍋の話題を振ったのは俺だけど。


「…そういうこと言われると期待するぞ」
「期待してほしくて言ったんだよ」


そういえば言ってなかったよね、誕生日おめでとう。彼女はそう言って、またはにかんで笑った。
大学に入っての初めての年越し。そして誕生日。俺は思わぬ形で最高のプレゼントを手に入れてしまったかもしれない。鍋の蓋を机の上へゆっくりと置き、俺は思い切って名字との距離を少しだけ埋める。鍋はもうすっかり食べ頃だ。たっぷり時間をかけて、2人で美味しくいただくことにしよう。