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奇跡的に予想外


さて、これはどういう状況でしょうか。時間は放課後。帰宅しようとしている人や部活に行こうと支度をしている人で騒つくクラス内。その教室の後方の扉の前で、後輩の男の子と向き合っている私。クラスメイトや廊下を歩く同級生からの視線がとても痛い。彼は気にならないのだろうか。…気にならないというか、気にしてないんだろうな。彼は、影山君は、そういう人だから。
あの、と。彼が口を開いた。途端、だらだらと冷や汗をかき始めたのは、先日自分がやらかしてしまったことを思い出したからだ。彼はきっと、そのことを確認するためにここに来たに違いない。呼び出された時点でそういう覚悟はしていたけれど、どれだけ覚悟していようとも、気まずいものは気まずかった。


「俺、よく分かんないんで確認したいんすけど」
「…うん」
「今俺達って付き合ってるんすか」
「えっ」
「え」
「…そうなの……?」


思っていたことと全く違う確認事項を述べられ、もたげていた顔を上げた私は、彼のキョトンとした大きな瞳と視線を交わらせた。付き合ってる?私と影山君が?そんなの、私に確認されたって困る。だってそれを決めるのは、私じゃなくて彼の方だから。
ていうかこんなことを言ったら非常に失礼だけれど、バレーのことしか考えていないであろうその脳みそに「付き合っている」などという恋愛用語がインプットされていたことに驚いた。でも、そうだよね。影山君だって、どこにでもいる高校生男子だもん。それぐらい知ってるよね。
どぎまぎ。私達の間にはとても微妙な空気が流れていて、できることなら今すぐにでもここから走って逃げ出してしまいたかった。けれどもそんなことをしたって、根本的な問題は解決しない。私と彼の関係の名前とは。先輩と後輩。女子と男子。それから、えーと、なんだろう。


「だって先輩、俺のこと好きって言いましたよね」
「それはその…そう、だけど…」
「俺も好きって言ったし」
「あの、うん、それもそう、なんだけど、」
「お互い好きってことなら付き合ってんだろって言われました」
「…誰に?」
「バレー部の先輩達に」


先輩達、ということは、複数名の人にそう言われたということだろう。もはやバレー部員には私が影山君に告白したことは筒抜けということか。ある程度は予想していたことだけれど、いざそういう状況に陥ってみるとやっぱり恥ずかしかった。田中とか西谷とかも知ってんのかな。同じ2年生のバレー部員と同じクラスじゃなかったことだけが唯一の救いかもしれない。


「言っちゃったんだ?」
「え、あ、はい。よく分かんなかったんで相談しました」
「…そっか」
「言っちゃいけなかったんすか」
「ううん…そういうわけじゃないよ…」
「それで、どうなんすかね」


だから、それを私に確認してくるのはやめてほしい。確かに私は先日、影山君に好きと言った。勇気を振り絞って告白した。でもそれは、玉砕覚悟というか、自分の想いを伝えたかっただけで、それ以上の何かを望んでいたわけじゃない。
影山君のことが好きだからこそ、ずっと密かに応援し続けていたからこそ、分かる。彼と恋愛はできない。彼が考えているのは四六時中バレーのことだけだからだ。でも、それで良い。私はそういう彼のことを好きになった。この気持ちを押し留めておけなかった私がいけないのだ。
彼は私が好きだと言ったら、俺も好きっすよ、とサラリと言ってくれた。照れる素振りも見せず、本当に自然に。たぶんそれは、人として嫌いじゃないという意味だったんだと思う。よくあるやつだ。ラブじゃなくてライクの意味です、みたいな。そういうやつ。だからてっきり、好きってどういう意味っすか、とか、そういうことをきかれると思っていたのに、まさか、付き合ってるんすか、などときかれるとは。予想外にもほどがある。


「付き合ってる…わけじゃ、ない、と思う…」
「えっ」
「えっ」
「じゃあどうやったら付き合えるんすか?」
「は?」
「いや、だから。どうやったら付き合えるんすか?」
「影山君…あのね、付き合うってどういう意味か分かってる?」
「…よく分かんないっす」
「ですよね」


あまりにも素直すぎて呆れるしかなかった。でも、そういうところが影山君らしくて、やっぱり好きだなあと思う。混乱させて、バレーのこと以外のことを考えさせて、ごめんね。やっぱり言わなければ良かった。この気持ちはずっと心の中に押し留めておいて、ただ遠くから応援しているだけにしておけば良かった。そうすれば、彼の貴重な放課後の時間を費やさせることもなかったのに。
だから私は言った。忘れて良いよ、と。私が言ったことは気にせずに綺麗さっぱり忘れてくれたら良い。いつか、そういえばあんな先輩いたな、程度に思い出してもらえたら万々歳だ。これでこの話は終わり。そう思っていたのに。ほんとに忘れて良いんすか、と。低い声で尋ねられた。見上げた声の主の顔は、それはそれは不機嫌そうで戸惑う。てっきり、そうっすか、とでも言って体育館に走り去ってくれるものだとばかり思っていたのに、今日はどうにも予想外なことだらけだ。


「ほんとに、忘れていいことなんすか、アレ」
「だって…困るでしょう?」
「俺、言いましたよね。ちゃんと」
「何を?」
「俺も好きだって」
「それは、でも、ほら、友達として…でしょ?」
「なんでそんなこと、名字先輩が決めるんすか」


確かにその通りだった。影山君の気持ちは影山君のものであって、私が決めることではない。けれど、だとしたらどういう意味の好きなんだろう。バレー一色に染められた彼の世界の中で、私はどういうポジションに位置付けられているのだろうか。僅かな期待と、大きな疑問、そして不安。依然として不機嫌そうな彼は、私から目を逸らさない。だから私も、目を逸らしちゃいけないと思った。


「正直、難しいことはよく分かんないんすけど。俺、先輩と友達になりたいわけじゃないです」
「じゃあどうなりたいの?」
「えーっと…ああ、そう、付き合いたい?で、合ってますか」
「えっ、それは分かんない」
「じゃあとりあえずそれで」
「とりあえず…それ…」
「ダメっすか」
「…ふふ、あはははは…!」
「どうしたんすか?」
「いや、うん、影山君らしいなって思って」
「はあ…」
「いいよ。とりあえず、それで」


とりあえずそれ。とりあえず、付き合う。なんだそりゃ。変なの。でも、彼とはそれぐらいから始まるのがちょうど良いのかもしれないと思った。教室の後ろ側の扉を独占して行われた話し合いの結果、私達、とりあえず付き合ってみることになりました。たぶん、付き合うことになったからって、彼も私も何も変わらないと思う。そういう肩書になっただけだ。でも、きっとそれでいい。それが、いい。
影山君は納得してくれたのだろうか、不機嫌さ全開だった表情を少しだけ綻ばせて、じゃあそういうことで!と元気よく体育館の方向へ走り去って行った。忙しい子である。教室内がちょっとざわざわしているのは、恐らく今のやり取りを聞かれていたことが原因だと思うけれど、気にしないことにした。だって彼も気にしていないみたいだったから。
そうだ、今日はバレー部の練習を見に行ってみよう。影山君が一生懸命ボールを追いかけているのを、綺麗な弧を描いてトスを上げるのを、この目で見ていよう。体育館に向かう足取りは軽い。数分後、体育館にやって来た私にバレー部の面々から痛いほどの視線を浴びることになろうとは、この時の私は予想できていなかったけれど。今日は予想外なことだらけだし、影山君と付き合ってみることになったからには、これぐらいのことでいちいち焦っている暇はないのだと、高を括った。