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同僚岩泉×一途な彼女


※社会人設定


知らなかったのだ。うちの会社に今時、社内恋愛禁止、などという暗黙のルールが存在していたなんて。もっとも、それを知っていたからといってこの気持ちに歯止めをかけることができていたのかと問われれば、答えはノー1択なのだけれど。
昔から、猪突猛進だと言われていた。ひとつのことに目を奪われるとそれしか見えなくなる。私の場合は特に恋愛においてそうだった。社会人になってからも変わらぬ性格のまま突っ走ってきたせいで、私は社内のある男性を好きになってしまってから仕事が手につかなくなって。どうせなら当たって砕けろ!砕けても挫けるな!という信じられない根性で告白をした。


「お前な…うちは社内恋愛禁止だろ」
「えっ」


大好きで大好きでたまらない岩泉さんに想いをぶつけたら、返ってきたのは呆れ声。私はそこで初めて社内の暗黙のルールというものを知ったのだった。
まさに絶望。なぜそんな古めかしいルールがいまだに存在するのか。私には到底理解できない。そのルールを知った上で、私は尚も言った。それでも好きなんです、と。
岩泉さんが困っていることはよく分かった。なんだかんだで優しいから、私を傷付けないように断るために、必死に言葉を探しているということも。そういうところが好きなんだよなあ。


「気持ちは嬉しいけどな。なんつーか…その…」
「付き合ったりはできないと?」
「まあ、そうだな」
「それは社内恋愛禁止だからですか?」
「当たり前だろ」
「じゃあそのルールがなかったら、私とお付き合いしてくれましたか?」
「…それは……分かんねぇ」


岩泉さんは優しい。優しくて正直な人だ。だからここで、自分に嘘を吐くようなことも言ったりはしない。悪ぃ、とバツが悪そうに頭を掻く岩泉さんに、私は曖昧な笑みを返す。
謝られるというのは1番惨めだ。玉砕覚悟だったとは言え、さすがにヘコむ。けれども、こんなことでへこたれている場合ではない。私はしつこさがウリなのだ。
というわけで、私の猛アタックは続いた。社内恋愛禁止ということを知ってしまったので公にアタックはできないけれど、仕事終わりに食事に誘ってみたり、休日にどこか行かないかと提案してみたり。連絡先をゲットしてからは、他愛ないことで連絡をしたりもした。
そんなことを続けて2ヶ月ほどが経過した頃。なんとも珍しいことに、というか初めて、岩泉さんの方から連絡がきた。しかも、今度の土曜日あいてるなら話がしたい、という、デートのお誘い紛いな内容で。もしかしたら、いい加減迷惑だ、とか言われるのかもしれないけれど、そうだとしても岩泉さんと会社以外の場所で会えるのは、私にとって幸せ以外のなにものでもない。
そうして迎えた約束の土曜日。思っていたよりも淡々と時間は過ぎて行き、岩泉さんの口からも予想していたような発言は飛び出してこなかった。すごく楽しかったし幸せだったけれど、あの岩泉さんがわざわざ話がしたいと言ってきたのだ。このままさようなら、というのは腑に落ちない。


「あの、岩泉さん」
「なんだ」
「今日すごく楽しかったんですけど…話があるって言ってましたよね…?」
「あー…まあ…」


岩泉さんにしては歯切れの悪い返事の仕方に違和感を覚える。やはり言い出しにくい内容だから躊躇っているのだろうか。それならばと、私は何を言われても大丈夫ですよ!と努めて明るく言ってみれば、はあ、と大きく息を吐いて首裏を掻き始めた岩泉さん。視線は合わない。岩泉さんがそっぽを向いているから。


「…まだ俺のことが好きなのか」
「勿論!」
「物好きだな」
「諦めの悪さには定評があります」
「なんだそりゃ」
「だって、岩泉さんのことを諦められる要素なんてひとつもないんですもん」
「…そうか」


本心だった。社内恋愛禁止だと分かった時は迷惑をかけないように諦めようかと考えた瞬間もあったけれど、結局、自分の心が制御できなくて。好きなものは好き。こればかりはどうしようもない。
岩泉さんは何かを決意したように、仕方ねぇな、と呟くと私に向き直った。その瞳があまりにも真っ直ぐで、私は途端に緊張してしまう。


「ちゃんと周りに気付かれねぇように注意できるか?」
「え?」
「まあ今までも周りに言われてたから今更気を付ける方が不自然か…」
「あの、岩泉さん…?それってどういう…?」
「付き合ってやっても良い。ただ、ルールはルールだからな。気を付けろよ」


岩泉さんは周りに内緒にするという条件付きで私と付き合うことを了承してくれた。気持ちが通じたのか、あまりのしつこさに折れてくれただけなのか、理由は定かではないけれど何だって良い。どんな理由であれ、私は岩泉さんの彼女になることができたのだから。


◇ ◇ ◇



付き合い始めたからといって、日常生活に変化が生じたわけではない。そりゃあそうだ。職場ではベタベタすることなんてできないし、社外でも誰がどこで見ているか分からないから迂闊に一緒にいることすらできない。
それでも、寝る前におやすみと言い合ったり、時々一緒にご飯を食べに行ったり、そんな些細なことが私にとっては幸せだった。


「岩泉さん、次の会議資料です」
「おう。サンキュ」
「……」
「どうした?」
「いえ!なんでも!」


仕事で関われる時間なんてたかが知れている。同じ部署だとしても仕事内容が違えば接点はほとんどないし、最近では私なんかより岩泉さんの隣に座る後輩ちゃんの方が親しげに話をしていると思う。
岩泉さんと付き合っているのは私。彼女は私。だから嫉妬したって仕方ない。分かってはいるけれど、元々恋愛不器用な私に心の整理なんてそう簡単にできやしなくて。気付いたら気持ちは随分と落ち込み気味で、給湯室で少しばかりサボってしまっていた。
どんな形でも良いから岩泉さんと付き合いたい、だから秘密厳守というルールも自分なりに必死に守っている。でもなあ。ずっとコレってつらいよなあ。いっそのこと会社を辞めてしまおうか。この仕事を嫌だと思ったことはないけれど、岩泉さんとのことを考えると転職すら考え始めてしまう。


「何かあったのか」
「え…え!岩泉さん!?」
「茶。俺にも頼む」
「…はい」


まさかこんなところに岩泉さんが現れると思っていなくて、平然としている岩泉さんとは対照的に、私はワタワタとお茶を用意する。幸いにも辺りに他の人の気配はないから、私の不自然なまでの動揺っぷりは見られていないだろう。
お茶を用意し終えて手渡すと、岩泉さんは先ほど資料を受け取る時と同じように短くお礼を言って受け取った。そのまますぐに行ってしまうのだろう。そう思っていたのに、岩泉さんはなぜか動かない。


「あんまり気にしすぎんなよ」
「ルールのこと、ですか…?」
「普通に話すのも、飯行くのも、同僚ならおかしくねぇだろ」
「そうですけど…ちょっと気を抜いたらボロが出ちゃいそうで…岩泉さんに迷惑かけちゃいけませんし…」
「言っとくけどな。ルールのこと知った上で付き合っても良いと思ったってことは、それなりに覚悟してんだよ。こっちも」
「え?」
「…今日の夜。飯。行くぞ」


ぐしゃりと、やや乱暴に頭を撫でられた。岩泉さんは言いたいことだけ言って私の傍から離れて行ってしまったけれど、触れられたところはじんじんと熱い。
私の一方的すぎると思っていた感情は、もしかしたら岩泉さんにも存在するのかもしれない。そう思ったら自然と顔がニヤけてしまう。単純な私はたったこれだけのことで、秘密の恋愛関係も悪くないかも、なんて思えてきて。
それから数ヶ月後、古めかしいルールが一掃されたときいてすぐ岩泉さんに抱き付いてしまった私に、皆から、なんとなく分かってたけどね…、と生温かい祝福をされるのはまた別のお話。