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支配するのがお上手ね


※社会人設定


思わせぶりな男は苦手だ。あと、何を考えているのか分からない男も。自分がどうしたら良いのか分からなくなってしまうから。というわけで私は、とある後輩のことが苦手である。後輩といっても1歳しか変わらない。しかも彼はとても仕事ができるタイプの優秀な人間で、1年の差などあっという間に飛び越えて、私より多くの仕事を短時間でこなしている。後輩ながら頼りになるのは事実だ。


「名字さん、これやっときましたけど」
「え。ありがとう…めっちゃ助かる…」
「いえ。俺の仕事のついでだったんで」
「ついでで片付く仕事じゃないと思うんだけど…」
「そうですか?」
「そうですよ」


このように、私は常に助けられっぱなし。だから感謝はしている。けれどもやっぱり、苦手意識は消えない。


「じゃあ御礼に、今晩飯付き合ってくださいよ」
「給料日前だから御馳走するお金はありません」
「誰も奢ってくださいなんて言ってないじゃないですか。俺はただ名字さんと一緒に飯行きたいだけなんで」


ほら。こういうところ。何を考えているのか全然分からない。
今までも何回かこの手のお誘いを受けた。最初は、社交辞令的にというか、社内の先輩後輩関係を円滑にしようと思って声をかけてきてくれたのだろうと思い、深く考えることはなかった。けれどそれが、他の同期にはほとんど声をかけていないということを知ったら話は別だ。
どうして私にだけ声をかけてくれるのか。しかもいつも、名字さんと一緒に行きたいだけなんで、というキーワード付きで。冗談かなと顔色を窺っても、彼の美しいポーカーフェイスを見つめるだけになってしまうので意味はない。もしかして私にそういう気があるのかなと淡い期待をしたいところだけれど、彼から声がかかるのは月に1、2回あるかどうかのそのお誘いのみ。もし本気でそういう気があるのなら、もっと接触を図ってくるはずだ。ということは、特別な意味はないということになる。けれども忘れた頃にこうしてお誘いがあるのだからさっぱり意味が分からないのだ。


「…仕事が早めに終わったらね」
「分かりました。また連絡しますね」


だから私はいつも、行くとも行かないとも言わず曖昧な返答をする。彼と食事に行くのが嫌なわけではない。けれど、毎回誘いを受けるというのは、同僚として距離感が近すぎるような気がして。こういうことを考えさせられている時点で、私は彼の掌の上で踊らされているんじゃないかと思う。
いつも通りに仕事を進めた、つもり。なんとなくタイピングのスピードが速かったかも、なんて思うのもきっと気のせい。トイレに行って、普段は取り出すことのないグロスを唇に纏わせたのだって、社会人としてのマナーの一環だし。別に誰につっこまれたわけでもないのに頭の中でそんな言い訳をつらつらと並べる私は、彼のことをどう思っているのか。もう随分と前から、そんなことには気付いている。だから、彼のことが苦手。私を惑わすから。


「仕事終わって良かったですね」
「そうだね」
「何食べます?」
「赤葦君の食べたいものにしなよ」
「じゃあちょっと行きたい店があるんですけど」


そう言ってお店に辿り着いたのは19時前。全席個室になっていて小綺麗な、創作和食が楽しめる居酒屋さんらしい。こういうお洒落なお店を知っている彼はプライベートでも抜け目がないんだなあと感心する。
通された個室で机を挟んで向かい合わせに座り、駆け付け一杯のお酒を注文。おつまみ系のものを幾つか頼んで、当たり障りのない仕事の話をして。私はそんなにお酒が強い方ではないけれど、飲みすぎて失敗したということは1度もない。彼は、たぶん強いタイプなんだと思う。飲んでも飲んでも、テンションも顔色も変わらないから。
アルコール度数が低めのカクテルとは言え3杯目。このお店はお酒も創作ものが多くていつもより飲むペースが早いということは自覚している。そろそろセーブしなければ。私は机に頬杖をついて、相変わらず綺麗なポーカーフェイスを決め込んでいる彼を見つめた。


「赤葦君、お酒強いんだね」
「まあ酔い潰れたことはないですね」
「それを世間では強いって言うんだよ」
「名字さんはそこまで強そうじゃないですね」
「そうだね」
「今日、いつもより少し酔ってません?」
「なんでそう思うの?」


ぐびり。カクテルを一口飲んで尋ねてみる。意識ははっきりしているし会話だって普通にできる。確かにふわっとした感覚はあるけれど、ほろ酔いって感じ。顔にも出るタイプじゃないし、いつもとほとんど変わらないと思うんだけど。
机に頬杖をついて彼を見つめたまま返事を待つこと数秒。いつもより無防備なんで、と。彼が呆れたように言った。無防備?どこが?そう尋ねる前に服の胸元を指さされて、視線を落とす。そうして漸く気が付いた。今日はいつもより大きめに胸元が開いた服を着ていたということに。頬杖をついてやや前傾姿勢になっている私の貧相な胸元は、赤葦君の方からそれなりに見えてしまっていたのかもしれない。今更だとは思うけれど、私は慌てて姿勢と身形を正した。


「ご、ごめん、」
「俺は別に良いですけど」


いや良くないでしょ。ていうかそんな冷静に、見ても別に何とも思わないので、みたいな切り返しをされると地味に傷付くんですけど。押し黙る私と、平然とビールを口に運ぶ彼の間に微妙な空気が流れる。これはもうお開きにする流れじゃないか?


「名字さん、俺以外の人と飲む時もこういうことあるんですか」
「え?いや、たぶんそんなことはないと思うけど…」
「俺以外のやつに見せたら怒りますよ」
「は?え?何を?」


それ、と胸元に指をさされたのは本日2回目。そんな、誰彼構わず見せるわけないし見せつけられるほどのものでもない。むしろ、見たからと言って得する人もいないだろう。現に彼だって反応激薄だったわけだし。けれどもどうしてだろう。彼の表情は珍しくイラつきを見せていて、そういえばさっき、怒りますよって言われたなと、ぼんやり思い出す。


「なんで赤葦君が怒るの?」
「そりゃあ…」


そこで彼が言葉を切った。はて、と宙を見つめて何かを考えている様子だけれど、一体どうしたのだろうか。そのまま待つこと数秒。考え事が終わったらしい彼は、いつものポーカーフェイスに戻っていた。


「俺、言ってませんでしたっけ?」
「何を?」
「名字さんのこと好きだって」
「………はい?」


その反応は言ってなかったみたいですね、すみませんって。表情ひとつ変えずに、そんな軽い調子で言うことですか?すみません、じゃないよ。何考えてんのほんと。今までごちゃごちゃ考えて迷って戸惑ってきた私の大切な時間を返してよ。


「赤葦君、酔ってる?」
「酔ってるのは名字さんの方でしょう」
「そうかもしれないけど、でも、そうじゃないっていうか…本気?じゃない?よね?」
「なんで冗談にしようとしてるんですか」
「だって…ねぇ……?」


へらへらとその場をやり過ごそうとしたけれど、どうやら作戦は失敗らしかった。彼は切れ長の目で私をしっかりと見つめたまま微動だにしない。ていうか、本気、なんですか。それまでの酔いは一気にさあっと醒めていったけれど、それに反して顔はかあっと熱くなっていく。顔だけじゃない。全身が熱い。
気を紛らわせようと思い残っていたカクテルを全て飲み干してみたけれど、当たり前のことながら状況は何も変わらなかった。そんな私を、今度は彼の方が頬杖をついて見つめていて居た堪れない。ほら、だから言ったじゃない。思わせぶりで何を考えているか分からない男は苦手だって。でも、苦手だけど嫌いじゃないのが、1番厄介だ。


「酔ってて覚えてないって言われたら嫌なんで明日また言いますね」
「いい!大丈夫!ちゃんと覚えてるから!」
「そうですか。ところで名字さんも俺のこと好きですよね?」
「へっ?え、それは、えーと…」
「まあ好きじゃないとしても諦める気はないんですけど」


そろそろ帰ります?送りましょうか?それともうちに来ます?なんて、矢継ぎ早にきかれても答えられるわけがない。赤葦君ってこんなぐいぐいくるタイプだったっけ?強引すぎない?ていうか私の話、全然きいてなくない?
私が順応できていない間に、彼はお会計を済ませて店を出た。ごく自然に私の手を取って。


「で、これからどうします?」
「…ちょっと待ってくれないかな…色々…」
「いいですよ。好きなだけ俺のこと考えてください」


何言ってんの?と思って見上げた彼の顔は、今までのポーカーフェイスが嘘のように鮮やかな微笑みを携えていたから、私は言葉を失った。言われなくても、既に私の頭の中はあなたのことでいっぱいですよ。きっと、今日よりずっと前から。