×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

獣はしたたかに潤む


※社会人設定


綺麗な顔立ちをしているなあと思った。それから、賢そうだなあと。勉強ができそうとかそういう意味ではなくて、生きていく上で色々と上手そうという意味において。世間一般ではそれを世渡り上手というんだったか。表情は固めだけれど愛想が悪いわけではないし、同期として話しかけ難いというほどでもなくて適度にミステリアス。兎に角、彼の第一印象は大変良かった。


「ねぇ。私の話きいてた?」
「きいてた」
「じゃあなんで勝手に入ってきてんの?」
「入りたかったから」
「子どもか!」
「今年23歳になるから大人だと思うけど」
「そんなこと知ってるし!」


第一印象ってものは当てにならない。私はそれを身をもって実感している。赤葦京治という名前まで綺麗なその男は、外面最高、中身はちょっと残念というか、思っていたのと違うというか。まあこっちが勝手に色んなイメージを抱いていただけだから、向こうからしてみれば、そんなこと言われても…って感じだろうけれど。
今だって、私の家に突然やって来たかと思ったら勝手に家の中まで入り込んできているという不躾さ。どうやら育ちが良さそうだなと思ったのも見掛け倒しだったらしい。ああ、でも、綺麗に靴を脱いで揃えるあたりやっぱり育ちが良いのかも、なんて。今はそんなことどうでも良いはずなのに、彼の一挙一動がいちいち気になってしまう。


「付き合い始めたのに家に入っちゃダメなの?」
「それは…なんていうか、モラルの問題」
「モラルねぇ…」


この男は頭のネジが1本どころか2本も3本もぶっ飛んでいるんじゃないかと思うことがあるのだけれど、そんな男を彼氏にしてしまっている私も大概オカシイのかもしれない。いや、でも第一印象があれだけ良くて本性を知らなかったら、誰だって付き合っても良いかって思っちゃうでしょ。むしろ、こんなハイスペックな彼氏できてラッキー!ってなっちゃうでしょ。少なくとも私はそうだったぞ。
私の発言など右から左へ華麗に受け流し玄関先からリビングまで押し入ってきた彼氏様は、ゆっくりと部屋の中を見回している。別に見られて困るものはないけれど、どうせならもう少し掃除してある時に来てほしかった。


「で?用事って何?」
「ああ、これ。部長が渡しそびれたって」
「こんなのわざわざ届けに来なくたって明日会社で渡してくれたら良かったのに」
「うん。そうだけど、」


会社の外で会いたいなって思ったから、というセリフは、一目惚れしたって仕方がないと思わせるほど魅力的な微笑みを添えて落とされた。これだ。私だけでなく女なら大半がこの表情にやられてしまう。言ってきたセリフだって私の心を躍らせるには充分すぎる。
手渡された書類を片付けながら、私の彼氏はやっぱり良い男だな、と。そう思った数秒後。背後から抱き寄せられてどきりとしたのも束の間、次の瞬間、胸をふにふにと揉まれて一気に興が削がれていった。


「何してんの」
「良い触り心地だなって癒されてる」
「馬鹿なこと言ってないでちょっと離れて」
「大きさも絶妙なんだよね」
「そんなこときいてないんだけど」
「俺のことは気にせず動いてもらって良いよ」
「いやいや無理でしょ。邪魔だし。どうやっても気になるし」
「いつものことだからそろそろ慣れない?」
「慣れないし慣れたくない」


いつものこと。そう、これがいつものことだから問題なのだ。最初は、淡白そうに見えて意外とがっつくタイプなんだって、それはそれは驚いたし身構えた。けれども彼にとって私の胸を揉むという行為はどうやらスキンシップの一環らしく、そういうことがしたいから触れているわけではないようで。それに気付いた時の私は非常に複雑な気持ちになった。だって、意識してるのが自分だけって虚しくない?
付き合い始めてからというもの、2人きりになれば必ずこうされる。しかも真顔でナチュラルに。何の前触れもなく。これを変態と呼ばずして何と呼ぶのか。イケメンだからって何でも許されると思ったら大間違いだぞ。


「着替えたいからほんとに離れてくれない?」
「手伝おうか?」
「何を手伝うつもりなの?」
「なんなら脱がしてあげるけど」
「丁重にお断りします」
「それは残念だな」


本気か冗談か分からないトーンで淡々と話していた彼は渋々ながらも漸く解放してくれたので、私は着替えるために寝室へ向かう。部屋着はTシャツとハーフパンツ。最初は彼がいる時だけはちゃんとしようと思いそれなりの格好をしていたのだけれど、今日のように家に突撃訪問された時にこの格好を見られてしまい、そっちの方が良い、と言われてからは、もう開き直ってこの格好を貫いている。色気なんて皆無だ。
そうか。こんな感じだから、付き合い始めて数ヶ月経つのに胸を揉まれるだけで満足されて、そんなにムラムラされないのか。私は唐突に、今更なことに気付いてしまった。けれども気付いたところで、今の関係を打破する術など思い浮かばない。私は重たい足取りでリビングに戻った。


「夜ご飯、何か食べる?」
「作ってくれるの?」
「んー…何もない。から、出前かな」
「じゃあ何か頼もうか」


私の女子力は一体どこに行ってしまったのだろうか。冷蔵庫の中は閑散としていて、野菜炒めすら作れそうにない。あるのはビールと酒のツマミになりそうなものが少しずつ、あとは調味料ぐらいだ。自分でも女としてどうかと思う。彼はこんな私が彼女で良いのだろうか。それこそ今更だろ、とツッコミたくなるような不安が、急に私の中で渦を巻き始める。


「ねぇ京治君、ききたいんだけどさ」
「うん」
「なんで私と付き合ってるの」
「え?好きだから」
「…私のどこが好きなの」
「急にどうしたの?」
「いや、だって私、女子力皆無だし色気もないし可愛げがあるわけでもなくてこんな感じだからさ」
「ああ。なるほどね」


そんなことないよ、というフォローの言葉はなく、すんなり納得されて地味に傷付く。まあフォローのしようがないんだから仕方ないけれども。それでも私は不機嫌そうな表情を浮かべていたらしい。近寄ってきた彼はクスリと笑って、そんな顔しないでよ、と頬を撫でてきた。
だからさあ、いちいちそういうことするのやめてよ。勝手に心拍数上がっちゃうこっちの身にもなってよね。


「仕事とプライベートをきっちり分けられるところ」
「それは社会人として当然でしょ」
「俺の前では着飾らずに自然体でいてくれるところ」
「それは私が楽してるだけだもん」
「こんな俺を受け入れてくれるところ」
「京治君モテるくせに」
「プライベートの俺はコレだからモテないよ」


確かに、とは言わなかったけれど、ギャップがありすぎるのは本当のことなので、私は何も言い返せずに押し黙る。いや待てよ。でもそれって結局、オンモードの時はモテるってことじゃないか。そういえば今までの女性関係ってきいたことなかったけど、どうだったんだろう。オフモードの彼を曝け出して受け入れてもらえなかったりしたんだろうか。


「コッチの俺を見せたの、名前が初めてだし」
「え。そうなの?なんで?」
「名前なら大丈夫かなって思ったから」
「…なんで?」
「なんでも」


俺の目に狂いはなかったでしょ?って得意げに言ってきたけれど、なんでも、って答えはちゃんとした理由になってないし。そう思って問い詰めようと思ったら先に、お腹すいたね、と言葉を落とされて話が逸らされる。
そうだね、と適当に相槌を打って、もうこの話は終わりでいっか、と出前メニューの紙が置いてある引き出しに手を伸ばしたところで、またむにゅりと形を変えられた胸。えぇ…このタイミングで…?と首を捻って背後の男の表情を窺えば、なぜかスイッチが入っていた。それこそ、このタイミングで?って感じだ。


「お腹すいたんじゃないの?」
「うん。だからシたくなっちゃって」
「接続詞おかしくない?」
「何か勘違いしてるみたいだけどさ」
「ちょ、っと…っ」


くるり。彼はいとも簡単に私の身体を反転させて正面から腰を抱き寄せた。男の人にしてはスラリとしていて細身な方だと思うのだけれど、こういう時に思い知らされる。この人は男なんだって。


「俺はいつでもこういうことシたいと思ってるよ?」
「え、でも、だって、」
「いつものアレだって、あわよくばこのまま…って思ってたりしてね」
「うそでしょ…そんな雰囲気ちっとも…」
「毎回そういう雰囲気になるの嫌かなと思って。これでも我慢してたんだけど」
「……変態か」
「男なんてみんな変態だよ。好きな子の前では、ね」


だからそろそろ良い?なんて涼しい顔で尋ねてきた彼は、返事を待たずしてちゅるりと私の唇を食んだ。気付いたらいつも彼のペースにハマっている。今だってそう。それが気に食わない。けれども残念ながら私は、こういう彼を拒むことができないのだ。それはそう、好きだから。
お腹すいたね。そうだね。でも先にスるの?うん。嫌って言ったら?そうだなあ…どうしようかなあ。考えてないでしょ?はは、バレた?
がぶり。綺麗な顔をしていて賢そうで適度にミステリアスな彼は、私の口に欲望のまま噛み付いた。男はみんな狼って誰が言い始めたのか知らないけれど、たぶん合ってるよ。でも、それプラス、男はみんな変態っていうのも付け足さなくちゃね。