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トライ・アングル・ヒーロー


「気ぃ遣わんでええからな」
「え?」
「ツムにも好きやて言われたんやろ」
「それはそうやけど…」


2人にまさかの告白をされてから1週間が経過した放課後。委員会のことやら先生に押し付けられた雑務の手伝いやらをしていたせいで帰りが遅くなり、たまたまバレー部の部活終わりと重なった。
侑は先輩と話があるとかでまだ残っているらしく、治と2人でぽつぽつと帰り道を歩いている時に言われたのが冒頭のセリフだ。気を遣わなくて良いとは、誰にどういう気を遣わなくて良いということなのか。分かるけど、分かりたくない。


「私のこと、ホンマにその…好きなん?」
「おん」
「ほななんでそういうこと言うん?」
「そういうこと、て?」


わざとらしく惚けているわけではなく、本気で意味が分からない、といった様子の治に、私は密かに溜息を吐いた。治らしいと言えば治らしいけれど、私はそういうところが好きで、嫌いだ。
治はいつも何かにつけて諦めているような感じがある。譲れないものだってあるはずなのだけれど、それが何なのか分からない。執着心という言葉とは無縁そうというか、兎に角、自分が1番になれなくても仕方ない、と当然のように思っているというか。
気を遣わなくて良い、とは、俺に気を遣わずに侑を選んで良い、という意味なのだと思う。でもそれは裏を返せば、私のことなんてそんなに好きじゃないってこととも受け取れる。治にとっての「好き」とはその程度のものなのか。だとしたら少し、否、かなり傷付く。無意識に一歩身を引いているからこそ余計に。


「治の考えとること、私にはよぉ分からんわ…」
「好きやて言うたけど」
「でも私が侑を選んでもええんやろ?」
「名前がそう思うならしゃーないやん」
「しゃーないて、そんな簡単に諦められる程度の気持ちなん?」


互いの家が近付いてきた暗闇の中、私達は何を話しているんだろう。ていうか、なんで私はこんなにムキになっているんだろう。告白してきたのは治の方なのに、これじゃあまるで私の方が治の気持ちを繋ぎ止めようとしているみたいだ。
声を荒げた私を前にしても、治の様子はいつもと変わらず。動揺したり焦ったり、そういう素振りは一切見られない。落とされる声のトーンも、いつも通りだった。


「名前がそれで幸せなら、俺は諦めるしかないやろ」


何かの本か漫画かドラマか映画か、何でも良いけれど兎に角そういった非現実的な世界のヒーローが言いそうな、歯の浮くようなセリフをサラリと言う。恥ずかしげもなく真顔で。だからこそ、本当にそう思っているんだろうなということを痛感させられた。
そして気付く。ああ、そうか。治は執着心がないんじゃない。自分より相手のことを考えるのが当たり前になっているだけなんだ。だから、さっきみたいに歯の浮くようなセリフをサラリと落とせるんだ、って。
治のそういうところが、好きで、嫌い。自分のこと、もっと大切にしなよって、もう少しワガママ言えば?って、何度も思ったことがあるような気がする。侑は逆に自分のことを結構優先しているイメージだから余計にそう感じたのかもしれない。お人好しってわけじゃないけれど、なんだかんだでやさしい。治はそういう人だ。


「決めた」
「何を?」
「私、治と付き合う」
「せやから、気ぃ遣わんでええて言うた…」
「気ぃなんか遣ってない!治のことは私が幸せにするて決めたんやもん!」
「はあ…?何言うてんねん…」


私の発言に、治は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。まあいきなり告白の返事をしたと思ったら突拍子も無いことを言い出したのだ。そりゃそういう反応にもなるだろうけれど、私だって血迷って訳の分からないことを口走ったわけではない。
治がやさしいのは分かった。その性格はもう変わらないだろう。それならば私が、治の幸せを考えたって良いじゃないか。私が彼女になって治が幸せになるのかどうかは知らないけれど、告白してきたってことはとりあえず一緒にいて不快ということはないんだろうし。
そうして大真面目に私の考えをぶち撒けたら、治はまた暫くポカンとして。急に笑い出した。しかも珍しく爆笑。え、いやいや、こっちは真剣なんですけど。


「ほんま、名前はオモロいなあ」
「オモロいこと言うてないし!」
「そら分かっとるけど」
「ほなそんなに笑うんおかしいやん!」
「そういうとこが好きやなあ思て」


完全に不意打ちだった。好きって言葉だけでも心臓がギュッとなるのに、そこでゆるりと微笑んでくるのはどう考えたって反則だろう。そんな顔、今までしたことないくせに。本当に特別な好意を寄せられているんだって、否が応でも感じてしまうじゃないか。
こうなってくると自分が言ったことまで恥ずかしくなってきてしまって、私は途端に静かになる。その変化にはもちろん治も気付いているようで、わざとらしく、どないしたん?と尋ねてくるあたりは性格が悪いと思う。こういうところだけ双子でそっくり。


「ホンマに俺でええんか?」
「…女に二言はない」
「いちいち笑かさんといて」
「笑かすつもりないし!」
「ツム、荒れるやろな…」
「まあ…それは…どうにかなるんちゃう…?」


完全なるハッピーエンド、になるかどうかは、侑次第だ。


◇ ◇ ◇



「サムと付き合う?」
「さっきからそう言うてるやん」
「なんで?」
「なんで、て…サムの方がええから?」
「何が!どこが!ええねん!」
「ああもう!うるさいなあ!侑みたいに自分のことばっかり考えずに私のこと1番に考えてくれとるとこや!」


丁重に告白をお断りしようとしたのが間違いだった。最終的に言い合いのようになってしまったけれど、私の叫びを聞いて急に口を噤んでしまった侑は目をパチクリさせている。
侑の部屋にお邪魔して話をしていたせいで、このやり取りは治にも筒抜けだったのだろう。全部聞こえとるで、と現れた治は呆れ顔だ。


「冷静に大人な断り方してくる言うたくせに」
「侑が全然分かってくれへんのやもん」
「それは最初から分かっとったことやろ…。あんな、ツム、そういうわけやから…」
「サム」
「おん?」
「名前のこと泣かせたらタダじゃおかへんで」
「そんなん当たり前やろ」


私の必死の訴えは意味があったのだろうか。侑は治とそれだけのやり取りを交わすと、無言で部屋を出て行った。これは…ハッピーエンド?なのか?


「侑、納得してくれたんかなあ…」
「俺らが幸せですーいうオーラ出しとったらそのうち諦めるんちゃう?」
「何それ…」
「名前は俺のこと幸せにしてくれるんやろ?」
「え、あ、うん…?」
「俺が名前のこと幸せにしたるから、それでええやん」


またそうやって歯の浮くようなセリフを言う。この男はもしかしたら本当に、どこかの世界のヒーローなのかもしれない、などとくだらないことを思ったけれど。少なくとも、私のヒーローであることに間違いはなかったりする。