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トライ・アングル・ナイト


こんな少女漫画みたいなことって本当にあるんだなあ、と。いつも他人事のように思う。宮兄弟と幼馴染。たったそれだけのことで、私は何度こういうくだらない呼び出しをされたか分からない。


「アンタなあ、前も言うたけど幼馴染やからって調子乗りすぎちゃう?」
「調子乗った覚えないんやけど」
「そうやって口答えするんが腹立つんやって分からへんの?」
「宮君達に近付いとる時点で調子乗っとるわ」


そんな理不尽な。私、まともにバレーの応援に行ったことすらないんですけど。数人の女の子に取り囲まれて思うことも、いつも同じ内容。ああ、くだらない。
恐らく私のそういう雰囲気や態度も相手の気持ちを逆撫でしているのだろうということは分かっているのだけれど、私はこういう時に怯えたフリができるほど演技派ではなかった。
入学してからというもの、大体の上級生や同級生(下級生にはさすがに呼び出されたことはない)の相手をしてきたつもりだけれど、本日のお相手とは2度目の対峙。うろ覚えではあるけれど、確か突き飛ばされたことがあるようなないような。そうやって依然として他人事のように事態を受け入れていた時だった。


「そういうんはもっと上手いことやらへんと」
「…侑、」


ふらりと現れた金髪は、慌てふためく女の子達にこれでもかと冷ややかな視線を送っている。まるでスーパーマン。私を守る騎士さながら。それなら私はこの物語のヒロインか。キャラじゃないな、なんて。これもいつも思うことだ。蜘蛛の子を散らすように走り去って行った女の子達は、もう2度と私に喧嘩を売ってきたりはしないだろう。


「ありがと」
「毎度毎度ノコノコ呼び出されて…アホやと思うで」
「無視した方が厄介なことになるって言うたやん」
「女は面倒やなあ」
「せやろ。まあこんなことされとるんは侑と治のせいやけどな」
「モテる男は辛いわあ」


へらりと笑うこの男は、いつもと変わらない。私も、いつもと同じように振る舞っている。まさかの告白をされて1週間。私はまだ返事をしていない。けれども、2人とも返事を催促してくることはなかった。それどころか、告白なんてしてません、夢でもみたんじゃないですか?ってぐらい普通に接してくるから、私もそれに便乗させてもらっている。
1年生の始めの頃、私はこの手の呼び出しをされる度に何かしら危害を加えられていた。呼び出しを無視したこともあったけれど、学校という狭い社会の中では逃げ切れるはずもなく。倍返しと言わんばかりに執拗な嫌がらせを受けたこともある。
これが3年間続くとしたらウンザリするなと思っていたある日のこと。そういうところを初めて侑に見られた。あの時の侑は今のように冷静ではなくて、女の子達を怒鳴り散らしたんだっけ。


「なんで言わへんねん!」
「言うてどうなるもんでもないし…?」
「…今まで何回こんなことされたんや」
「さあ…いちいち数えてへんよ」
「……次からは言え」
「はあ?呼び出されました、行ってきます、て?」
「おん」
「なんで」
「なんでも」
「言うてどうなんねん」
「俺が行く」
「え…そんなん、毎回は無理やろ」
「ええから。絶対やぞ」


言ってもどうしようもない。大体、毎回そんな連絡を侑にするなんて告げ口しているみたいで嫌だし。そう思っていた私だけれど、試しに1度連絡をしたら来てくれた。侑が来るというだけで相手の女の子達は逃げて行くし、2度と私を呼び出してきたりはしない。
しかも驚くべきことに、連絡したら侑は必ず助けに来てくれた。恩着せがましく、助けてやったんだから感謝しろ、みたいに振る舞われることもなく、むしろ、こうするのは当たり前、と言わんばかりの様子で。
こうやって振り返ってみれば、侑はその時から私のことが好きだったのだろうか。だから何も言わずに守り続けてくれていたのだろうか。幼馴染だから気にかけてくれているものだとばかり思っていた能天気な私は、本当に馬鹿だなと今になって思う。


「そのモテる男が、なんで私なんかのこと好きになったん?」
「…そんなん知らんわ」
「理由ないん?」
「ない」
「えぇ…」
「ただ、他の男のモンになるんは気に入らん」
「何それ」


理由もなく好きって、そんなのある?と思ったけれど、侑らしい返答に納得している自分もいた。動物的本能?野生の勘?それで選ばれたのだとしたら逆に本望かなとも思う。
侑と治は似ているところもあるけれど全然違うところもある。そりゃあ双子だって別々の人間なわけだから当たり前なのだけれど、その違いに多くの人は気付かない。私だけは違いに気付いてあげられるのよ、なんて偉そうなことを言うつもりはさらさらないけれど、ちゃんと分かってるからね、って軽い調子で言える程度には理解しているつもりだ。だから。


「侑、」
「ん?」
「この1週間、ずっと考えとったんやけど」
「おん」
「治は侑より優しいやんか」
「急に何なん?」
「人のことよぉ見とるし、気付いてくれるし」


そう、治は優しい。なんだかんだで侑より柔らかいというか、なんというか。上手く言葉では説明できないのだけれど、侑が四角なら治は丸というか。
私の発言を聞いて押し黙る侑に、私は言葉を続ける。


「せやけど治は、私だけが特別やないと思う」
「特別は特別やろ」
「例え私が特別だとしても、治は最終的に誰にでも優しい」
「…買い被りすぎちゃう?」
「分からんけど、私はそう思う。私は治のそういうところが好きや」
「せやから、何?」


この1週間考えてきた。2人のことをずっと。そうして辿り着いた結論は、


「せやから治には、ごめんなさいて言おうと思う」
「はあ?」
「私が選ぶんは侑や。嬉しいやろ?」
「…今の話の流れで俺選ぶん?アホか?」
「人のことアホアホて。素直に喜べへんの?」
「なんで俺やねん」
「せやなあ…治はみんなに優しいけど、侑は私にだけ優しいやん。せやから、ほんまに私のことだけ大切にしてくれるんやないかなって」


分かってる。治を選んだとしても、治だって私のことを大切にしてくれるって。けれども侑は私のことをずっと守り続けてくれたから、その気持ちに応えたいと思ってしまったのだ。
たまたま治より先に侑がその現場に居合わせて、成り行きで助けてくれることになっただけ。そう言われてしまえばそれまでだけれど、それさえも運命だったとしたら、私が侑を選ぶのは必然だったのかもしれない。
治はきっと、私が包み隠さず全てを話しても怒ったりしないだろう。しゃーないな、って。ただそれだけ言うに違いない。そういうところが優しいんだ。その優しさに最後まで甘えているのは私だけれど。


「侑と付き合うことになったら益々こういうこと増えるやろなあ」
「ええやん。俺おるし」
「…これからもよろしく」
「なんや急にしおらしいこと言うて…気色悪い」
「普通それ好きな子に言う?」
「調子狂うやろ」
「彼女になったらもっと調子狂うことするかもしれへんよ?」
「そら楽しみやなあ」


お手並み拝見、と言わんばかりにニヤリと挑戦的な表情を浮かべた侑は、私の気のせいじゃなければ嬉しそうに見えた。


◇ ◇ ◇



予想通りと言うべきか、治は全てをすんなり理解して受け入れてくれた。そんな気はしとった、と笑われたけれど、私はそんなに分かりやすい言動を取っていただろうか。自分ではよく分からない。
侑と付き合い始めたからといって、何かが大きく変わったりはしなかった。それは私にとって最も有難いことだ。ああ、少し変わったことと言えば。


「なんでサムと行ってんねん!」
「侑ユース合宿でおらへんかったやん」
「待っとけや!アホ!」
「またアホて!彼女に言うことやないって何回も言うとるやろ!」
「彼氏の帰りを待てへん彼女が何言うてんねん!」


侑が口うるさくなったせいでくだらない口喧嘩が増えたことぐらいだろうか。まあこれは侑が私を大切に想ってくれている証拠らしい。治に愚痴を零したら惚気は聞きたくないと一蹴されてしまったので、そろそろ私の不器用な騎士様のことについては口を噤むことにしよう。