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トライ・アングル


良いなあ、と。羨望の眼差しを受けるのにはもう慣れた。何が「良い」のかはいまだに分からない。彼らと幼馴染というだけで何か特典があるわけじゃないし、どちらかと言うと被害を被っていることの方が多いような気がするので、私はちっとも良くないと思う。そんなに羨ましいと思うならぜひとも代わってくださいって感じだ。
近所に住んでいて私の幼馴染である彼らは双子。昔はお互いの家を行き来して遊んでいた仲だけれど、高校生になった今はさすがにそんなことはしない。とは言え、同じ高校に通っていれば顔を合わせれば会話はするわけで、その光景を見た友達は口を揃えて言うのだ。良いなあ、と。
確かに2人は校内で有名人だし、凄い人間なのだろうとは思う。それは認める。けれど、ちょっと会話ができるぐらいでそんなに羨ましいだろうか。芸能人じゃあるまいし、そんなに話したければ話しかければ良いのに。と言ったら、名前は分かっていない、と集中攻撃を食らってしまった。解せない。


「名前〜、宮さんちにこれ持って行って来て〜」
「え〜…またぁ?」
「美味しい梨いただいたお礼。アンタも食べたやろ」
「……はぁい…」


母はいつも私に宮家へのお使いを押し付けてくる。歩いて1分かかるかどうかぐらいの距離なんだから自分で行けば良いのに、とは思うけれど、そんなことを言ったら倍以上の攻撃が返ってくることは経験済みなので、重たい腰を上げてタッパーを受け取った。中身は今晩のメニューである唐揚げのようだ。やった。唐揚げ。私も好き。
一気に秋の空気が漂い始め肌寒くなってきた10月。着古したTシャツとスウェットでは冷えるかなと思ったけれど、数分で行き来できるからまあいっか、と外に出る。宮家に行くのにわざわざ着飾る必要はないのだ。
小走りで見慣れた家の前まで行きチャイムを鳴らす。ガチャリ、と玄関のドアが開くまで数秒。現れたのは宮家のお母さんではなく、双子の片割れだった。こんな時間に出てくるとは珍しい。


「今日部活ないん?」
「土日どっちも丸1日練習やったから振り替えで休みやねん」
「相変わらず大変やなぁ…」
「で?何?」
「ああ、これ、お裾分けなんやけど」


双子の片割れの銀髪の方。治はタッパーの中身を見るなり、分かりやすく目を輝かせた。本当に食べることが好きな奴だ。
そうして少し会話をしている間に、ひゅうっと風が吹き抜けた。ぶるり、身体が震える。やっぱりパーカーぐらい羽織ってくれば良かった。日がほとんど沈んでしまったこの時間帯で半袖というのはさすがに寒い。任務は完了したのでさっさと帰ろう。私は治にタッパーを託すとくるりと背を向けた。けれど背後から、あ、という声がきこえたので、足を踏み出すことは叶わず。何を思い出したのかは知らないけれど、寒いからさっさと言ってほしい。


「何?」
「前から言おうと思てたんやけど」
「うん」
「俺な、名前のこと好きやねん」
「へぇ……は?え?」
「せやから、名前のこと好きやねんて」


いや、きこえてます。きこえてますけど。そういう意味できき返したんじゃありません。それってそんな、そういえば今思い出しました、みたいなノリで言うこと?ていうかなんでこのタイミング?仮にも告白なら、もう少しムードとかシチュエーションとか考えない?そもそも好きって何?え?は?いつから?好きってそういう意味の好きで合ってる?
幼馴染として何年も一緒に過ごしてきたけれど、そういう感情を向けられているなんてちっとも気付かなかった。私が鈍感なだけ?いやいや、そんなことはないだろ。治が分かりにくすぎるんだ。
宮家の玄関先で、お世辞にも可愛らしい格好とは言えない私と、唐揚げ入りのタッパーを片手に持った上下ジャージ姿の治。お互い固まって見つめ合ったまま動かなかったけれど、状況を理解した私はワタワタし始める。


「何の罰ゲームやねん!」
「罰ゲームやないし」
「ほな冗談?」
「これでも本気やけど」
「なんで今ここでそんな大切なこと言うん!?」
「2人になれる時あらへんやん」
「呼び出すとか!電話とか!色々あるやん!」
「ああ…せやなあ」


告白した後のくせに恥ずかしがったり照れたりする様子もなくマイペースな治に拍子抜け。これでは焦っている私が馬鹿みたいだ。


「で?」
「は?で?って?」
「返事」
「え、ちょ、今?ここで?」
「ほないつしてくれんねん」


コイツどこまでマイペースなんだ。普通、返事は焦らなくて良いから…ってならない?と思ったけれど、ああそうか、コイツ普通じゃないんだった、という結論に至り諦める。とは言え、ここで何かしらの返事ができるほどの余裕がない私は治を見据えて。


「いつか、する」
「は?」
「今日は帰る!」


勢いよくそれだけ言い放って逃げた。だってそれしか方法がない。半袖Tシャツで寒いとか、そんなことは忘れていた。今はむしろ暑い。熱い。
自慢じゃないけれど、告白をされたのは生まれて初めてのことだった。彼氏ができた事もない。私だって女の子だから、告白されてみたいとか彼氏がほしいとか、夢見ていたのは確かだけれど。幼馴染の治に、なんて。予想外すぎるじゃないか。
帰るなり、夜ご飯よ〜、などと声をかけられたけれど、今の私は楽しみにしていたはずの唐揚げを食べられる状況ではなかった。後で食べる、とだけ言い残して部屋に入るなり、ドアに背中をあずけてズルズルと座り込む。
どうしよう。好きとか嫌いとか、そういう風に見たことなんてないし。でもそういう対象として考えてみなきゃ答えは出ないわけだし。頭の中は大混乱だ。
誰かに相談したい…でも誰に?そう考えた時、パッと思い付いたのは治にそっくりな男のこと。そうだ、双子なわけだし侑なら治が何をどう考えているか少しぐらいは分かるかもしれない。何より、昔から3人で一緒に過ごしてきたのだ。私達の関係性のことも理解した上で相談に乗ってくれるかもしれない。侑はなんだかんだで話を聞いてくれる良いヤツだし!
思い立ったら即行動。私は早速侑に電話をかけてみることにした。数回のコール音の後、何?という、なんとも不機嫌そうなトーンで聞こえた侑の声。どうやら寝ていたらしい。そういえば今日は部活が休みだと言っていたからゆっくりしていたのかもしれない。眠りを妨げたのは申し訳ないと思うけれど、今は治にバレないように私の相談に乗っていただきたい。


「相談があるんやけど」
「はあ?なんなん急に。気持ち悪っ」
「なんでもええから話きいて」


私のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、侑は静かに話を聞いてくれた。


「サムがなあ…」
「な?びっくりするやろ?」
「せやなあ…」
「私、どうしたらええと思う?」


さて、侑は何とアドバイスをしてくれるだろうか。ドキドキしながら待っている私の耳に届いたのは意味不明な一言。


「油断しとったわ」
「は?」
「まさか治に先越されると思わんかった」
「え、ちょ、待って、」


凄く凄く嫌な予感がする。侑と治は双子。そう、双子なのだ。ということは、と今更気付いてももう遅い。


「俺も名前のこと好きやって言おう思てたのに」
「ぎゃー!待ってって言うたのに!」
「治の告白だけきくんはフェアやないやん」
「そういう問題やない!」
「何怒ってんねん。そこは喜ぶとこやろ」
「喜べる状況やないわ!」
「で?返事は?」


嫌な予感は見事的中。双子だから好きな女の子の好みも同じなんです、とか。ついでに返事を催促してくるところとかまで同じじゃなくて良いから!この双子、頭おかしいんじゃないの?ああそうだった、治だけじゃなくて侑も普通じゃないんだった。


「いつか、する!」
「は?」
「じゃあね!」


治に言ったことと全く同じことを言ったら全く同じ反応が返ってきた。本当にどこまで似てるんだと、いっそ腹が立ってくる。全然違うところだって沢山あるくせに。よりにもよってなんで2人して私なんかのこと好きになってんの。なんでそこが同じになっちゃうの。昨日まで普通に幼馴染だったじゃん。好きとか、そんな雰囲気1ミリも醸し出してなかったじゃん。
パニックオンパニック。それを通り越したら、私は途方に暮れてしまった。だって、侑のことも治のことも大事な幼馴染だって思ってるから。好きって気持ちは純粋に嬉しかった。けれど、私の返事によってはどちらかを、あるいはどちらとも傷付けてしまうかもしれない。今まで通りの関係を続けていくことはできないかもしれない。それが嫌だった。だから結論が出ないのだ。
けれども私は返事をしなければならない。こうなることは2人だってきっと分かっていたはずだ。それでも伝えてきたのだから、私だって真剣に考えなければ。
そうして、その日から頭の中は2人のことだけでいっぱいになった。今まで生きてきた中でこんなに頭を使ったことなんてないんじゃないかってぐらい授業なんかそっちのけで考えに考えて。その結果、私が辿り着いた答えは。