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幸福は崖っぷちに転がる


※大学生設定


絶対無理でしょ。続かないって。
彼氏と遠距離恋愛するって言ったら、どの友達にも口を揃えてそう言われた。実は私もそう思っていた。会える会えないの問題だけじゃなくて、まあそれ以外にも色々な理由で。
例えば彼は、連絡をマメにするタイプじゃない。というか、メッセージ?そんなのきてたっけ?あ!きてたわ!今見た!みたいなことを平気で言う人だから、連絡を取り合う云々以前の問題だ。そして何より問題なのは、彼が女の子という生き物全般に滅法弱いこと。ちょっと可愛い子にちょっと猫撫で声で擦り寄られたらコロリと落ちてしまう。遠距離恋愛が向いていないというか、一途な恋愛というもの自体に向いていない。そんな人だ。
それでもなんだかんだで1年以上が経過し、今のところ別れ話は出ていない。定期的に会っているし、たまにだけれど電話もする。意外にも順調。
そして別れ話に発展しない最大の理由は、私の寛大さにあると思っている。私は、浮気はどこから?なんて考えるのも馬鹿らしくなる程度には、彼の行動に寛大だった。女の子と2人きりで食事に行こうが、月に3回ぐらい合コンに行こうが、ゲーム感覚でほっぺにチューされようが、そうなんだ、って。たったそれだけの言葉でスルー。だって全部自己申告してきたってことは、悪気があったわけじゃないもんね?私のことは好きなままなんだよね?何度もそう言い聞かせてきたのだ。
けれども、これは、今回ばかりは、さすがに怒っても良いんじゃないだろうか。
今日は彼の誕生日だから、驚かせてやろうと思ってこっそり彼の一人暮らしのアパートを訪れた。時刻は午後6時。夜ご飯は彼の好物である焼肉を食べに行こうと思って、わざわざ美味しいと評判のお店を検索して予約も済ませておいた。プレゼントも準備万端。今日は泊まらせてねって言ったら、彼はきっと喜んで了承してくれることだろう。
そう思っていたのに、計画は全て台無しだ。ここに来るまでの間に蓄えておいたワクワクもドキドキも、アパートの扉が開いた瞬間に全て吹き飛んだから。そりゃあそうだ。出てきたのが彼じゃなくて見知らぬ女の子で、しかも、今の今まで寝てました、みたいな寝ぼけ眼。少し涼しくなってきたこの季節には寒すぎるんじゃない?と言いたくなってしまうほど露出度の高い服は、なんとなく皺まみれに見える。
挙げ句の果てに、どちら様ですかぁ?って。それはこっちのセリフだ。


「あの、光太郎、いますか」
「ああ…いますよぉ〜」


光太郎お客さんだよぉ、という甘ったるい声は非常に耳障り。暫くしてボサボサ頭を掻きながら、女の子と同じように寝ぼけ眼で現れた彼は、上半身裸だった。ああ、もう、最悪。こんなことなら来なければ良かったと思わずにはいられない。
私と目が合った彼は、それまでの眠たそうな様子から一変、元々大きな瞳をこれでもかと見開いてフリーズした。そして、見る見るうちに青ざめていく。その様子を見て確信した。この人は、私以外の人と一線を超えたんだって。いつから?とか、この人で何人目?とか、そんなことはどうでも良い。
彼は、光太郎は、馬鹿だけど、救いようのないアホだけど、信じられないぐらい女の子好きだけど、ギリギリのラインぐらい分かっていると思っていた。だから信じていた。でも、裏切られた。馬鹿なのは、アホなのは、私の方じゃないか。


「……今までありがとう。さようなら」
「ちょ、ま、名前!」


思っていたよりもスムーズに、何の抑揚もなく言葉がスルリと零れ落ちた。もしかしたら心の奥底で、いつかこんな日が来ることを覚悟していたのかもしれない。だから、涙も出ないんだ。
私の名前を焦った様子で呼んだのは1度きり。しかも、追いかけても来ない。つまりはそういうことなのだろう。
辺りは薄暗くなってきていて、もうすぐ日没。見知らぬ道を当てもなく歩く私はなんとも惨めだ。手に持ったお泊まりセット一式も、彼にあげるはずだった誕生日プレゼントも、ここに来るまでは重たいなんて感じなかったのに今はズッシリと重たい。ほんと、何やってんの私。
こんな時でもお腹はすく。そして思い出した。そういえば焼肉屋さん予約してたからキャンセルの電話しなきゃ。そう思ってポケットから携帯を取り出したと同時に、タイミングを見計らっていたかのように彼からの着信。あんな場面を見られて、彼は一体どんな弁明をしようと言うのだろう。もはや何もかもどうでもよくなっていた私は、興味本位で電話に出た。


「あ!名前!今どこ!?」
「…それきいてどうするの」
「迎えに行く!」
「迎えに来て、それからどうするの」
「話すんの!」
「何の」
「それは!あの…さっきの…」
「いいよべつに。おわったことだし」
「俺が良くない!」


何が良くないんだ。そっちが勝手に浮気したくせに。自分勝手で子どもみたいで、そういうところ、嫌いだったよ。


「話それだけなら切るね」
「待って!俺!別れるつもりねーからな!」
「なんで」
「好きだからに決まってんじゃん!」
「じゃあなんで…、」


なんで、浮気したの。とは、きかなかった。きいてもどうにもならない。きいたところで、何も変わらない。好きとか、そういうことを簡単に言うところも、嫌い。光太郎のぜんぶが、嫌い。きらいきらい。
「嫌い」を積み重ねた分だけ足が重たくなって、目頭が熱くなってきて、私はとうとうその場に蹲み込んで泣き始めてしまった。覚悟してたはずなのに。もうどうでもいいやって思ったはずなのに。なんでこんなことになってるんだろう。


「名前…!良かった…見つけた…」
「…なんで、」
「ごめん。ほんとに、ごめん」
「謝られても…」
「信じてもらえねーかもしんないけど、さっきの子とは、ほんとに、なんていうかその、未遂だから!まだ、いや、まだって言っても本気でやる気だったわけじゃなくて!なんか流されそうになったけど断ったし!昨日課題やってて徹夜したせいで眠くてうっかり寝たのはまずかったけど!」


野生のカンってやつなのだろうか。私のことを見つけた彼は、恐らく自分の言いたかったことをただただぶつけているだけだった。


「俺が好きなのは名前だけだし!」
「…もういい」
「良くないって!ちゃんと…」
「もういいの。わかったから、ね、」


自分勝手で子どもみたいで好きとか簡単に言っちゃう、そんなところが私はやっぱり嫌いだよ。でもおかしいよね、そんなところが大好きだなんて。嫌いだけど、それ以上に大好きなの。なんて言うんだっけこういう感情。ああ、そうそう。愛おしい。私って光太郎以上に馬鹿でアホなのかもなあ。


「…焼肉」
「へ?」
「焼肉、食べに行こ」
「は?ん?良いけど…」
「光太郎の奢りで」
「え!金あったっけ…」
「それから、今日泊めて」
「それはオッケー!」
「あと、誕生日おめでとう。これあげる」
「え!マジで!やった!」
「私さあ」
「ん?」
「光太郎のこと、ちゃんと好きかも」
「今更?ていうか、かも?」
「うん。かも」
「俺はちゃんと好き!」
「さっき聞いたよ」


光太郎が本当のことを言っているのか、はたまた嘘を吐いているのかは分からない。傍から見れば、許すなんて甘いって思うかもしれない。けれど、とりあえず。私は今、光太郎がこの世に生まれてきて私と出会ってくれたことをちょっぴり感謝するぐらいには光太郎のことが好きみたいだから、今回だけは特別。次はもう許さないけど。