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甘やかしギミック


※社会人設定


一般的に男性の方が精神年齢が低い、とは、何の統計に基づいた、どこの誰からの情報なのだろう。私の彼氏は2つほど年下だから、その情報によれば彼は私より随分と精神年齢が低いはずなのだけれど、おかしなことに私の方が子どもっぽいというか精神年齢が低いような気がするので、その情報の主には是非とも抗議したいところだ。


「疲れてないの?」
「そりゃ仕事してきたんでそれなりには」
「わざわざ来なくても良かったのに…」
「んー?でもほら、これ、観ようって言ってたし」
「別に今日じゃなくても…」
「来ちゃダメだった?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあこの話はもう終わりな?」


土曜日の夜。彼は私の家にやって来た。彼は車のディーラーをしていて、休みは毎週火曜日。かたや私はごく普通の中小企業の事務職をしているので土日休み。つまり2人の休みが重なることはほとんどない。そして土曜日の今日、彼は仕事終わりな上に明日も仕事があるわけで。私が土日休みだからわざわざ会いに来てくれたということは明白だった。
いつもそうだ。付き合い始めた時から、無理して会いに来なくて良いよ、と言ってきたにもかかわらず、彼は定期的に週末になると会いに来てくれる。本当はそれがとても嬉しい。できたらこれから先も今と同じように会いに来てくれたら良いなとも思う。けれども、本音を言う可愛らしさも素直さも持ち合わせていない私は、今みたいに嬉しさの欠片もないような発言しかできない。これもいつものこと。そして彼がそのことに対して何も言わず話を逸らしてくれるのもいつものことだった。
観たいと言っていたDVDをセットして隣に座る彼は、仕事終わりのささやかな楽しみなのであろう、私は苦くて飲めないビールをグビリと喉に流し込んでいる。本当は映画館で観たいと思っていたけれど、なかなか休みが合わないのと休みが重なった日は家でのんびりしたいという気持ちが先行して、結局こうしてDVD鑑賞するのがお決まりのパターン。
テレビでも話題となった有名な洋画アクションはシリーズものの第何作だったか。とりあえず全話観ていることは間違いない。メニュー画面で字幕や音声を慣れた手付きで設定してくれた彼の視線はそのままテレビ画面に向いたまま。流れてくる音から話が始まったのは分かっていたけれど、私の視線はテレビ画面ではなく隣の彼に向けられたままだった。
背が高くてスラリとしていて、うちに置きっ放しにしているスウェット姿でも様になる。それが仕事着であるスーツ姿になれば尚更だ。男性のファッションのことは詳しくないけれど、彼はたぶんお洒落な方なんだと思う。いつもシンプルながらも自分に似合うスタイルが分かっているんだろうなと思わせるセンスの良い服を着ているから。
見た目も内面も、なんとなく大人びている彼。彼と一緒にいて私が年上のお姉さんらしいところを見せたことなんてないんじゃないだろうか。年齢なんて関係ないとはよく言われるし、実際彼にもそう言われたことがある。私だって気にしたくて気にしているわけではないし、社会人になってからの2歳差なんて小さいことだとも思う。けれど、たまには甘えてきたり弱音を吐いてくれたりしても良いのになあと考えてしまうのだ。


「どしたの」
「へ」
「映画より俺が気になりますか」
「え、いや、」


考え事をしながらずっと見つめっ放しだったからさすがに気になったのか、茶化すように投げかけられた言葉に狼狽える。半分は何も考えていなかったけれど、半分は見惚れていた。その事実を赤裸々に伝えるのはさすがに恥ずかしくて。


「土曜日だったから忙しかったでしょ?眠たくない?」
「ん、だいじょーぶ」


私の苦し紛れの問い掛けにゆるりとした笑顔を添えて簡潔な返事をくれた彼は、それ以上は追求してくることなく視線をテレビへと戻した。私もそれに倣って視線を前方へと向けたけれど、話の内容はあまり頭に入ってこない。楽しみにしていたはずなんだけどなあ。おかしいなあ。けれども今、観るのをやめよう、と言い出すわけにもいかないので、ぼーっとテレビ画面を眺めること数分。
ごそごそと隣の彼が動いた。と思ったら、肩に重たいものがのしかかってきて、その重たいものというのが彼の頭だと気付くのにそれほど時間はかからなかった。私の肩には今、彼の頭が寄り掛かっている。こんなことは初めてだ。
身体は動かさず、顔だけを少しずつ動かして彼の顔を盗み見る。目を閉じているところを見ると寝ているのだろうか。寝息のような息遣いも聞こえるし、狸寝入りというわけではなさそうだ。大丈夫、と言っていたけれど、やはり仕事での疲れが溜まっていたのかもしれない。身体は正直にできている。
もはやテレビから聞こえる映画の音声はBGMでしかない。私は彼を起こさないように細心の注意を払いながらゆっくりと手を伸ばし、テーブルの上のリモコンを取ろうと試みた。けれど、努力の甲斐も虚しく彼は起きてしまったようで、肩の重みがなくなる。ああ、嫌な予感はしていたけれど、やっぱり動かなければ良かった。


「ごめん、起こしちゃったね」
「いや…いつの間にかマジで寝てたわ」
「眠たいなら寝て良いのに」
「寝たら勿体ないんで遠慮しときます」
「勿体ない?」
「せっかく一緒にいんのにさ、俺が寝たら意味ないっしょ」
「私に気を遣ってるんですか」
「あー…んー…そういうんじゃなくて、」


珍しく視線を逸らしながら首裏を掻きつつ、少しバツが悪そうに言葉を濁す。なあに?と、詰め寄るように首を傾げれば、それまで以上に空気が緩んだような気がした。


「眠たくても疲れてても、俺は誰かさんと一緒にいたいからここに来てるんですけど」
「え、」
「ホント言うならもうちょっと頻繁に来たいけど誰かさんはあんまり来なくて良いっぽいし?」
「そんなことない!…よ…」
「気ぃ遣ってんのはどっちですかー」
「…ごめん」
「だめでーす。許しませーん」
「じゃあどうしろって…、」
「罰として今日は俺を甘やかしてくださーい」


ごろり。大きな身体を横にして、彼は私の太腿の上に頭を乗せてきた。ただでさえ小さなソファだから背の高い彼の足はかなりはみ出してしまっているし、狭いのだから体勢だって難しいだろう。きちんと寝ようと思えばベッドに行った方が良いことは明らかだ。
けれども彼がそうしないのは、私に甘えたいからじゃない。少しぐらいは本当に甘えたいと思っているのかもしれないけれど、大半は甘えてほしいと思っている私の気持ちを汲み取って、わざと甘えてきてくれているのだ。これじゃあどっちが甘やかされているのか分からない。


「鉄朗さん」
「なんですか名前さん」
「月曜日の夜、泊まりに行っても良いですか」
「珍しいですね」
「だめですか」
「どーぞ。大歓迎ですけど」
「その時は膝枕してくださいね」
「…喜んで」


最後の一言を紡ぐタイミングで瞼が開いて視線がぶつかる。そうして、ついでとばかりに後頭部に回ってきた手で顔を引き寄せられて唇同士がぶつかった。このオプションはつけてくれますか?って。この人は意地悪だ。そんなの、私に拒否権なんてないじゃない。
とりあえず分かったこと。暫くの間、DVDは集中して見られないかも。