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ライアー・キラー


「何って?」
「ご、めん、なさい…」
「……ほんとにウソなんだ?へぇ」


冷ややかな視線が私に突き刺さる。そりゃあ私が一方的に悪いことをしたというのは認めるけれど、何もそこまで怒ることないじゃないか。温厚そうだし適当に流してくれそうだからという理由で選んだつもりだったのに、それは私の勘違いだったらしい。明らかな人選ミスだ。
人気のない特別棟の校舎裏。壁際に追い詰められて背の高い彼に見下ろされている私に逃げ場はなく。壁ドンはこんな風にされたくなかったと心底思いながら、私は過去の自分と友達をただただ恨むことしかできなかった。


◇ ◇ ◇



「えぇ…そんなの無理だよ…」
「大丈夫だって!罰ゲームだから仕方なかったのって説明すれば笑って終わるから」
「そうそう!ゲームだから!」
「ていうか、そんな罰ゲームあるとかきいてなかったし…」


昼休みの暇潰しに始めたゲームで負けた私は、勝者である友達に罰ゲームを課せられていた。恐らく思い付きで言い始めたことなのだろうし、私だってそんなにノリが悪いわけではないから、多少のことならば適当にこなして終わろうと思っていた。けれど、その罰ゲームの内容があまりにも奇抜というか、気乗りしないものだったら話は別だ。
クラスの男子の誰か1人に嘘の告白をする。
それが私に課せられた罰ゲーム。もし本当に好きな人がいるなら嘘じゃなくて本気の告白してきても良いよ、などと言われたけれど、生憎そんな人はいない。ていうかこれ、罰ゲームでやるようなこと?しかもクラスの男子って…後々気不味くなったらどうするんだ。
色々な反論をして罰ゲームを回避しようとしたけれど全て却下され、放課後に甘いものを奢るから、とまで提案したのにそれさえも受け入れてもらえず。もはやイジメでは?とすら思いながらもクラスの男子の顔を1人1人思い出してみる。
その結果、そういうことをしても無頓着そうで上手く受け流してくれそうな人物として思い浮かんだターゲットが、今私に壁ドンしてきている松川一静君というわけなのだけれど。どうやら彼は、思っていた以上に冗談が通じないタイプだったらしい。


「好きです」
「え?ほんとに?」


さっさと嘘の告白を済ませて、さっさと謝ろう。そう思ってシンプルな嘘を吐いた。好きです、と。きっと松川君は興味なさそうに、へぇ…そうなの?とか言うんだろうな、そのタイミングで謝れば良いかな、と思っていたのに、意外にも目を丸くさせて驚きを露わにした松川君を見るとじわじわと罪悪感が募っていって、謝るタイミングを逃してしまった。


「こんなところに呼び出すからまさかって思ったけど」
「あ、あのね、松川君、」
「名字さんの方から告白されるなんて思わなかった」
「松川君、」
「…なに?」
「……ごめんなさい…嘘、なんだ…」


なんとなく柔らかな雰囲気になった松川君が、私の一言をきいて固まったのが分かった。そうして、あっと言う間に冷ややかな空気に変わったと思ったら冒頭のセリフ。そして現状である。自業自得なのだけれど、それは分かっているのだけれど、何度も言う。そんなに怒らなくても良くないですか。
松川君の顔を見上げる勇気なんてない私は、ただ自分の爪先と松川君の足元を交互に見遣るだけ。ごめんなさい以外に言えることはないし、どうしたら良いのかも分からない。


「なんで俺にしたの」
「…松川君はいつも穏やかなイメージがあったから…笑って許してくれるかなって…思って…」
「ふーん。それだけの理由なんだ」
「ごめんなさい…」
「……いいよ、なんて言わないから」


壁ドンから解放されたのは良かったけれど、低い声で落とされた言葉にヒヤリとする。笑って許してくれないどころか、謝っても許してくれないということか。松川君、思っていた以上に怖い。元々そんなに彼のことを知らないから、素はコレなのかもしれないけれど。
意味はないと思いつつも、もう一度謝ろうと恐る恐る松川君の顔色を窺う。そして、驚いた。怒りで満ちているか、そうでなければ軽蔑の眼差しでも向けられているだろうと思っていたのに、なぜか辛そうだったから。一体どういうこと?なんで?


「松川君、あの、本当にごめんなさい…」
「…こっちこそごめん。怖がらせて」


しつこいよな、と思いながらも再度謝れば、ほんの一瞬の間を置いて空気が緩んだ。そうして、ポンと頭にのせられた手は私を攻めたりしていなくて、むしろ安心して良いよ、と言われているみたいに優しくて戸惑う。
さっきまで怒っていたのに、どういう風の吹き回しだろうか。あまり感情を表に出さないタイプに見えるけれど、意外と感情の起伏が激しいタイプだったということなのか。そもそも本来の松川君って、どんな人なんだろう。
浮かび上がる疑問。けれど、それらを尋ねる間も無く鳴り響いた昼休み終了を告げるチャイムの音。松川君は私を置いて先に教室へ戻って行く。取り残された私はというと、なぜか松川君の手が触れたところがじんわりと熱いことに気付いて、暫くその場から動けずにいた。


◇ ◇ ◇



嘘告白事件(事件と思っているのは私だけだけれど)から1ヶ月が経とうとしていた。今日の登校を最後に、学校は夏休みへ突入する。高校生活最後の夏休み。沢山思い出を作りたいと思う反面、受験勉強をしなければならないという重圧がのしかかる。
ちらり。隣の席に座る松川君を横目で観察。なんというタイミングの悪さか、あの嘘告白の後に行われた席替えで松川君の隣の席になってしまった私は、この1ヶ月、生きた心地がしなかった。とは言え、それは私の個人的な気持ちの問題であって、松川君に危害を加えられたとか、陰湿な嫌がらせをされたとか、そういうことは一切ない。むしろ、馬鹿な私が教科書を忘れた時も嫌な顔ひとつせずに見せてくれたし、授業中にうつらうつらしていて先生に当てられそうになった時はそっと声をかけてくれたりして、助けられてばかりだったりする。
松川君はやっぱり良い人なんだ。そう認識してしまうと、そんな松川君をあそこまで怒らせるようなことをしてしまったことに、どんどん罪悪感と自責の念が募っていった。


「名字さん」
「何?」
「放課後、時間ある?」
「え?あ、うん。大丈夫だけど…」
「じゃあ教室でちょっと待っててくれない?」
「分かった」


淡々とした口調で言った松川君の表情からは何も読み取れなかった。
終業式を終えて、クラスメイト達はさっさと教室を飛び出していく。そりゃあそうだ。今この瞬間をもって夏休みに突入したのだから。そんな中、私はのそのそと、わざとゆっくり帰り支度をしていた。待ってて、と言った張本人である松川君はバレー部の人に呼ばれてどこかに行ってしまったし、いつ帰ってくるのかもよく分からない。ついでに、松川君の考えてることも分からなかった。
チラホラ残っていたクラスメイトもいなくなり、友達にも先に帰るね〜と置いて行かれ、私はとうとう教室にひとりぼっち。松川君、まさか約束したこと忘れてないよね?ここで待ってたら良いんだよね?と、不安になってきた頃。漸く教室に戻ってきた松川君の存在を確認してホッと一安心。忘れられていたわけじゃないようで良かった。


「あのさ、練習行かなきゃいけないし単刀直入に言うんだけど」
「うん」
「俺、実は名字さんのこと好きなんだよね」
「えっ…え?」


耳を疑うフレーズが聞こえて、私は思わず松川君の顔を見上げた。ただでさえ背の高い松川君と女子の平均並みの身長しかない私では距離があるというのに、私は座ったままで松川君は立っているから余計に遠く感じる。けれどもちゃんと表情は確認できた。
照れた様子はない。オドオドしている様子もない。どこからどう見てもいつもの松川君だ。


「あの、えっと…いつから…?」
「かなり前から。…ああ、あの嘘の告白される前からって言った方が分かりやすい?」
「え……」


松川君はさらりと言ってのけたけれど、それってもしも本当なら私かなりひどいことしちゃったってことだよね?好きな人に告白されたと思ったら、ごめん嘘でした、って言われたんだもんね?だからあんなに怒ってたの?
全てのことが漸くひとつに繋がったような気がしてスッキリしたけれど、その分、松川君にどう接すれば良いのか分からなくなって俯く。松川君は、きっと良い人だし優しい人なんだろうなと思う。バレー部の人にもクラスメイトにもなんだかんだで頼られているなあと思っていたし、大人っぽくて落ち着いた雰囲気は好きだなあとも思った。けれど、松川君の好きだという気持ちに応えられるほどのものなんて、私は持ち合わせていない。


「ごめん…知らなかったとはいえ私…あんなことして…」
「まあだいぶ傷付いたよね」
「ですよね…」
「脈ナシなのも分かってるけど、夏休み入ると顔合わせなくて済むから気不味くならなくて良いかなと思って」


ごめんね待たせて、と言った松川君は、自分の荷物をまとめて帰り支度をしている。私からの返事は待っていないということを態度で示されているようで、なんとなく切ない。
このまま私は松川君を傷付けてばかりで良いのかな。夏休みが終わったら、またただのクラスメイトに戻って、何事もなかったかのように過ごす。それで本当に良いのかな。もやもやもやもや。私の中で名前を付けられぬ感情がどんどん広がっていく。


「じゃあ俺、部活行くから」
「ま、って!」
「…なに?」
「えっと…なんていうか…」
「いいよ、気ぃ遣わなくて」
「そうじゃなくて。…部活、見に行っても、良いかな…」
「別に良いけど…暑いし面白くないと思うよ」
「いいの。私、松川君のこと、もっとちゃんと知りたいだけだから」


そう、私は松川君のことを何も知らない。それなのに散々傷付けた上、大切な気持ちを無碍にするのは嫌だった。どうにかできないかと考えた結果、咄嗟に松川君を呼び止めてしまったから、松川君は目をパチクリさせている。そりゃそうだよね。驚くよね。


「…あのさ、そういうこと言われると期待するよ」
「え、あ!それは…まだなんとも…ごめんなさい…」
「うん、分かってる。でも嬉しいよ」


じゃあ一緒に行こっか、と笑った松川君。初めてきちんと見た松川君の笑顔にちょっぴり胸がキュンとした。あれ、どうしよう。私ってかなり都合の良いチョロい女なのかもしれない。次に「好きです」って言う時は嘘だなんて口が裂けても言えないな。