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ストロベリーマジック


「今週末、夏祭りがあるんだってよ」
「へぇ」
「反応うっす!」
「いや、暑そうだなと思って」
「…そりゃ夏ですからね」


女ってのは基本的に祭りが好きな生き物だと思っていたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。いや、もしかしたらこの女が例外なだけなのかもしれないけれど。
梅雨明けと同時に茹だるような暑さが続くようになった今日この頃。7月に入り、高校最後の夏休みがすぐそこに迫っていた。まあ俺はその高校最後の貴重な夏休みのほとんどをバレーに費やすことが決まっているのだけれど、自分が望んだことだから辛いとは思わない。ただ、それなりに青春っぽい思い出を作りたいという気持ちがないわけでもなかった。
例えば、大人数で馬鹿騒ぎしながら花火をする、とか。例えば、あっちーなーって言いながらコンビニアイスを食う、とか。例えば、海に行って身体がヒリヒリするぐらい日焼けする、とか。例えば、ちょっと良いかもって気になってる子と夏祭りに行く、とか。
つまり、俺だってそこら辺の奴らと同じように健全な男子高校生だということだ。そんなわけで、「ちょっと良いかもって気になってる」クラスメイトに、日常的な会話のひとつとして夏祭りの話題を振ってみた結果がコレである。なんとも報われない。


「で?行かねぇの?」
「んー…暑いの苦手だし」
「…あ、そ」
「黒尾は行くの?バレー部の人とかと」
「男だけで行くのはさすがにな〜…暑苦しくね?」
「確かに」


下敷きを団扇代わりにしてパタパタと扇ぎながら軽い調子で笑う名字は、俺の発言の裏側に「女の子となら行く気あるんですけど」という意味を含んでいることを察してくれるほど賢いタイプじゃなかった。まあ最初からそんな気はしてたから期待してませんでしたけどね。
女にしてはこざっぱりした奴だと思う。変に化粧したりもしていないし一部の女みたいに鼻につく香水なんかもつけていない。男友達の延長線上にいるようなタイプだから俺以外の男友達も多くいるようだけれど、だからといって女友達が少ないというわけでもなく、そういうところが良いなと思った。
最初はそういう対象として見ていなかったから、いつから意識し始めたのかは分からない。おかげで知らず知らずのうちに「ちょっと仲の良い男友達」のポジションは確立できていたけれど、逆に言うならばそのせいでその先に進めないという現状がある。今更アプローチもクソもないよなあ、などと思いつつも、男友達から先へ進む道を探す日々。よく考えてみたら、これはこれで青春かもしれない。


◇ ◇ ◇



いつもと変わらぬ金曜日。蒸し風呂状態の体育館でたっぷり汗を流した後、水分補給のついでに、なんとなく携帯をいじる。そして画面に表示されているメッセージの送り主の名前を見て目を丸くした。名字から。しかもその内容は、明日の夏祭りって誰かと行く予定立てた?という、まさかの遠回しなお誘いもどき。
平然を装って(表情なんて見えないのだから何も装わなくて良いってことは分かってるけれど)、まだ何の予定も立ててねーわ、と返事をして、ごくりとスポーツ飲料を流し込む。こんなに誰かからの返事を心待ちにしたことは未だかつてないかもしれない。
それから帰って寝るまでの間に数回のやり取りをした結果、俺は名字と夏祭りに行くことになった。どういう風の吹き回しかは分からないけれど、高校最後の夏だし行ってみようかなという気分になった、という理由らしい。
そこで女友達ではなく俺に声をかけてくれたことに関しては期待して良いのだろうか。揶揄い混じりに、それってデートのお誘い?とでも尋ねてやろうかと思ったけれど実行しなかったのは、下手なことを言ってチャンスを逃したくなかったから。俺は意外と保守的なタイプだったのかもしれない。


「あっちーなぁ…」


夏祭り当日の夕方はセミの鳴き声が喧しく、昨日までよりも更に暑さが増しているような気がした。浴衣1枚しか着ていないとは言え、暑いものは暑い。男の俺がそう感じるのだから、女である名字はもっと暑いのだろう。
軽いノリで、浴衣着て来いよ、と言ったのは、純粋に名字の浴衣姿が見たかったからだ。暑いし面倒だから嫌だとキッパリ断られそうだなと思っていたのだけれど、黒尾も浴衣を着るなら…という謎の条件付きで着てくれることになって、俺としては願ったり叶ったりである。
夏祭りがあるのは地元の小さな神社。そこから少し離れたコンビニで名字を待つこと数分。遠目では名字だと気付かなかった。いつもと雰囲気が違いすぎて。コイツはやっぱり女だったんだと思い知らされた。いや、そんなの勿論知ってたんだけど。
見た目だけではなくいつもの快活な感じもなりを潜めていて、少し恥ずかしそうに俯きながら、お待たせ、などと言われてしまえば、付き合ってもいないのに彼氏面をしてしまいたくなる。ああ、俺、名字のことが好きなんだって。急に実感させられた。


「行きますか」
「うん、」
「今日はやけにしおらしいですネ?」
「…変?」
「……変じゃねーけど」


調子は狂います。とっても。上目遣いで見つめるのも反則だと思います。
心の中で呟いた思いは、決して外に吐き出さない。パタパタ。とりあえず持ってきたうちわで顔を仰ぐフリをして平静を装ってみる。何コレ。思ってたより緊張するんですけど。
教室でいつもどんなこと話してたっけ?と思い出しながらぎこちなく会話をしつつ神社のところまで歩いて来て、屋台を見て回る。小さな祭りとは言え、なかなかに人が多い。


「なんか食う?」
「黒尾は?食べないの?」
「んー…あ。かき氷。食う?暑いし」
「食べる!」
「何味?」
「いちご」
「なにそれ。めっちゃ女の子じゃん」
「…私、女の子なんだけど」
「そうだったっけ?」


ケラケラと笑いながら、いつものノリでそんなやり取りをした。この後、ひどーい!って言われながら肩か背中をバシンと叩かれ、いってーな!って、痛くもないのに大袈裟に痛がる素振りを見せる、予定だった。数秒前までは。
行き交う人波の中、名字は急に押し黙って俯くと、かき氷の屋台とは逆方向に走って行く。手を繋いでいたわけでもなければ密着するほど近くにいたわけでもないので、引き留めるには遅すぎて。とは言え、浴衣で走れる距離なんてたかが知れている。俺は慌てて名字が走り去った方へ向かった。
探すこと数分。人気のない神社の裏側で名字を見つけることができたのは良いものの、何と声をかけたら良いものか迷う。古びた石段に座って相変わらず俯いたままの名字は、まだ俺の存在に気付いていないようだ。
思い返せば、今日の名字はいつもと違った。いや、今日だけじゃない。昨日俺に連絡をくれた時点でいつもと違う状況だってことは分かっていたはずだ。それなのに俺は、気付かないフリをした。いつもと同じように振る舞おうとした。「いつも」が壊れて元に戻れなくなることが怖かったのかもしれない。
そんな俺とは反対に、「いつも」を壊してでも何かをしようとしていた、先に進もうとしていた名字を、俺は傷付けた。なんともカッコ悪い。最初からカッコ良い瞬間なんてなかったかもしれないけれど。だったらもう、とことんみっともなくても良いじゃねぇか。


「名字」
「っ…ごめん、急に…私、」
「あのさ、言い忘れてたんだけど」
「え?…うん?」
「浴衣、似合ってる」
「へ?は?」
「髪型も俺好み」
「何言って…、」
「名字はちゃんと女の子だって知ってる。前から。ずっと」


顔を上げた名字の瞳は真ん丸。少し潤んでいるのは、たぶん、いや、絶対に俺のせい。けれど、嬉しそうに綻んだ表情に変わったのも、俺のおかげ。だと思う。
じわり。たらり。首筋に汗が伝った。あー、あつい。色んな意味で。


「ってことで。いちご味のかき氷、買いに行く?」
「…行く、けど」
「けど?」
「その前に私、言いたいことがあるんだ」
「え」
「私ね、黒尾のこと、」
「はいストーップ。…それ、たぶん俺のセリフだから。もうちょい待って」


名字の口元に指を当ててギリギリのところで続きを遮ることに成功。また逃げられたら困るから、なんて無茶苦茶な理由をつけて汗ばんだ手で名字の左手を攫ったら、あとはかき氷を買って、メインイベントの花火を待つのみ。
カッコ悪いのも、段取り悪いのも、なんとなく勢い任せなのも、名字の気持ちがほぼ分かってからじゃないと動けなかった情けなさも、全部分かってる。けど、ここぞって時ぐらいはカッコつけさせてちょーだいよ。辺りが暗くなって花火が終わったら、ちゃんと言うから。高校最後の夏に相応しい、青春が始まりそうな一言を。