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春色スタート


※大学生設定


春という季節が1番好きだ。暖かくて過ごしやすくてなんとなくふわふわと浮き足立つような感覚が。だから、みんなでドライブに行こう!という話が出た時、私は即座に賛成した。そんなの絶対楽しいに決まってる。
ドライブに行くメンバーは男女3人ずつなので大きなワゴン車をレンタルすることになったらしい。私も一応運転免許は持っているのだけれど、ほぼペーパードライバーなのでワゴン車なんてとてもじゃないが運転できない。というわけで、結局、男子達が交代で運転してくれることになった。
行きは後部座席の1番後ろの列。別にそうしようと決めたわけじゃないのに、なんとなく男女ペアで座っているのが面白い。なんだか合コンみたいだ。
私の隣に座っているのは川西君。それほど沢山喋ったことはないけれど、物腰が柔らかいという印象はある。それにしても隣に座ると余計に背が高いのが際立つなあ。


「ん?なに?」
「あ、ううん、改めて見るとやっぱり背高いなって思って」
「何それ。今更じゃない?」
「そうだけど。そんなに川西君と話したことないし意識したことないもん」
「あー…、まあそうだよね」


川西君はどうやら苦笑しているようだった。ようだった、という憶測めいた言い方になっているのは、マスクをしていて顔の下半分が見えないからだ。眠たそうな目元だけを覗かせている川西君は、先ほどから鼻をズビズビとすすっている。


「川西君ってもしかして花粉症?」
「高校の時になんとなくそうかもって思ったんだけど、ちゃんと調べてはない。でもたぶん花粉症」
「じゃあこの時期ってあんまり好きじゃない?」
「いや…そんなことないよ」
「へぇ。花粉症の人って大抵、春は嫌い!って言うのに。珍しいね」


川西君は、そうかもね、と目元を僅かに緩ませるだけだった。元々表情の変化が分かりにくい川西君だけれど、今日はマスクのせいで一段と分かりにくい。そのせいか、少しでも川西君の心理状態を悟ろうと、無意識のうちにいつもより川西君のことを見つめていた。
軽快に走る車の中。前の席に座る友達はそれぞれ会話を繰り広げていて、それなりに賑やかだ。そういえば目的地ってどこだっけ。まあどこでも良いか。


「名字さんはさ、春って感じだよね」
「へ?」
「雰囲気の話」
「ああ…うーん、そうかなあ…1番好きな季節は確かに春だけど」
「ポカポカあったかい感じとか」


川西君の言葉ひとつひとつが私の心を擽る。なんだ。川西君ってそういうこと言う人だったのか。たぶん褒められてるんだろうから、ありがとうって言えば良いのかな。初めて言われたことに対して、どんな反応をしたら良いのか分からないんですけど。
とりあえずお礼だけは言っておこうと思って開きかけた口は、川西君によって遮られる。


「好きだよ」
「え、」
「花粉症はつらいけど、春のそういう雰囲気は好きってこと」
「あ…ああ、春、春のことね、うん、私も、すき…」


びっくりした。私のことが好きって言われたのかと思って勘違いしてしまったばっかりに、いまだに心臓がバクバクとうるさい。川西君の表情は相変わらず変化がなくて、1人でアタフタしている自分が恥ずかしくなった。
気まずくなるような話はしていないはずなのに、それからは目的地に着くまでなんとなく会話が弾まず。川西君は窓の外を眺めながらぼーっとしているだけだった。その横顔が思っていた以上に整っていて少しばかり鼓動が速くなったということは、私だけの秘密だ。


◇ ◇ ◇



お昼ご飯はバーベキューセットが借りられる小さなキャンプ場のようなところでワイワイ食べた。大学生の私達にはそれほどお金がなくて、お肉だってそれなりのものしか買えなかったけれど、皆で食べるといつもより美味しく感じた。
お肉も野菜も一通り食べ終えて満足したところで、他愛ない話で盛り上がってぼちぼち片付けを始める。女性陣はゴミをまとめたり洗い物をしたり。男性陣は炭の処理をしたり。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去って、夜は何を食べようか?などと、先ほどバーベキューをしたばかりのくせに夜ご飯のメニューの話をしながら車に乗り込む。帰りの運転は川西君が任されているようで、運転席に座ってシートベルトをつけているところが見えた。
皆と一緒にいる時はいつも通り振る舞えていたと思うけれど、行きのやり取りを思い出すとまた勝手に心臓が暴れ始めるから困ったものだ。とりあえず、後部座席のどこかに座ろうと振り返ってみれば、なんとも信じられないことに残りの4人が既に乗り込んでいて、私に残されたのは助手席のみ。
私はそれでも構わないけれど、川西君は嫌じゃないだろうか。不安に思いながらも、残っているのはそこしかないので、おずおずと乗り込む。そうして私がシートベルトをつけたことを確認したところで、車は緩やかに走り出した。


「また私が隣でごめんね」
「俺、名字さんが隣で嫌だなんて言ったっけ?」
「言ってないけど…行きと同じ人が隣だとつまんないかなと思って」
「名字さんは俺が隣じゃつまんない?」
「そんなことないよ!」
「…俺も同じ」


ほわり。胸がほんのり温かくなる。私に気を遣ってくれただけかもしれないけれど、川西君の言葉はいつも優しい。
川西君が運転中なのを良いことに、私はちらちらと綺麗な横顔を盗み見る。今まで川西君とは接点がなかったから、今日は新たな一面を沢山知ることができて良かった。これからはもっと仲良くなれたら良いなあ。


「俺の顔、何かついてる?」
「え?いや、何も…」
「さっきからちょいちょい視線が気になる」
「ごめん、つい…」
「つい?」
「綺麗な顔立ちしてるから」
「ふーん…そう?」


くるり。正面を向いていた顔がこちらに向けられてバッチリ視線が交わった。信号は赤。正面から見つめ合ったことなんて勿論なくて、私は驚きのあまり固まってしまう。
そういえば後部座席の方は先ほどから静かだけれど、皆寝てしまったのだろうか。まるで2人きりで車内にいるかのような静けさの中、見つめ合ったまま時が止まったみたいに動けない。


「名字さんの方がよっぽど綺麗」
「そ、そういうお世辞、いいから!」
「お世辞じゃないけど」
「う…あ、ほら、信号、青になっちゃうよ!」
「そうだね」


川西君は何事もなかったように顔を前へと戻した。かたや私は、行きと同じように高鳴る心臓を落ち付けようと必死だ。
気付けば今日だけで川西君の存在が私の中でどんどん大きくて特別なものになっている。単なる男友達という認識から、なんだかドキドキさせられる人、気になる人へと変わった。あれ?これってもしかして…


「春ってさ、恋が始まりやすい季節なんだって」
「は!?」
「だからさ、俺も恋始めたいんだよね」
「好きな人いるの…?」
「いるよ」


川西君を見つめていた私は自分が今どんな表情をしているのか分からなかった。自分の気持ちを自覚した直後に玉砕。さすがに上手く感情のコントロールができない。
そんなことなど知らない川西君は、再び赤信号で車を止めるとこちらを向いて。目尻を下げ、どうやら笑っているようだった。マスクの下の口は、きっと弧を描いているのだろう。


「そんな顔しないでよ」
「そんな顔って、どんな顔…?」
「泣きそうな顔」
「そんなこと言われても…」
「期待するよ?名字さんも俺のこと好きなのかなって」


見事に感情を見透かされ、反応できない。期待してくれても良いというか、むしろぜひお願いしますって感じなのだけれど、そういえば川西君、今、私「も」って言わなかった?「も」?
頭の中を整理している間に、川西君がするりとマスクを外した。バーベキュー中にはあまり見ることがなかった素顔。改めて思う。やっぱり綺麗だって。


「俺と恋、始めちゃう?」
「…始めちゃおうかな」


川西君は綺麗に笑ってマスクを付け直すと、車を発進させた。
春という季節が1番好きだ。暖かくて過ごしやすくてなんとなくふわふわと浮き足立つような感覚が。それがもしかしたら恋が始まりやすい季節という由来なのかもしれない。
後になって、ドライブに行こうと発案したのは川西君だったということ、それが私を誘い出す口実で他の4人は協力者だったということをきいて川西君に詰め寄った時、照れたように笑うその表情に、私は2度目の恋に落ちた。
春ってとっても素敵!