×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

ハングオーバーは続く


※大学生設定


「やっと一緒にお酒が飲めるね!」
「…そんなに俺と飲みたかったの?」
「うん!松川が酔っ払うところ、見てみたいもん」


友達数人とサプライズを兼ねて一人暮らしをしている松川の部屋に押しかけた私は、スーパーでたんまりと買い込んだお酒の缶を見せて勝手に上がり込んだ。どうぞ、と招かれてもいないのにぞろぞろとリビングにお邪魔し、机の上におつまみを広げていく。そんな私達を追い出すことも怒ることもせず、呆れたように眉尻を下げて笑いながら見守る家主の松川は、一応、本日の主役だ。
今日、3月1日は松川の誕生日。同級生のほとんどが成人を迎えお酒が解禁になっている中、私達のグループは飲みに行っても松川だけがいつもソフトドリンクを頼んでいた。けれども、今日からは松川も大人の仲間入り。漸く全員でお酒を飲める日がやってきたのだ。
友達とは前から、松川の誕生日にはサプライズ訪問しようと計画を練っていたので、準備はバッチリ。誰が1番お酒に強いか勝負しようではないか。


「ビールからいきますか」
「いいねぇ!」
「まずは、松川誕生日おめでとー!」
「おめでとー!」
「どーも」
「それでは…かんぱーい!」


松川にもビールを押し付け、男女3人ずつの飲み会がなかば強引に始まった。誕生日祝いというよりはただの飲み会になってしまったけれど、それぞれささやかながらプレゼントを用意したりケーキも準備したりした。いつもくだらないことで騒げるこのメンバーといるのは楽で良い。
松川以外のメンバーで飲み比べをした時、ダントツで強かったのは私だ。だから今回もそうなるだろうと高を括って、序盤からハイスピードで飲み続けていたのがいけなかったのだろうか。なんとなくふわりふわりとした気分になってきて、こんなことは初めてだった。
ふと時計に目をやると、飲み始めて3時間ほどが経過していることに気付く。夜も更けてきてお酒が入った友達はいつのまにか机に突っ伏したり床に寝そべって夢の中。起きているのは、私と松川だけになっていた。主役を放って眠りに落ちるなんて、なんとも申し訳ない。こうなったら私だけでも起きておかなければ。


「ごめんね、松川。せっかくの誕生日なのにこの有様で」
「いつも通り賑やかで楽しかったから良いよ」
「ていうか松川は眠たくないの?お酒そんなに飲んでない感じ?」
「いや?アイツらに煽られてそこそこ飲んだと思うけど」


たしかに、床に転がっている男友達に松川が酒を飲め飲めとすすめている光景は見たような気がする。けれど松川は、その割に平気そうというか、もっと言うならちっとも酔っていない様子だ。1番お酒に強いのは私のはず、という自信は、松川を前に脆くも崩れ去る。この男、涼しい顔をしてどうやらザルのようだ。いや、もしかしたらワクかもしれない。
いずれにせよ、散らかった空き缶を集めて袋に入れたりゴミを片付けたりしている姿は、どう見てもお酒を飲んだ後の人間には見えなかった。ぼーっと片付けをする松川の姿を眺めていた私は、はっとしてそれを手伝おうと立ち上がった。けれども、急に動いたせいか、頭がくらくらしたと思ったら足元がフラつく。


「飲みすぎ。名字も寝て良いのに」
「主役の松川に1人で掃除させるのは気がひける」
「はは、そんなこと思うんだ」
「思うよ!失礼な!」
「うん。知ってる。いつも周りのことよく見てるもんな」


突然の褒め言葉に、私は固まってしまう。松川は顔色を変えるでもなく散らかった机の上を少しずつ片付けていて、特別なことを言った風ではなさそうだ。それならば私が意識するのはおかしいし、でしょー?と、いつも通りにおどけてみせる。
すると、せっせと動かしていた手を止めてこちらに顔を向けた松川は、あのさ、と。私にずいっと近付いてきた。友達の距離は75cmって何かで聞いたことがあるけれど、それよりも明らかに近い。もしかして松川、顔に出ないだけで意外と酔ってるとか?そんなことを考えている私も心臓が無駄にどくどくとうるさいから、これはお酒のせいなんだと思う。


「名字って鈍感だよね」
「そ、そう?」
「うん。みんなたぶんそう思ってる」
「みんな?」
「気付いてないの、名字だけだし」


何のこと?なんて尋ねる勇気はなかった。本当に鈍感だったなら何も考えずに尋ねていただろう。けれどもこの雰囲気から、もしかして?などと思っているあたり、私はたぶん鈍感じゃない。
どくどく。心臓の音がより一層喧しくなった。と同時に、松川が私との距離を更に縮める。逃げようと思えば逃げられるのに、私は動けない。松川の真っ直ぐな視線から瞳を逸らすこともできない。


「…松川、酔ってる?」
「そう思いたいならそれでも良いよ」
「何それ」
「酔ってたからって理由で全部なかったことにしたいなら、それでも良いよってこと」
「まつ、かわ…っ、」


すっと伸びてきた大きな手が私の頬を滑る。大袈裟にびくりと身体を震わせてしまったのは、驚き半分、恥ずかしさ半分。ぎゅっと目を瞑ってしまったのは、もはや反射に近い。
そうして今から何をされるのかと、期待と不安が入り混じっている私のドキドキを裏切って、待てど暮らせど松川からのアクションはなく。恐る恐る目を開けると、ふふっと笑われた。


「からかわないでよ…!」
「ごめんごめん、名字があんまり可愛い反応するからつい」
「かわ…!?またそうやってからかって!」
「じゃあ本気になっても良いんだ?」


尋ねた直後に松川の顔が近付いてきて、私の返事なんて聞く気ないじゃん、と心の中でぼやいた。本気って何?私、松川の口から明確な言葉もらってないんだけど。ていうか、なんで私、こんなにドキドキしてんの?頭の中はおもちゃ箱をひっくり返したみたいにぐちゃぐちゃで、考えれば考えるほど迷宮に迷い込んでいく。
私がパニックに陥っている間にあまりにも近付きすぎた距離。再びぎゅっと固く目を閉じて、今度こそ何か起こるかもしれないと身構えた私の緊張をほぐすように、松川がまたするりと頬を撫でた。それによって私の緊張が益々増してしまうとも知らないで。


「もう俺の気持ち気付いてるよね?」
「…分かんない、」
「俺は気付いてるよ」
「は?」
「だって名字、俺から逃げないじゃん」
「それは…!」
「好きだよ。ずっと前から」
「っ…、」
「名字は?」


目を開けたら松川しか見えないってことは分かっていた。それでも、静かに紡がれた言葉に誘われるように瞼を開いてしまった私は、ゆるりと細められた双眸によって感情を溢れさせる。


「どうしよう、」
「何が?」
「私、松川のこと好きかも」
「…かも?」
「……好き、です」
「よくできました」


ちゅ。それはほんの一瞬の出来事。それでもぶわりと全身に広がった熱が、何が起こったのかを物語る。顔赤いけど酔いでも回った?なんて、きいてこないでほしい。なんで赤くなってるのか、分かってるくせに。


「酔ってるなら、なかったことにする?」
「…松川はなかったことにしたいの?」
「まさか。だって俺は酔ってないし」
「私も酔ってないもん」
「じゃあ明日からも彼女としてよろしく…名前」


カチリ。タイミングを見計らったかのように時計の針が午前0時を示す。片付けをして、特別に松川のベッドにお邪魔して2人で眠りについて、翌朝目覚めた松川が、ちゃんと覚えてる?ってベッドの中で確認してくるまで、あと数時間。