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一般人瀬見×デザイナー幼馴染


「英太はさぁ、素材が良いんだから着飾る必要ないの」
「うるせーな。別にその道のプロってわけでもないくせに口出しすんなよ」


そんなやり取りをしたのは何年前のことだろうか。気付けば俺の私服を口うるさくダメ出ししてきた幼馴染は有名なファッションデザイナーになっていた。テレビの特集でも取り上げられるぐらいには有名になってしまって、もはや俺の幼馴染だと言ったところで誰も信じてくれないだろう。
たまたま見ていた朝のテレビ番組で、ニュースの合間を縫って取り上げられている幼馴染の話題をぼーっと眺めながら、俺は謎の疎外感と喪失感に襲われていた。こんな感情はどう考えたっておかしい。その幼馴染はただの幼馴染でしかないわけで、それ以上でもそれ以下でもないからだ。


「ファッションデザイナーになろうと思ったきっかけは何なんですか?」
「そうですね…元々ファッション関係の仕事はしたいと思っていたんですけど、それに加えてどうしても見返したい人がいて」
「見返したい?」
「私が有名なファッションデザイナーになったらコーディネートしてあげたい人がいるんです」
「その人が見返したい人なんですか?」
「ええ、まあ。色々ありまして」


そんなやつ、いたっけ?過去の記憶を辿ってみてもそれらしき人物は思い当たらない。となると、高校卒業後に出会った誰かのことなのだろうか。そんなことを気にしたってどうにもならないのに、考え出したら止まらない。おかげで俺は、会社に遅刻しそうになってしまった。


◇ ◇ ◇



仕事を終えて会社を出る頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていて、今日もいつもと同じ日常を繰り返しただけに終わりそうだ。夕飯も、代わり映えのしないコンビニ弁当か、カップ麺か。たまには外食もありかもしれないけれど、今日はそんな気分でもない。
ほんの数秒迷った結果、俺は少し遠回りをして個人経営の小さなお弁当屋さんに寄ってから帰ることにした。時々立ち寄るそのお弁当屋さんは安いし美味いし、結構気に入っている。
お弁当屋さんに立ち寄り、愛想良く笑うおばちゃんに挨拶をして店を出たところで目の前にすっと現れた1人の女性。避けようとしたけれど、なんとなく視線を向けて確認したその顔に驚いた俺は、そうすることができなかった。


「お前…、」
「英太。久し振りだね」


今朝、たまたま思い出しただけの幼馴染。その幼馴染が、今、目の前にいる。数年ぶりに再会した幼馴染は、幾分か、いや、かなり綺麗になっていた。コイツは元々、綺麗だったのかもしれない。今まで俺が気付かなかっただけで。


「…なんでこんなとこにいんだよ」
「ここのお弁当屋さん、私わりとよく来るんだけど」
「は?今住んでるのって…」
「この近くだよ。あれ?知らなかった?」


てっきり地元から離れたきり戻ってきていないと思っていたのに、いつの間にか帰ってきていたらしい。まさかこんな風に偶然会うことができるなんて、思ってもみなかった。
けれども、驚いているのは俺だけのようで。幼馴染の方は澄ました顔をしているのがどうも解せない。


「そのネクタイ、自分で選んだの?」
「は?あー…そうだけど」
「へぇ。無難だから、てっきり彼女にでも選んでもらってるのかと思った」


ふふ、と悪戯っぽく笑った表情は、学生時代を彷彿とさせた。安心と同時に、むず痒さが込み上げてくるのはなぜだろう。


「…彼女なんて作る暇ねーよ」


ぼそりと零した俺の言葉に、幼馴染が僅か目を見開いたのが分かった。
ネクタイなんて、幾つか持っているものをローテーションで使うだけ。どれが良いかなんて分からないし、仕事に支障をきたすわけにはいかないから、適当に店員さんに選んでもらったものを買ったに過ぎない。


「今日、仕事はもう終わりなのか?」
「え?うん…」
「久し振りに飯、食うか。一緒に」
「…うん」


学生時代、いつも傍にいるのが当たり前だった。だから、高校を卒業して別々の進学先を選び疎遠になった時は、正直、何かが足りないと感じていた。けれど、そんな感情も年月を重ねれば重ねるほど薄れていって、いないことが当たり前になったというのに。コイツは、こうして現れる。自分のことを忘れるなと言わんばかりに。
家が近所で親同士も仲が良かったので、よく一緒に飯を食うことがあったけれど、社会人になってからは勿論初めてだ。どうせなら外食の方が良かったのかもしれないけれど、俺が弁当を既に買っていたため、幼馴染も弁当を買って俺の家で食べることになった。俺達らしいといえばらしいかもしれない。


「英太も立派に社会人してるんだねぇ」
「当たり前だろ」
「…もう、私が知ってる英太じゃないのかあ…」


俺の家を目指して歩く道すがら、お互いの近況報告をしていた時にポツリと落とされた言葉。それはこっちのセリフだ。初めてテレビで幼馴染の姿を見た時、俺の全く知らない世界に行ってしまったんだと思ったことなんて、コイツは知る由もないのだろう。
きっと俺の知らない業界で色々な出会いをして、俺の知らない奴と俺の知らない関係を築いているのだろうと思うと、勝手にモヤモヤしてしまった。俺は、一体どうしてしまったのか。


「ねぇ、すごく今更なんだけど」
「なんだよ」
「家に行ってもいいの?」
「俺は別に良いけど。お前こそ、彼氏とかいるんじゃねーの?」
「そんなのいないよ。仕事が恋人だもん」
「へぇ」


そのセリフにホッとしたなんて、やっぱり俺はおかしい。いや、おかしくはないか。本当は分かっていた。離れてみて気付いたのだ。この幼馴染は、俺の中でただの幼馴染として認識されていなかったと。ずっと、特別な何かだったと。
けれども、それが分かったところで、無駄に大人になってしまった俺にはどうすることもできなくて。今だってそうだ。上手くもない駆け引きってやつをしようとして、空回りしている。


「ここ、俺んち」
「…うちからホント近いよ」
「マジか。よく会わなかったな」
「そうだね」


辿り着いた俺の家で、そんな会話を繰り広げる。まだほんのり温かいお弁当をテーブルの上に置いてジャケットを脱ぐ俺を、幼馴染は静かに見つめていた。


「なんだよ」
「…ううん、なんでもない」
「はっきり言えよ」
「じゃあ言うけど、」


英太はさぁ、素材が良いんだから着飾る必要ないの。


忘れもしない。何年も前に言われたそのセリフ。無難なシャツとネクタイを選んでいる俺に向かって言うセリフではないような気がしたけれど、俺は何も言い返せずにただ固まる。


「私、その道のプロになったんだけど」
「…そうだな」
「今なら、口出ししても良い?」


今日、テレビで見た内容が頭を過る。見返したい人。コーディネートしたい人。それがもしかしたら、俺じゃないのかって。今、なぜか急に、そんな考えが思い浮かんだのだ。


「だめ」
「…そっか」
「そういうのは彼女にお願いしたいから」
「え、」
「…どうする?」


我ながら下手くそな言い方だと思う。まともに顔も見れないし、心臓はうるさいし、やっぱり慣れないことはするもんじゃない。けれど、もし今日、ここで言わなければ、何も変わらないような気がしたから。さて、俺のちっぽけな勇気は報われるだろうか。


「…そういうの、似合わないよ」
「うっせーな!知ってるよ!」
「でもね、私はそんな英太のことが、ずっと、」


久し振りに再会した幼馴染は俺が思っていたよりも随分と大人になっていて。これからこの女が彼女になるのだと思うと、俺は役不足な気がしてならなかった。それでもこんな俺を選んでくれた幼馴染、いや、彼女と、まずは少しばかり冷めてしまった弁当を食べながら、昔話でもしようか。