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平凡の延長線上にきらり


※社会人設定


雪がちらつき始めた。毎年、去年はこんなに寒くなかった、と思うけれど、それは今年も同じで、私は冷たくなった手に息を吹きかける。駅前から少し離れたところにある小さなカフェの軒下。年末ということでお店は年末休業に入っているらしく、明りはついておらず営業妨害にはならないので、雨宿りならぬ雪宿りのために少しばかりお邪魔している。
まだかなあ。時間厳守するタイプの恋人が珍しく待ち合わせ時間になっても現れないので、何かあったのではないかと心配になり、大丈夫?何かあった?とメッセージを送ったのが5分ほど前。返事がこないどころか既読にもならないところを見ると、いよいよ何かあったのかもしれないと不安が募る。
しつこいかもしれないけれど、今度は電話でもしてみようか。そう思ってコートのポケットに手を突っ込んでスマホを取り出そうとした時だった。駅の方から走ってくる男性の姿が見えて、一気に安堵した。良かった。何かあったわけじゃないようだ。


「遅くなってごめんな」
「ううん。年末ぎりぎりまでお仕事お疲れ様」
「ほんとにな…寒かったろ?」
「大丈夫」
「嘘吐くのやめなさい。手、冷たいでしょーが」


手袋を忘れてしまったせいで冷えてしまっていた手を、大地はそっと握って、ごめんな、と眉尻を下げつつ2度目の謝罪をした。確かに寒かったけれど、不満はない。というか、今年の最後の日まで仕事をしてきた大地を責めることなんて、できるはずがないではないか。


「ほんとに大丈夫だから、行こ」
「ん、そうだな」


握られた手はそのまま。大地に握られている左手だけが温かくて、たったそれだけで幸せを感じる。我ながら平和ボケしているなあと思うけれど、平凡な私にはこれぐらいがちょうどいい。
今日は今年最後の日。つまり、大地の誕生日だ。仕事がいつ頃終わるのか分からなかった上に年末ということでめぼしいお店はどこも閉まっていて、大人っぽく素敵なディナーを…ということはできなかったけれど、大地は私の手料理の方がご馳走だと浮ついたことを言ってくれたので準備をして出てきた。
家に帰る道すがら、まだ少し残っているイルミネーションを眺めながら歩く。クリスマスはお互い仕事でろくに一緒にいられなかったもんなあと、ほんの数日前のことを思い出していると、握られていた手にきゅっと力がこもった。どうしたのかと思い顔を見上げるも、どした?と逆に首を傾げられたので、何でもない、と返すより他ない。気のせいか。私は特に気にすることなく、ゆっくりと自宅を目指して歩みを進めた。


◇ ◇ ◇



「美味かったよ」
「良かった」
「プレゼントも、ありがとう」
「どういたしまして」


社会人5年目。付き合い始めて3年。お互いのことは大体分かっているので、プレゼントもそれなりに無難なものを選ぶことができる。今年はキーケースを選んでみたけれど、喜んでもらえたようで一安心だ。食べ終わった後の食器を片付けていると、大地が手伝いに来てくれた。疲れているのだから座っていればいいものを、この人は本当に優しい。
座ってて良いよ、と言っても、良いから良いから、としか言われないことは既に過去の実践から経験済みなので、私はただ、ありがとう、と、その優しさを受け取る。そうして食器洗いを終えて手を拭いている時だった。背後からふわりと抱き締められて、身体が硬直した。大地がこんなことをしてくるのは非常に珍しいのだ。


「ど、どうしたの、」
「何が?」
「いや、だって…普段こんなことしてこないから…」
「嫌だって?」
「そうじゃないけど」


調子が狂う、と言うのだろうか。背中から伝わる体温に、自分の体温が上昇していくような気がした。このままでは満足に動けないし、慣れない状況で私の頭が沸騰しそうだ。そうだ、そういえばまだお風呂に入っていなかったから先にお風呂に入ってもらおう。必死に考えた末、お風呂入ってきなよ、と投げかけた言葉。いつもなら、そうさせてもらおうかな、と返ってくるはずなのに、今日だけは違った。


「一緒に入ろうか」
「え!それはちょっと…」
「今日、俺の誕生日なんだけどなあ」
「…それを言うのはズルくない?」
「1年に1回ぐらい、我儘言ったっていいだろ?」


大地の言い分はご尤もだ。いつも私は甘やかされてばかりだし、そんな風に言われると非常に断りづらい。大地の作戦にまんまとハマってしまっただけなのかもしれないけれど、今日に限っては提案を受け入れるしかないだろう。私は渋々ながらも、分かった…と返答した。この時、背後で大地がどんな表情をしていたのか、私は知らない。


◇ ◇ ◇



背後から抱き締められたのは本日2回目だった。お互い裸なわけだし、よもやそういう雰囲気になるのでは…と少し懸念していたのだけれど、そういうことはなく。ただ背後から抱き締められて、気持ち良いね、と会話をして終了した。首筋に顔を埋められた時にはびくびくしたものの、いい匂い、と呟かれただけに終わったので、今私はパジャマを着て髪を乾かしている。期待していたわけではないけれど拍子抜けというか。元々淡泊な人なのだ。だから、キッチンで抱き締められた時も驚いたし、一緒にお風呂に入ろうという提案にも戸惑った。
今日の大地はいつもと違う。何が違う、とははっきり言えないのだけれど、なんとなく。何かを隠していて、それを悟られないようにしているというか、そんな感じ。髪を乾かし終えて、あらかじめ買っておいたアイスをソファに並んで座って食べたところで、年末の特番を見ていた大地に、私は思い切って尋ねてみることにした。取り越し苦労なら良い。けれど、もし何かあるのなら言ってほしい。


「ねぇ大地、私に何か隠してることない?」
「え?」
「私の気のせいかもしれないけど、今日の大地はなんとなくおかしいっていうか…何か隠してるのかなって…思って…」


違ったらごめんなさい。不愉快な思いをさせぬよう、最後にそう付け加えれば、大地は困ったように笑って。敵わないなあ、と零した。ということは、つまり。図星ということなのか。大地が隠し事なんて、それこそ珍しい。何を言われるのかと、少し不安になりながら大地の発言を待っていると、ふぅ、と、ひとつ、大きく深呼吸なんてするものだから緊張が走る。そんなに言いにくいことなのだろうか。
身構える私を残し、席を立って部屋を出て行ってしまった大地。いよいよどうしたのかと不安は最高潮に達する。そうして帰ってきた大地は、本当はこのタイミングじゃなかったんだけど、と前置きをしてから私を立たせる。一体何なんだ。


「年越しのタイミングで、とか、色々考えてたんだけど、上手くいかないな」
「…何が?」
「ありがちだと思うけど…プロポーズ」


心臓が止まるかと思った。いや、感覚的には一瞬止まったと思う。おもむろに取り出された、ドラマなんかでしか見たことのないような小さな箱。それを見て漸く、本当にプロポーズするつもりなんだと理解する。もしかして待ち合わせに遅れたのも、うちに来るまでの道中で握られた手に力が入ったのも、このプロポーズに関係しているのだろうか、なんて考えたけれど、もはやそんなことはどうでも良かった。


「ありきたりだけど、折角の誕生日だし、俺と結婚してくれないか」
「…私がプレゼントってやつ?」
「はは、そうなるな」
「そんなの、断ると思う?」


私でよければ喜んでプレゼントになりますよ。
そう言って照れ隠しに笑うと、大地は今日1番の笑顔を見せて。パカリと開いた小さな箱から煌めく指輪を取り出して私の左手の薬指に嵌め込んだ。いつの間にサイズ調べたの?と思ったけれど、そういえば何ヶ月か前にジュエリーショップに行ったな、なんて思い出して、そんなに前から計画していたのかと、熱いものが込み上げてくる。


「うん、よく似合う」
「ありがとう」
「こちらこそありがとう。それから、これからもよろしく」


BGMは年末の特番。お互いパジャマ姿で私はすっぴん。ちっともロマンチックじゃないけれど、平凡な私には、やっぱりこれぐらいがちょうどいいと思うのだ。