×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

ニュースキャスター赤葦×一般人彼女


大抵の大人はきっと、朝起きてなんとなくテレビをつけてお決まりの番組でニュースをチェックすると思う。というわけで、私も例に違わぬその動作でお決まりの番組にチャンネルを合わせた。どうしてその番組を選んでみているのか。答えは簡単。その番組のメインニュースキャスターが私の恋人だからだ。
普段あまり笑わないはずの彼だけれど、テレビの向こうの世界では愛想よくうっすら笑みを浮かべていて、人に見られる仕事というのはつくづく大変だなあと改めて思った。しかも売れっ子だもんなあ、人気があるのも苦労が絶えないんだろうなあ、と。我が彼氏のことなのに完全に他人事で思いながら朝ご飯を咀嚼する。それもそのはず。私は彼から仕事に関する愚痴を1度もきいたことがないので、想像することしかできないのだ。
朝の番組に出るためには夜中に起きて仕事に行かなければならないから会うことはほとんどないけれど、連絡はわりとマメにしてくれる。おはよう、おやすみ、仕事終わったよ、お疲れ様。そんな挨拶程度のやり取りでも嬉しいし、何より安心できた。彼の頭の中に、自分の存在が少しでも残っているんだなということを感じることができるから。忘れられていないんだって、まだ彼女でいていいんだって、そう思うことができるから。


「赤葦君はどうなの?彼女が行かないで〜ってお願いしてきたら仕事より彼女優先する?」
「さあ…そうなったことがないので分かりませんね」
「想像してみて!どう?」


一体朝から何の話題なんだ。朝ご飯を食べ終わって食器を洗っている時にきこえてきたテレビからの声に、私は思わず手を止めてしまった。視聴者の皆さんも京治の答えが気になっていることだろうが、私はその何倍も気になる。なんせこれでも、一応彼女なのだから。元の話題が何なのかはこの際どうでもいい。私は食い入るようにテレビ画面を見つめていた。


「…そんなことを言ってくる女性を彼女には選ばないと思うんですけど」
「はは、なかなか手厳しいね」
「それでも万が一そんなことを言われたら」
「お!言われたら?」
「仕事を選びますかね。それを理解してもらえない人とはお付き合いできないかと」
「なるほど〜。視聴者の皆さん、参考になりましたか?」


ええ。とても参考になりました。今後、京治に愛想を尽かされないように努力していきたいと思います。
まあ答えをきかずとも、仕事と彼女どっちを優先するかなんて答えは分かり切っていた。ここで、彼女を優先します、なんて言われたあかつきには、嘘でしょ!と抗議の電話をしていたかもしれない。そもそも、どちらかを選ばなきゃいけないなんて間違っていると思う。仕事も、恋愛も、上手にバランスよくこなせば良いだけの話だ。それが一番難しいことだというのは分かっているのだけれど、それでもあえて言おう。どちらも大切にしたいと欲張って何が悪いんだ、と。
それから私はニュースの内容をさらりと眺めるだけにとどまり、家を後にした。今日もいつも通りの1日が始まる。スマホに届いた、今日も頑張って、というメッセージには、お昼休憩に返事をしよう。


◇ ◇ ◇



そういえば今朝の占いで私の星座は1位だった。だからだろうか、残業もほとんどなくほぼ定時に会社を出ることができたのは。こんなこと、年に何回あるか分からないほどレアだ。いつもは残業せずに早く帰りたい、と思っているけれど、いざ早く帰れることになったらどうやって今からの時間を過ごすべきか悩んでしまう。
珍しく手の込んだ料理でも作ってみようか。それともゆっくり美味しい夜ご飯が食べられるお店を探そうか。いっそ早めに帰ってさっさと食事とお風呂を済ませてたっぷり寝るのもありかもしれない。色々なパターンを思い描きながら家までの道のりを歩いていると、スマホが震えた。京治からだ。


“仕事、どれぐらいに終わりそう?”


なんというタイミングの良さだろう。まるでどこからか見られていたんじゃないかと思うほどグッドタイミングで送られてきたメッセージに、私はすぐさま、もう終わったよ、と返事をする。その返事から数分、じゃあうちに来たら?という提案をされて、胸が躍った。久し振りに会えるだけでなく京治の家にお呼ばれしたのだ。そりゃあ浮かれずにはいられない。行く!とだけメッセージを送れば、あとは急ぎ足で京治の家を目指すだけ。
今までに数回訪れたことがある京治の家は、相変わらず立派だ。そりゃあ稼いでいる額が違うのだから当たり前だけれど、たまに私の家に来てもらうと申し訳なさが募る。有名人である赤葦京治をこんな狭い家に招いてごめんね、と。京治は何も気にせず、落ち着く、と言ってくれるから有難いけれど。


「久し振り」
「うん。毎日お疲れ様」
「そっちもね」


久し振りの再会にもかかわらず淡泊な会話を繰り広げて、家の中にお邪魔する。
夜ご飯どうしようか?何かあるなら作るけど。手料理をお願いしたいところだけど何もなかったかもな。冷蔵庫見てもいい?いいよ。
そんなやり取りをして確認した冷蔵庫の中は、確かに今から何かを作れるほど潤ってはいなかった。きっと忙しいから外食やコンビニ弁当で済ませてしまうことが多いのだろう。男の人の一人暮らしってきっとそんなものだ。女である私ですら、自分だけのために料理をするのって面倒臭いと思うし。サボりがちだし。


「買い物してから来ればよかったね。今から何か買ってくるよ」
「行かなくていい」
「え、でもそれじゃあ食べる物ないよ?」
「何か頼もう」


珍しい。京治が私に擦り寄ってくるなんて。それほどまでに仕事で疲れたのだろうか。特殊な職業だから仕事内容には首を突っ込まないようにしているのだけれど、ちょっと気になる。そこで私は試しに、何かあったの?と尋ねてみた。何もないよ、と答えられるのがオチだろうけれど、そう言われたら、そっか、とこの話は終わりにすれば良い。


「今朝の、あれ。見た?」
「あれ?…ああ、仕事と彼女どっちを優先させるかってやつ?」
「そう」
「気にしてないよ。そうだろうなと思ってたし」
「…気にしてないんだ」


私の身体を正面からゆっくりと抱き締めた京治は、甘えるみたいに首筋に顔を埋めてきた。すん、と息を吸い込むと京治の香りが身体に取り込まれて、幸せに満たされる。まるで麻薬みたい。


「少しぐらい気にしてほしかったな」
「京治が仕事で頑張ってるところ毎日見てるもん」
「でもあれ、半分嘘だから」
「うそ?」
「今ここで職場から電話がかかってきたら、正直行こうか断ろうか迷うよ」
「ふふ…私は行ってらっしゃいって言ってあげるけど」
「物分かりが良すぎない?」


物分かりが良いんじゃない。いつも京治が私を気にかけてくれていることが分かるから、ちゃんと愛されてるんだなって分かるから、こうして穏やかに待ってるねって笑顔を向けられるだけだ。だからこの物分かりの良さは全部、京治のおかげ。


「夜ご飯、何頼もうか」
「京治は何食べたい?」
「そうだな…久し振りに、」
「ちょ、っと…、」


するりと脚を撫でた京治の手。期待していなかったわけじゃないけれど、ちょっと急ぎすぎではないだろうか。そう思ったほんの数秒前。重なった唇がほんの少し離れて、吐息が交わる距離のまま尋ねられたズルい質問に、私は渾身の憎まれ口を叩く。


「食事の前と後。どっちが良い?」
「京治、その顔はカメラの前でしない方がいいよ。爽やかさが足りない」
「ご心配なく。この顔を見せるのは1人だけって決めてるから」


甘えるような表情を見せていた、羊の皮を被った狼は、あっと言う間にその皮を剥ぎ取って私に齧り付いてきた。朝の爽やかな彼はどこへ行ったのか。まあいいや。夜は私だけの赤葦京治だもんね。