×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

つまり、馬鹿になれ


最初はもっと可愛かったのに。そんなことを思うようになったのはつい最近のこと。俺に彼女ができたのはもう1年以上前の話になる。付き合いたての頃は、ちょっとしたことで頬を赤く染めたり俯いてみたりと照れる様子があったのに、最近では手を繋ごうが頬に触れようが、目をぱちくりとさせるだけで動揺ひとつしない。たまに部活を見に来ては、一緒に帰ろう?と誘ってくることもなくなったし、家に帰ってからのやり取りもだんだん少なくなっていった。名前は今でも俺のことが好きなのだろうか。そう不安になる程度には変わってしまった。自分がこんなに女々しいことを考える人間だとは思っていなかったけれど、それだけ俺は、まあ、なんというか、名前のことが好きなのだ。
2年生になって暫くして3年生の先輩達が部活を引退し、季節は秋になった。俺はなんだかんだで主将を務めていて、面倒臭いなりになんとか頑張っている。そんな俺の元にやってきたのは名前だった。同じクラスで付き合っているにもかかわらず、ほとんど会話をしないというのもおかしな話だけれど、ここ最近はそれが当たり前になってしまったことも少し寂しいだなんて。やっぱり俺は、女々しいのか。


「ねぇ堅治、ききたいことがあるんだけど」
「何だよ」
「誕生日プレゼント、何がほしい?」
「は?」


俺は思わず固まった。誕生日を覚えていてくれたことは嬉しい。が、こんなにがっかりする展開があるだろうか。確か去年の誕生日はサプライズか何かでプレゼントを用意してくれて、手作りケーキまで準備してくれていたように思う。それがたったの1年でこれだ。熟年夫婦じゃあるまいし、まだプレゼントするものの1つや2つ考えられそうなものを、もはや考えること自体を放棄してしまったような発言に、俺は不機嫌さを露わにした。


「別に。いらねぇし」
「ほんと?じゃあ何も用意しないよ?」
「好きにすれば」


ここで素直に、お前がくれたものなら何でも嬉しい、とでも言えば恋人らしい雰囲気になったのだろうか。残念ながら俺はどちらかというと捻くれ者の部類だから、そう簡単に自分の気持ちを吐露することなんてできやしない。
結局、名前はそのまま自分の席に戻ってしまい、その後も特に会話をすることはなかった。翌日も、その翌日も、そして俺の誕生日当日になっても、名前とはまともに口をきいていない。これでよく付き合っていると言えるものだと感心するぐらいには接触していなくて、これはいよいよ別れた方が良いのではないかと考え始めた昼休憩。漸くと言うべきか、名前が俺の席までやってきた。


「誕生日おめでとう」
「何これ」
「見たら分かるでしょ。新発売のグミだよ」
「そういう意味じゃねぇよ」
「誕生日に何もあげないのもどうかと思って。堅治、グミ好きでしょ」


そうだけど、そうじゃない。こいつは俺のことをなんだと思ってるんだ。俺が非常に不満そうな顔をしていたのだろう。名前は、これだけじゃ嫌だった?などと今更なことを尋ねてきた。


「お前、一応俺の彼女だろ」
「一応って失礼な。ちゃんと彼女だよ」
「彼女なら彼氏の誕生日にもっと気の利いたもん用意すべきじゃねぇの?」
「いらないって言ったのは堅治じゃん」


だから。そうだけど、そうじゃないのだ。まるで子どもの喧嘩みたいなやり取りの応酬で不穏な空気が漂い始めたことに嫌気がさして、もういい、と俺が口を開くより先に、じゃあ、と。名前が口を開いた。


「じゃあ、部活終わるの待ってるから。堅治がほしいもの奢ってあげるよ」
「コンビニかよ…」
「何もないよりいいでしょ?」


ね?と首を傾げて俺の顔色を窺う名前に、分かった、と了承の意を伝える。別に奢ってほしいものなんてない。ただ、名前と一緒に帰るというのはとても久し振りのことで、俺にとってはそちらの方が魅力的だったりして。勿論、そんなことを名前に伝えたりはしないけれど。


◇ ◇ ◇



そうして迎えた放課後。俺はいつものように部活に励んだ。心なしか身体は軽く、いつもより調子が良かったように感じるのは気のせいだろうか。誰にもそれを指摘されることはなかったけれど、部活終わりにそそくさと着替えをする俺を見た青根は、急いでいるのか?と、珍しく声を発した。まあな、と答えて、会話はそこで終了。下手に追及されないのは有難い。
着替えを済ませ部室を出た俺は、どこで俺のことを待っているのかと思い名前にメッセージを送ってみた。けれども、返信がないどころか既読にもならない。もしかして、と思って教室に行ってみたら、案の定。名前は机に突っ伏してすやすやと眠っていた。彼氏が部活で汗を流している姿をキラキラした目で見つめてくれていた1年前の彼女は、今やこの有様である。無意識のうちに溜息を吐きたくもなってしまう。
すうすうと寝息を立てている名前を暗い教室内で眺めて、思う。やっぱりこいつは俺に対する気持ちが薄れてきているんじゃないかって。だからと言って正面から、俺のことそんなに好きじゃねぇだろ?なんてきけるほどメンタルが強いわけではないので、眠っている名前に尋ねてしまったのだ。俺のこと、まだ好き?なんて。


「好きだよ」
「は?」
「ふふ…寝てると思ったでしょ」


いや、そりゃそうだろ。寝息立ててたし。暗くてよく見えなかったけど目瞑ってたし。とか、今はそんな言い訳をしている場合じゃない。あんな発言をきかれていたなんて、恥ずかしすぎる。


「寝たふりとか性質悪すぎだろ」
「ごめんごめん、まさかそんなこと堅治が言うなんて思わないじゃん」
「…帰るぞ」
「待って」


踵を返して歩き出そうとした俺の手を掴んで引き止めたのは勿論名前で、俺は足を止める。顔だけ振り返れば、身体ごとこちらを向けと言わんばかりに手をぐいぐいと引っ張り続けているから、仕方なくそちらへ向き直った。すると、満足そうに笑った名前が何の前触れもなくぎゅっと抱き着いてきたものだから、俺は固まらざるを得ない。


「堅治のこと、ちゃんと好きだよ」
「…説得力ねぇし」
「主将になった堅治の邪魔したくなくて連絡取らなくなったこと、気にしてる?」
「は?」
「私がいると気が散るかなと思って応援にも見学にも行かなかったし、部活終わりは疲れてるかなと思って連絡するのもやめた」
「マジかよ…」
「堅治、皆の前でベタベタするのは冷やかされるから嫌だって言ってたから、教室でも話しかけないようにしてた」


次から次へと飛び出す衝撃の事実に、俺はただただ驚くばかりだ。なんだよ。そんなわけ分かんねぇこと考えて行動しやがって。こっちの身にもなれ馬鹿野郎。


「あとね、誕生日プレゼントはちゃんと用意してあるんだよ」
「…何?」
「私。なーんちゃって」
「へーぇ?そりゃ楽しみだわ」
「ちょ、冗談だってば…ッ」
「そんなに照れるの珍しいじゃん」
「だってここ、学校…!」


そんなの知らねぇよ。仕掛けてきたのは名前の方だ。冗談だろうがなんだろうが、据え膳食わぬは男の恥である。俺は躊躇う名前の顎を持ち上げて、唇を奪った。
暗い教室内。唇を離して見つめた名前の顔はきちんと赤く染まっていることが分かって、久し振りの優越感に浸る。なーんだ。可愛い反応、忘れたわけじゃねぇじゃん。


「帰ろ…!」
「待ってって言ったのそっちじゃん」
「うるさいなあ!もう話終わったもん」
「もう少し続きしても良いけど?」
「堅治って私のことだいぶ好きだよね!」
「好きじゃなかったら付き合ってねぇし」


殊の外すんなりと出てきた言葉は、思ったより恥ずかしい告白だったかもしれない。けれども、言った俺より言われた名前の方が恥ずかしそうに俯くから、照れるタイミングはなくなった。
ほんの数分前まで別れた方がいいんじゃないかとまで考えそうになっていたことが嘘のように、恋人らしい雰囲気が流れる。今更だけどこれって、バカップルってやつじゃね?