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宇宙は今日もピンク色


※社会人設定


第一印象は、頼れる先輩。仕事ができて、いつもすごいなあと目で追いかけていた。それが尊敬から恋情に変わったのは、かれこれ1年以上前になると思う。自分では意識していなかったけれど、今思えば最初から、少なからず恋愛対象として見ていた節はあったのだろう。私だけに、というわけではないけれど、仕事の進行状況はどうかと気遣ってくれるところとか、先輩の更に先輩にあたる上司にも上手に対応できるところとか。赤葦さんの素敵なところは、挙げ始めたらキリがない。
まあそんな先輩だから、赤葦さんは私以外の女性社員達からも絶大な人気を誇っている。つまり、ライバルは数多くいるわけで。私は早々に戦線離脱した。同じ空間で仕事ができているだけでもラッキーだと自分自身に言い聞かせて、日々、仕事に励む。そんな毎日を繰り返していた私に思いがけない転機が訪れたのは半年前。
仕事終わりに立ち寄ったコンビニでばったり出くわした赤葦さんは、私を夕食に誘ってくれたのだ。そこから、あれよあれよと言う間に距離が縮まって、私はなんと2か月ほど前にあの赤葦さんから告白されてお付き合いすることになってしまった。夢ならとっくに醒めていると思うけれど、今でも赤葦さんは私の彼氏らしいのでこれは夢ではない。
まさか、ほぼ憧れに近い眼差しで見つめているだけだった赤葦さんと恋人関係になれるなんて思ってもみなかったのでいまだに信じられない気持ちでいるからか、私は赤葦さんとの距離感を掴めないままでいる。恋愛経験ゼロというわけではないけれど、こんなにも好きだと思える人と両想いになったことはないのだ。


「名字さん、今日飲みに行きません?」
「あ、うん。早く終わったらいいよ。他に誰が来るの?」
「俺と2人で」
「え。…2人で?」
「俺、名字さんのこと結構本気で狙ってるんですよね」


赤葦さんのことをぼんやり思い浮かべながら仕事をしていた私に声をかけてきた後輩君は、耳を疑うような発言をした。これは世に言うモテ期というやつじゃなかろうか。後輩君のストレートな攻めに、私は反応できずに固まってしまう。今まで日陰で生きてきた私に、突然光を当てないでほしい。告白されるなんて状況に慣れていなさすぎて、咄嗟にどんな返事をすれば良いのかわからないではないか。
戸惑っている私に、後輩君は真っ直ぐな視線を向けてくるものだから、余計に返事をしにくい。ああ、ごめんなさい。公にはしていないけれど、私は赤葦さんと付き合ってるんです。秘密にしなければならないというわけではないのだけれど、なんとなく赤葦さんの了承も得ずに公にするのは憚られたので、私はやんわりと、彼氏がいることだけを伝えて丁重にお断りした。


「その彼氏ってどんな人ですか?」
「えっ」
「俺よりイイ男ですか?」
「え、あ、え?」


普段穏やかな後輩君が、まさかこんなに食い下がってくるとは思わなくて焦る。後輩君には悪いけど、赤葦さんは私に勿体ないぐらいのイイ男だから勝ち目はないよ。勿論、そこまではっきりは言わないけれど。
もう一度、ごめんね、と。お断りの言葉を伝えようとした時だった。背後に人の気配がして振り返ってみると、そこにはつい先ほどまで頭の中を支配していた赤葦さんが立っていて、途端、心臓が忙しなく動き始める。もしかして今の会話をきかれていたのだろうか。別にやましいことをしていたわけではないけれど、どうしよう、と内心オロオロしている私を一瞥した赤葦さんは、小さく溜息を吐いた。


「なんで言わないの」
「え、」
「まったく…悪いけどこの子、俺のだから諦めてくれる?」


赤葦さんは呆れたように私に声をかけてきた後、後輩君にさらりととんでもないことを言ってのけた。あまりにも普通に、なんでもないことのように言うものだから、後輩君も一瞬どういう意味か分からなかったようでぽかんとしていたけれど、数十秒後には理解したのか、すみません、と言い残して去って行った。周りでやり取りを聞いていた社員達がざわつく。きっとこれから退社するまでの間に、社内は赤葦さんと私が付き合っているという噂で持ち切りになってしまうだろう。
何が起こったのかよく分からないままぼーっとしていた私も、漸く何を言われたのか、どういう状況なのかが分かってきて、かなり遅れて顔に熱が集まる。俺のって。赤葦さんが、私のことを自分のものだって言ってくれた。その事実だけで、明日どんなことを言われようとも乗り切れるような気がする。


「堂々と浮気でもするつもりだった?」
「浮気!?そんなまさか!」
「冗談だよ…でも、」
「っ…!」
「心配だから、ちゃんと俺のってアピールしとかないとね?」


ぐいっと詰められた距離。私の耳元でぞくぞくする低音で囁いた赤葦さんは、それだけ言い残すと意味深な笑みを浮かべてどこかへ行ってしまった。こうやって、私は赤葦さんにどんどん溺れていく。最初から浸りきっているというのに、これ以上沈めてどうするつもりなのか。火照った顔は、なかなか冷めてくれなくて。沢山の人の視線を感じながら、私は仕事が終わるまでパソコンに向かうことしかできなかった。


◇ ◇ ◇



予想以上の疲労感に見舞われ、私はへろへろになりながら退社した。あの後、暫くは仕事に集中していたのだけれど、1人の女性社員さんが私に赤葦さんとの関係をきいてきたことによって、仕事は中断させざるを得なくなった。覚悟していたとは言え、まさかあれほどまでに質問責めに合うとは。さすが、社内で人気の赤葦さんである。
そんなわけで、散々質問責めに合い仕事がストップしていたせいで、私は残業するハメになった。いつもより遅い時間、会社を出て暫く歩いたところで、一台の車にクラクションを鳴らされそちらへ視線を送ると、運転席から顔を覗かせた赤葦さんが手招きをしているではないか。私は慌てて車に駆け寄る。


「お疲れ様。送るから乗って」
「でも…」
「俺のせいで遅くなっちゃったみたいだから。送らせて?」
「じゃあ…お言葉に甘えて…」


赤葦さんが車を持っているとは知らなかった。急な展開に頭がついていかないけれど、私は促されるまま助手席に座ってシートベルトを締める。それを確認した赤葦さんは、車をゆっくりと発進させた。当たり前のことながら2人きりの車内はお互いが口を噤んでいたら静かなもので、緊張が増す。


「ごめんね、困らせて」
「困ってない…とは言えませんけど…赤葦さんは良かったんですか?私とのこと、バレちゃっても」
「元々隠してるつもりはなかったし…昼にも言ったよね?」
「え?」
「これでも心配してるんだよ。名前、ふわふわしてるから」
「それって…もしかして、嫉妬とか…?」
「好きで付き合ってるんだから嫉妬ぐらいするよ」


運転している赤葦さんの横顔は仕事中よりも柔らかい表情になっていて、胸がきゅんと疼く。私だけしか知らない赤葦さん。しかもその赤葦さんが嫉妬してくれていたなんて、今日はとても幸せな日だ。自然と頬が緩んでしまうけれど、今の私に引き締めることなんて無理である。
信号で車が停まったところで、赤葦さんはチラリとこちらを見遣った。私のだらしない顔を見て、溜息でも吐かれちゃうかな。だったらあんまり見られたくないな。そう思って俯いたにもかかわらず、そんな懸念を一蹴するかのように、ふふっ、と零れた笑いは赤葦さんからのもので、私は顔を上げて赤葦さんを凝視してしまった。赤葦さんが声を出して笑うところなんてレアすぎる。


「すごく幸せそうだね」
「幸せですもん」
「…そういう顔が見れて、俺も幸せ」


甘ったるい空気が車内に流れ始めたところで、信号が青に変わる。まだ帰りたくないなあと思っていると、私の家とは逆の方向に曲がった車。あれ?もしかして…


「帰したくなくなったから、もう少し付き合ってよ」
「…はい!」


軽快に進む車が目指すのは一体どこなのか。別にどこだっていい。隣に赤葦さんがいてくれるなら、どこだって幸せなのだから。