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日常に転がるロマンス


※大学生設定


同い年で、通っている大学と学科、それからバイト先が同じ。その上、住んでいるところも近かった。だから必然的に接する機会が多かっただけで、私から絡みに行ったことは一度もない。それなのに会う度に、またお前か、とでも言いたげな様子で眉間に皺を寄せるのは、いい加減やめてもらいたい。
月島蛍という人物は感情がすぐ表に出るタイプらしく、その顔は、なんでまたアンタの顔見なきゃなんないの?と言っていた。それはこちらのセリフでもあるのでお互い様だ。
CDやDVDを販売している全国展開のこのお店でのバイト歴は私の方が少し長いのだけれど、なんでもソツなくこなす月島君は私なんかよりも社員さんに信頼されている。だから自然と月島君は仕事を任されることが多い。


「ねぇ、なんで僕がこれやらなきゃいけないの?」
「それは任されたのが月島君だからでしょ」
「僕の方が後輩のはずなんだけど。センパイは何してるんデスカ?」
「…レジ?」


はぁ、と。大袈裟に溜息を吐いた月島君は、これ以上話しても時間の無駄だと判断したのか、それ以上何も言うことはなく仕事に戻った。センパイって言ったって、ほんの1ヶ月ぐらいしか違わないのに。なんとも嫌味なヤツだ。
そんな月島君とはシフトが被ることが多くて、仕事の面においてはとても心強い。仕事の面以外では、とてもストレスだけれど。今日もそうやって時々嫌味ったらしいセリフを浴びせられながらも何事もなくバイトを終え、更衣室でエプロンを外す。
夜ご飯、何もないなあ。コンビニで何か買って帰ればいっか。バイト先を出て家に帰るまでの間に、コンビニはひとつ。そこを目指して歩き到着した私は、真っ先にお弁当のコーナーへ向かった。


「あ」
「…何?ストーカーでもしてるワケ?」
「そんなわけないでしょ!」


家が近くでバイトの上がり時間が同じだったら、このコンビニで遭遇する確率が相当高いということに、もう少し早く気付けば良かった。私の存在を確認するなり、つけていたヘッドフォンを外してまたもや嫌そうな顔をした挙句、心外なことまで言ってくる月島君に、ただでさえ授業とバイトで疲れ切っている私の心はズタボロにされる。
私は唐揚げ弁当を引っ掴むと、そのままレジに向かった。月島君より早く店を出て帰路につかなければ、また背後を付き纏うみたいになってしまい何を言われるか分かったもんじゃない。


「そんなカロリー高そうなもの食べると太るよ」
「放っといてよ!そういう月島君は何を…」


背後からぬっと私の唐揚げ弁当を眺めた月島君を睨みつけた後、じゃあお前は何を食べるんだと思い手元を見ると、その手にはショートケーキ。…え、ショートケーキ?
夜ご飯にそんなもの食べるの?と思うより先に、月島君とショートケーキというツーショットがなんともミスマッチすぎて、私は思わず笑ってしまった。ショートケーキって、可愛すぎない?あの、いつも不愛想な表情を顔に貼り付けている月島君がショートケーキを食べるところを想像すると、一度おさまった笑いが再び込み上げてくる。


「月島君、それ、食べるの?」
「食べるから買うんだけど。悪い?」
「いや…なんか月島君って甘いもの苦手そうだよなって思ってたから意外で…しかもショートケーキ…可愛いから…」


私の発言に、月島君は顔を顰める。そして何かを発言しかけたところで、あのー…、と控えめに声をかけられて思い出した。そうだ、唐揚げ弁当のお会計、まだなんだった。私は店員さんに軽く頭を下げると、手早くお会計を済ませた。
お弁当を受け取って、本来ならすぐさま帰るところだったのだけれど、ショートケーキのお会計をしている月島君のことが少しだけ気になって、わざとゆっくりとした歩調でコンビニを出た。月島君、ショートケーキ好きなのかな。甘いもの全般が好きなのかな。それとも今日、何か特別な日なのかな。ていうか、夜ご飯ショートケーキだけって不摂生すぎない?
歩きながら考えるのが月島君のことばかりだったことに気付き、私は自分自身に驚いた。悪い人ではないと思うけれど、正直苦手だと思っていた月島君のことを、こんなにも考える日がこようとは思いもよらなかった。


「歩くの遅すぎ」
「月島君とは足の長さが違うからさ」
「ああ、それもそうか」
「納得しないでよ」
「事実だから」


自分から言ったこととはいえ、ぐうの音も出なくて悔しい。わざと少しだけゆっくり歩いてたんですけどね!なんで?ってきかれたら答えに困るから言わないけどなんか腹立つぞ!そこからは無言で、並んで歩き続ける。そう、並んで。
月島君は私よりも早く歩けるはずで、なんなら早く帰りたいだろうから置いて行ってもいいのに、ずっと私の隣を歩いている。そういえば、立派なヘッドフォンは首からぶら下げたままで耳につけていないし、もしかして一緒に帰ってくれてる?とか?


「月島君、帰らないの?」
「今帰ってる」
「そうじゃなくて、私に合わせてくれてるのかなって」
「……暗いし、名字も一応女でしょ」
「え、」


なんということだ。いつも私に辛辣な言葉を浴びせてくる月島君が、まさか私を女の子扱いしてくれるなんて。明日は雨か、雪か、本当に槍が降ってくるかもしれない。


「何?置いて帰ってもいいけど」
「いや、えっと、ありがとう」


僅か、空気が生温くなったように感じるのは私の気のせいだろうか。無言で歩き続けるのも気まずいような気がして必死に話題を探しては、大学の授業のことやバイトでの話をしてみるのだけれど、そこまで会話は続かない。あれ、なんで私、こんなに必死になってるんだろう。月島君と2人だからって、そんなに焦ることなんてないはずなのに。
それでも沈黙はいたたまれないような気がして次なる話題を探そうとしたところで目に入ったのは、月島君が手に持つビニール袋の中にあるショートケーキだった。


「ショートケーキ、好きなの?」
「好きだったら何?」
「さっきも言ったけど意外だなって…誕生日か何かなのかと思った」
「ああ…まあ、それもあるけど」
「えっ…月島君、今日誕生日なの?」
「さっきから質問多い」


いや、だって、確認のつもりできいてみただけなのに、本当に誕生日だったなんて思わないじゃないか。ていうか自分の誕生日にバイトするってどうなの?友達に祝ってもらったり…しそうにないよな…月島君は。


「せっかくの誕生日なのにバイトで終わってよかったの?」
「誕生日だからってすることないし、それに、」
「それに?」
「…別に。なんでもない」


月島君は珍しく言葉を濁して私の1歩先を行った。カサリ、ビニール袋の中のショートケーキが揺れる。


「私がお祝いしてあげようか」
「は?」
「1人でケーキ食べるの寂しくない?」
「寂しくない」
「唐揚げ弁当わけてあげるから」
「いらない。胃もたれしそう」


私が何を思ってお祝いしてあげようか、なんて提案をしたのか、自分でも分からない。誕生日を独りぼっちで過ごす月島君のことを哀れに思ったからかもしれないし、ちょっとケーキが食べたいなと思ったからかもしれない。
よく考えてみたら、大学でも、バイト先でも、月島君が私以外の女の子と話してるところってほとんど見たことないよな。そんなことを急に思ってしまったのは、生温い空気のせいだろうか。月島君は私に意地悪で辛辣で容赦ない。でもそれって、もしかしたら特別なことなのかもしれないな。こんなの、完全に私の独り善がりだけれど。


「ケーキ2切れあるみたいだから1切れちょうだい」
「唐揚げ弁当も食べるくせにケーキも食べたらますます太るね」
「だから唐揚げお裾分けするってば」
「いらないって言ったの聞こえなかった?」
「どこで食べる?」
「ねぇ、僕、あげるなんて言ってないんだけど」


結局、そんなことを言いつつ月島君の家にお邪魔してケーキを仲良く食べたのだから、私達の関係ってわけが分からない。とりあえず誕生日を知ってしまったからには、何かプレゼントぐらい用意しようかなとは思うけれど、それは特別な感情があるからじゃない。…と、思う。