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一般人岩泉×モデル彼女


「わー!私このモデルさん好きなんだよね」
「私も!昨日のテレビ見た?」
「見た見た!可愛かったよねー!」


仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、何気なく耳に入ってきた会話に耳を傾ける。女子高生と思しき女子2人組は、1冊の雑誌の表紙を飾っているモデルにご執心のようで随分と盛り上がっていた。…そいつ、俺の女なんだけど。心の中でボソリと呟いた言葉は、勿論その女子達には聞こえていない。
俺の彼女は巷で話題のモデルだ。大学生の時にスカウトされてから、あれよあれよと言う間に人気になり、今ではなかなかの有名人。高校時代からの付き合いである俺から言わせてみれば、アイツが美人だってことは随分前から知ってんだよ、という感じではあったが、世間にもそれが認められて嬉しいような悲しいような、複雑な心境だ。
お目当てである飲み物を買い、店を出る。今日で1週間の仕事が漸く終わったわけだが、アイツには休みなんてないんだろうと思うと自分がやけに怠けているような気がした。所謂、売れっ子というやつなのだろう。忙しいらしいアイツとはほとんど連絡を取り合っていない。元々、俺はそこまでマメに連絡をするタイプではないから、それは別に構わないし気にしていないから良いのだ。それでも、ふとした瞬間に、アイツ何やってんだろ、ぐらいには思い出すわけで。今がまさにそれだった。
夜道をぶらぶらと歩きながら自宅を目指していると、ポケットに入れていた携帯が震える。取り出して見れば、つい今しがた思い浮かべていたアイツからの着信で、僅かに口元が緩む。


「どうした?」
「あ、はじめ!今どこ?」
「あ?家帰ってるとこだけど…」
「そっか!」


電話越しにも伝わる弾んだ声。なぜそんなに嬉しそうなのだろう。仕事が早く終わったのか、はたまた上手くいったのか。何にせよ、久し振りに聞いた明るい声音に、俺の気持ちは急浮上した。我ながら、なんと単純なことだろう。


「今日はね、早く仕事が終わったの!」
「だからそんなに嬉しそうなのか」
「明日も珍しく休みだし」
「そりゃ確かに珍しいな。良かったじゃねぇか」
「うん!だからね、」


家まであと少しというところで、背後にどん、と何かがぶつかった。何だ、と振り返れば、そこには電話で話していた愛しい彼女の姿。目深に帽子を被ってはいるものの、ちらりと見えたその顔を俺が見間違えるはずがない。


「会いに来ちゃった」
「…こんなところにいていいのかよ」
「来ちゃダメだった?」
「そうは言ってねぇだろ」


携帯の通話を終了させ、いまだに擦り寄ってくる彼女に視線を落とす。会いに来てくれたこと自体は嬉しいが、コイツは有名人なわけで。俺なんかと一緒にいるところを見られると面倒なことになるんじゃないだろうかと気になるのは当たり前のことだ。
とりあえず、顔があまり見えないようにさりげなく隠しながら俺の家へ向かう。家の中に入れば、人目を気にする必要はない。道中で誰にも見られていないかと尋ねられればそれは分からないが、細心の注意は払ったつもりだ。


「はじめ!久し振り〜!」
「そうだな」
「1週間、仕事お疲れ様」
「それはこっちのセリフだけどな」


帽子を取って俺にガバリとしがみついてくる姿は、飼い主を前に飛び付く犬のよう。その細っこい身体を受け止めることなんて容易くて、グラつきもしない。
テレビで見るモデルのコイツは、まるで別人のようにすました顔をしているが、今俺に見せている表情は素である。俺だけが知っているその雰囲気と表情。優越感に浸ってしまうのも無理はない。


「お疲れさん」
「ありがと…」


久し振りの感触を味わうかのように、その身体を抱き締める。また少し痩せたんじゃねぇか?と思うほど薄っぺらい身体だ。


「無理してねぇか?」
「うん。大丈夫。あ…でも、」
「でも?」
「はじめになかなか会えなくて寂しい」


俺の腰に回されていた腕の力が僅かに強くなる。コイツは本来甘えたがりで、困ったことがあるとすぐに俺のところにきては助けを求めるようなヤツだった。それがいつの間にか1人で何でもできるようになっていて、最近では俺なんかもう必要ないんじゃないかと思うことがあった。けれども、たまに会うとコレだから放っておけない。
俺も甘すぎるという自覚はあるが、惚れた女に会えなくて寂しかったと言われ抱き着かれてしまえば、甘やかしたくなってしまうのも無理はないと思うのだ。


「飯まだ食ってねぇんだろ。簡単なもんしか作れねぇけど食うか?」
「私が作るー!」
「作れんのか?」
「これでも自炊してるもん」


任せて!という言葉を信じることにして台所に立つ彼女を横目に眺めつつ、ネクタイを緩める。冷蔵庫にはろくなものがなかったように思うが、軽快な包丁の音が聞こえてくるところを見ると、何かを作ってはくれているらしい。本当に自炊してんだなぁと感心しつつ、楽しそうに料理をする姿を見つめる。
俺が見ていることに気付いたらしく、まな板に落としていた視線を上げた彼女は、何?と不思議そうな表情を浮かべた。


「なんか嫁さんもらったみてぇだなと思って」
「……へ、」
「ま、そうなる日も遠くねぇか」
「ちょ、え、え!?」
「腹へったから手ェ動かせ」


俺の口からぽろりと溢れてしまったセリフを聞いてパニック状態に陥っている彼女を適当にあしらい、自分も台所に立つ。手際よく動いていたはずの手は止まっていて、いまだに、え?え?と動揺しているところを見ると、相当驚いたらしい。
付き合いが長いんだから少しぐらい期待してくれていても良いものを、全く予想だにしていないところがらしいと言えばらしい。俺は鈍感だとよく言われるけれど、コイツに比べればマシなんじゃないかと思う。


「はじめ!あの、さっきのって、その…期待、しても良いってこと…?」
「……そっちがその気ならな」
「私はずーっとはじめと一緒が良いと思ってるもん!」
「仕事に支障出るんじゃねぇのか?」


そう、俺がなかなか踏み切れない理由は、彼女がモデルをしているということが大きく関係している。詳しいことは分からないが、芸能人ってのはイメージが大事だと聞いたことがあるから下手に行動できないのだ。意気地が無いと言われてしまえばそれまでだが、本気だからこそ悩むのは仕方のないことだと思っている。
彼女は俺の問いかけに対し間抜けにもポカンと口を開けたまま固まって。けれども数秒後には、その整った顔立ちに微笑みというオプションを付けて俺を見上げた。


「私の1番は、はじめだから。はじめが私を選んでくれるなら、他のことを優先する理由なんてないよ」
「…お前な……」


誰でもできる仕事ではない。選ばれた人間にしかできない仕事をしているのに、俺のために全てを投げ出してもいいと言わんばかりの発言をする馬鹿に苦笑する。
気持ちは嬉しい。が、俺はコイツから仕事を奪いたいわけじゃない。むしろ、仕事という生き甲斐に加えて、プライベートでの幸せってもんを与えてやりたいのだ。どこにでもいるような一般人の俺が、どこまでできるかは分からないけれど。


「ばーか。お前は今まで通りやりたいことやってろ。そのうち、ちゃんと迎えに行く」
「…うん!はじめ、大好き!」


屈託なく笑って、鼻歌を歌いながら料理を再開した彼女が俺の奥さんになるのは、それから遠くない未来の話。