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気まぐれメロウ


※大学生設定


私はお酒強い方だから絶対に酔わない!迎えはいらない!と豪語していたのは誰だったか。千鳥足で隣を歩く名前を見遣りながら、俺は溜息を吐いた。
同じ大学に通う名前は高校時代からの知り合いだったのだけれど、付き合い始めたのは大学に入学してからだ。高校時代はこんな俺でもバレーに打ち込んでいたから忙しかったし、そもそも彼女ってものがほしいと思ったことなど一度もなかった。
大学生になったから彼女がほしくなったとか、そういうわけではない。ただ、名前と話したり2人きりになったりしても気を遣わなくて楽だった。だから、告白をすんなり受け入れた。それだけのこと。


「フラフラすんな」
「えー?真っ直ぐ歩いてるよー?」
「飲みすぎ」
「私、酔ってないもーん!」


名前は誰がどこからどう見ても、完全に酔っ払いだった。だからわざわざ俺が迎えに来いと呼び出されるハメになったというのに、それを一切分かっていないらしい。俺は本日何度目かの溜息を吐いた。
それにしても、と。俺は少し首を傾げる。酒に強いかどうかは別として、名前がここまでベロベロになるのは珍しい。というか、初めて見た。それほどまでにハイペースで酒を煽らなければならないようなことでもあったのだろうか。この酔っ払いにきいてもまともな答えは返ってきそうにないが、試しに尋ねてみる。


「そんなに酒がすすむことがあったわけ?」
「んー…内緒〜」
「名前のくせに生意気」
「いひゃい!」


柔らかな頬を摘んで苛立ちを露わにしても、名前はヘラヘラと笑うばかりで余計に腹が立つ。内緒、ということは、俺に言えないことがあったということなのか。そう勘付いてしまうと苛々は増すばかりだ。
風の噂によると、名前はわりと男ウケがいいらしい。サバサバした性格で話しやすいし、見た目もまあ悪くはないから、万人ウケすると言えばそうなのかもしれないけれど。なんとなく面白くないと思ってしまうのはなぜだろう。


「次は迎えに行かないから」
「そんなこと言っても英は来てくれるんだよね〜」
「行かない」


苛々を募らせる俺とは対象的に、依然としてヘラヘラしたままの名前を見ていると毒気を抜かれてしまって。俺はそれ以上何も言わずに先を急いだ。
そうして歩くこと10分。漸く辿り着いた名前の住むアパートの一室は、先週訪れた時よりも幾分か綺麗になっているように思えた。
部屋に入るなりベッドになだれ込む名前を尻目に、俺は水の入ったコップだけテーブルの上に置くと早々に玄関へ向かう。元々、送り届けたらすぐに帰ろうと思っていたのだ。長居する必要もない。


「英、帰っちゃうの?」
「明日1限から必修。早く帰って寝たい」
「うちに泊まればいいのに」


つい先ほどまでベッドに寝転がって今にも寝そうになっていたくせに、いつの間にか玄関先で俺の服の裾を引っ張っている名前は帰す気がないらしい。
成人済みの付き合っている男女がひとつ屋根の下で夜を明かすとなれば、大抵の人間が思い浮かべるのは、所謂、夜の営みってやつだろう。けれど生憎、俺には酔っ払いを襲う趣味はないし、そんなに飢えてもいない。
帰る、と。踵を返した俺ではあったけれど、いまだに服の裾は掴まれたままで進むことができない。酔っ払いはコレだから困る。


「帰れないんだけど」
「……英は私に愛想尽かしちゃったの?私のこと、やっぱり好きじゃない?」
「は?やっぱりって何?」
「普通、好きな女の子の家に来たら一緒にいたいって思うでしょ。英はそういう感じないもんね」


なんという偏見だろうか。そもそも普通ってなんだ。こっちはお互いの安眠のためにさっさと帰ろうとしてやっているというのに、その言い草はあんまりである。
これでも一応、こっちだって色々考えているのだ。大学のこともだけれど、付き合い方とか、接し方とか。考えたところで結局こんな感じだから、名前を不安にさせているのだろうけれど。


「何?名前は一緒にいてほしいわけ?」


こんな言い方をしたら、そういうわけじゃない、と返事されることは目に見えていた、のに。予想外な言葉が返ってきて、俺は固まってしまう。


「うん。英が足りないの」


酔っているからなのか。シラフなら絶対に言わないであろう衝撃的なことを言ってから両手を広げている名前は、抱き締めてください、と言っているように見えた。
酔っ払いってのは面倒臭い。こんなの、名前じゃなかったら御免だ。俺はいつからこんなに甘くなってしまったのか。気付いたら名前を自分の腕の中にすっぽりとおさめてしまっていた。アルコールが回っているせいだろうか、名前の身体はいつもより温かい気がする。


「国見君は名前のこと好きって感じしないよね」
「は?」
「今日、友達に言われた」
「何それ」
「だからヤケ酒しちゃった」
「ばっかじゃないの」


本当に馬鹿だ。そんな他人の一言ぐらいで酒を飲みすぎるなんて。確かに、俺は名前に好きだとか、そんなストレートな言葉はたぶん言ったことがないし、付き合い始めた理由は好きだからではなかった、けれど。
なんだかんだで1年以上付き合っているのはなぜなのか、よく考えてほしい。今日だって、どうして迎えに行ったと思っているのか。癪ではあるけれど、名前の言う通り、俺はたぶん次にまた迎えに来てくれと言われたら行ってしまうだろう。つまりは、そういうことなのだ。


「俺が足りないとか、この状況で言ってきたのってわざと?」
「そうだよって言ったらどうする?」
「…覚悟しろよ」


俺に酔っ払いを抱く趣味はないし、飢えてもいない。けれど、彼女に迫られて黙って帰れるほど余裕がある男ってわけでもなく。酒くさいその口を迷わず自分のソレで塞げるほどには、欲情しているのかもしれなかった。
普段は甘ったるいことを言えるようなタイプじゃないけれど、名前が酔っている今日なら言っても覚えてないんじゃないかという一抹の期待をこめて。俺は耳元でらしくないセリフを囁くと、玄関先からベッドへと逆戻りした。
その夜は自分でも信じられないぐらいその行為に溺れてしまい、うっかりらしくないセリフを撒き散らしてしまったから、嫌な予感はしていたのだけれど。やはりと言うべきか、翌朝、1限には間に合わないし、酔っていたくせにバッチリ全てのことを記憶している名前が、もう1回言って!とせがんでくるしで踏んだり蹴ったりだった。
それでも名前が幸せそうに見えたから、たまにはらしくないことをしてみるのも悪くないかなと思ったのは、俺の心の中だけに留めておくことにしよう。