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もしかしてコイの味


白鳥沢学園の男子バレー部と言えば強豪中の強豪で全国トップレベルの強さを誇っている。練習は勿論ハードだし休みなんてほとんどない。そんな男子バレー部のマネージャーとなれば必然的に休みなんてなくなってしまうわけで。今日も私はせっせと部員達のためにあちらこちらを走り回っている。
ここ最近、私の体調はあまり良くなかった。女の子の日が重なっているというのもあるのだろうけれど、それだけでなく、ただ単純に疲労がたまっているせいでもあると思う。おまけに風邪までひいてしまったのか、今日は頭痛が激しい。けれども、私なんかより何倍も必死に動いている部員達の前では弱音を吐けるはずもなく。私は自分の身体に鞭を打ってマネージャー業に励んでいた。
忙しければ気分も紛れるし、なんとかなる。ただ問題なのは、時折訪れる一瞬の暇な時間。それまで無理をしていた分、反動でかなり気持ちが悪くなってしまうのだ。幸いにも、その瞬間が訪れるのは部員達がハードな練習をこなしている間なので、私の体調不良には誰も気付いていないと思う。余計な心配はかけたくないし、気付かれない方がありがたい。
風邪って自力で治るかなあ。薬飲んで寝てれば大丈夫か。明日の朝練の時には少し落ち着いていてほしいなあ。そんなことを考えつつ、ズキズキと痛む頭には気付かないフリをした。


「名字、大丈夫か?」
「え?何が?」
「少し体調悪そうな気がしたから」
「そんなことないよ!全然大丈夫!」


休憩中、私に声をかけてきてくれたのは山形君。練習中だったのに私の様子がおかしいことに気付いてくれたのだろうか。コート内だけでなく体育館内全体を見渡せるほど視野の広い山形君に驚きつつ、私は作り笑いを浮かべてなんとか誤魔化す。山形君は、ふーん?と、納得しきってはいない様子だったけれど、それ以上追及してくることはなかった。
再び練習が始まって、私は監督とコーチの横で練習内容をノートに書き留める作業をしていた。それまでは気にならなかった頭痛がだんだん酷くなってきていることはなんとなく感じているけれど、我慢できないほどじゃない。大丈夫。皮肉にも、自分に言い聞かせるように心の中で唱えれば唱えるほど、頭痛は増していくし寒気までしてきた。


「名字」
「…牛島君……?」
「体調が悪いんだろう。今日はもう帰れ」
「え…そんなこと、」
「無理をして倒れられた方が迷惑だ」


練習中にもかかわらず私のところまで来たキャプテンの牛島君にそこまで言われてしまっては、私が踏みとどまる理由などない。こう言ってはなんだけれど、鈍感そうな牛島君にまでバレてしまうほど、ひどい顔でもしていたのだろうか。私はノートだけをその場に置くと、監督とコーチに頭を下げて体育館を後にした。
ああ、もう。頑張っていたつもりだったのになあ。体育館を背にした瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れて、じわりと目頭が熱くなる。しかしそこで、名字!と。声をかけられたことによって、私は再び糸を張り直した。危ない。もう少しで不細工な顔を晒してしまうところだった。


「山形君…どうしたの?」
「いや…1人で帰れるかなと思って」
「大丈夫だよ。ありがとう」


先ほど、私の体調不良にいち早く気付いてくれた山形君は、私のことを随分と心配してくれているようだ。今は休憩にでも入ったのだろうか。貴重な休憩時間を私のために割かせるのは申し訳ない。


「無理、してたろ?」
「あー…どうだろう。頑張ってはいたつもりだけどね…山形君だけじゃなくて牛島君にまでバレちゃうようじゃ、頑張りが足りなかったのかなあ」


思わずポロリと零した本音に、山形君は苦笑していた。きっと、なんて頼りなくて弱いマネージャーだ、とでも思ったのだろう。まあ思われても仕方ないけれど。


「ごめん、俺が若利に言った」
「え?」
「名字、体調悪いのに無理してるみたいだったから帰らせてやろうと思って…俺から言うより若利に言われた方が帰りやすいかと思ったんだけど…」


アイツは言い方ってもんを知らないからなあ、とボヤいてから、ごめんな、と申し訳なさそうに私に謝ってくる山形君。つまり、私の体調不良に気付いていたのは山形君だけだったらしい。
それなら山形君から声をかけてくれれば良かったのに、と言おうとしたけれど、私のことだから牛島君にあんな言い方をされない限り体育館に残っていただろうから、結果オーライってやつなのかもしれない。そう思った私は、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「山形君は、みんなのことよく見てるんだね」
「そうか?」
「うん。だって他の人はマネージャーの私のことまで気にかけないと思うよ」


思ったことを素直に言ってみれば、山形君はなぜか少し焦ったように目を逸らした。いつも落ち着いている山形君の焦っている姿は新鮮で、思わずクスリと笑ってしまう。
今のやり取りで何をそんなに焦ることがあったのかは分からないけれど、普段見られない山形君の一面を見れたのはラッキーだったかもしれない。


「俺だって、全員のこと見てるわけじゃないけどな」
「…ん?どういう…意味……、」


バツが悪そうに、けれども照れたように笑う山形君を見て胸がほわりと温かくなる。その温かさは徐々に上昇し、ついには熱くなってきて。その熱が身体中に広がっていく。
もしかして…?いや、自意識過剰すぎ?ただでさえ痛い頭をフル稼働させたからだろうか、なんだかクラクラしてきてしまった私は考えることを放棄した。


「ゆっくり休んで、元気になったら俺の言葉の意味考えてみて」


気を付けて帰れよ、というセリフとともに渡されたのは冷たい紙パックのジュースだった。これ、私が好きなやつだ。いつの間に買ったんだろう。
練習に戻るため体育館の方に向けて走り去って行く山形君の後姿を見送りながら、もう一度ジュースに視線を落とす。そして、そこに書いてある文字に苦笑。
“チューっと元気を注入!”
帰り道、もらったジュースをチューっと吸いながら家を目指す。心なしか元気になったような気がするのは、きっと山形君のおかげに違いない。