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宮侑に迫られる


親の急な転勤で高校2年生という中途半端な時期に転校することになってしまった私は、とても憂鬱な気持ちだった。東京という慣れ親しんだ土地を離れて、私は果たして上手く生きていくことができるのだろうか。いじめられたりしたらどうしよう。
そんな不安を抱いていたのは数週間前までのこと。私は驚くべきことに、既にこの稲荷崎高校に溶け込んでいた。クラスメイトに恵まれたのだろう。友達がすぐにできたことは、本当に有り難かった。
元々それほど人見知りというわけではないし、大抵の人とは仲良くなれる。しかし私には1人だけ苦手な人物がいた。それが今隣の席に座っている宮侑という男。
彼は男女問わずクラスでも人気があるみたいだし、最近気付いたことだけれど学年を飛び越えて特に女子生徒からの人気が高いようだ。まあ確かに、見た目は申し分なく整っているとは思うけれど、私はどうも皆に振り撒いている笑みが胡散臭く見えて仕方ないのだ。
それまでまともに話したこともなかったのに隣の席になって数分程度しか経っていない間から、転校生ちゃん可愛いから俺のタイプやわー、なんて恥ずかしげもなく口説き文句を言ってきた時点で、この男は色々慣れてるんだろうなと、警戒心を強めるしかなかった。


「俺のこと、嫌いなん?」
「え?…そんなことないよ」
「嘘吐くん下手やね」
「…嫌いでは、ない」


苦手なだけで、とは言わなかった。宮君は私が考えていることなんて分かっていそうだから、言わなかったところであまり意味はないかもしれないけれど。
宮君は自分の机に頬杖をついて私のことを舐めるように見つめていて、とても居心地が悪い。転校生がそんなに物珍しいのか。それとも他の理由があるのか。何にせよ、無言で見つめられているのがいい気分ではないことは確実だった。


「何か用?」
「なーんも?ただ可愛いなあって見てるだけやから。気にせんといて」
「嘘ばっかり…」
「俺、嘘は言わへんよ」


冗談は言うけどな。
フッフという独特の笑みを零しながら尚も私を見つめている宮君は、私が嫌がっているのを分かっていて敢えてずっとこちらを見ているに違いない。何を考えているのかさっぱり分からないし、やっぱり私は宮君のことが苦手だ。
しかし、何も宮君の思い通りになる必要はない。私は宮君からの視線を無視することに決め、持ってきていた文庫本を取り出した。昔から、読書は好きだ。1人の世界に浸りたい時は読書に限る。


「自分、文学少女?」
「…興味ないでしょ、宮君は」
「本は興味ないなァ」


俺、スポーツ男子やから。
得意げな顔でそんなことを言われなくても、宮君がバレー部だってことは知っている。そのバレー部が全国区レベルだってことも。だからこそ、本に興味がないであろうことは容易に想像できた。
じゃあ話しかけないでよ、と。我ながらなかなかに冷たくあしらったつもりだったのに、チラリと横目で窺った宮君はそんなのちっとも気にしていない様子でニコニコ…否、ニヤニヤしている。


「本に興味なくても転校生ちゃんには興味あるんやけど」
「…その転校生ちゃんっていうの、やめてよ」


きっと名前を覚えてもらっていないのだろうと思い今更ながらにフルネームで自己紹介をする私に、そんなん知っとるよ、と言ってのけた宮君には、眉を顰めるしかなかった。この人は一体何がしたいのだろう。転校生である私をオモチャにして楽しんでいるのだろうか。


「俺のこと、うざいなぁ思てるやろ?」
「……分かってて声かけてくるんだから、宮君ってほんとイイ性格してるよね」
「よぉ言うやん。好きな子ほどいじめたなるーって」


文庫本へ戻しかけていた視線は、思わずニヤつく宮君の方へと向けられた。だって宮君、今、なんて?好きな子ほどいじめたくなるって、確かにその謳い文句はよく聞くけれど、今そんなことを言われたら、まるで宮君は私のことが好きだって言っているみたいじゃないか。
…いや、それはないない。これは私の反応を見て楽しんでいるパターンに違いない。ここで動揺したり恥ずかしがったりしたら、何勝手に期待しとるん?なんて言われるに決まっている。私は、そうだねー、と適当に相槌を打って、ほんの数秒だけ交わった視線をふいっと逸らした。


「…なんや素っ気ないなぁ。脈ナシやん」
「宮君、彼女いるんじゃなかったっけ」
「別れたん。慰めてくれへん?」
「……宮君からフったんじゃないの?」
「知っとったん?」
「知らなかったけどそんな気がしただけ」


自分からフっておいて、なぜ慰めを求めるのか。その神経を疑う。宮君は校内でもかなりの有名人のようなので、付き合っているとか別れたとか、そういう噂ぐらいは転校してきたばかりの私の耳にも入ってくる。別れたということは本当に知らなかったけれど、私には関係のないことだ。


「なんでフったと思う?」
「知らない」
「俺な、好きな子おんねん」
「へぇ」
「冷たっ!」


だから。私の反応を見て楽しもうとするのはやめてほしい。先ほどから開いたままで1ページも読み進められていない文庫本に視線を落としてはみるものの、羅列された活字はちっとも頭の中に入ってこない。
ひょい。私の手から取られてしまった文庫本。それはこの場合、勿論というべきか宮君の手の中にある。とうとう本を読むことすら許してもらえなくなったらしい。


「自分、鈍感なん?それともワザと気ぃ付いてないフリしとんの?」
「何のこと?」
「俺が好きなんが誰か、分かっとるはずやんなあ?」
「……冗談やめてね」
「残念ながらコレは冗談やないわ」


その言葉の通り、初めて見る宮君の真剣な眼差しに胸がぎゅっと締め付けられる。これも、演技?真面目に答えたら、馬鹿を見る?そもそも私の考えてることって、本当に合ってるの?
不安と期待が渦巻く中、宮君が初めて私の名前を呼んだ。名字じゃなくて、名前にちゃん付けで呼ぶ辺りが宮君らしい。名前を呼ばれただけでとくりと鼓動が脈打ったのは、悔しいことに気のせいなんかじゃないと思う。


「騙されたと思って俺と付き合ってみぃひん?」
「…嫌だと言ったら?」
「フッフ…諦め悪いんがウリやから逃さへんよ?」


奪われた文庫本を差し出され、それを受け取ろうと伸ばした手は、文庫本を掴んだ瞬間に宮君の手に拘束されてしまった。無抵抗にぐいっと引き寄せられ、上体のバランスが崩れる。
何するの?と口を開きかけて、見上げた先にある宮君の瞳を見た私は息を飲む。射抜く、とはまさにこういうことを言うのだろう。なんというか、逆らえない。


「ほーら。捕まえた」


ニコリ。その笑顔はいつもの胡散臭い笑みとは違って、なんとなく優しくて。数分前までは苦手だとしか思えなかったこの男が、私の中にじわじわと侵食してくる。
そう簡単に宮君のペースになんか落ちたくない。けれど手から伝わる熱が私の心を揺さぶるから。悔しいことに、私が彼のことを受け入れてしまうのは時間の問題かもしれない。