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牛島に助けられる


付き合っている男女ならデートなんて当たり前のようにするものなのかもしれないけれど、高校生にして色々な雑誌やテレビで取り上げられるほどのちょっとした有名人と付き合っている私にとって、デートというのは特別なものだった。そもそも、バレーのことが脳の大半を占めているであろう若利と付き合えているというだけで奇跡みたいなものだから、デートをしたいなんて思うのはおこがましいことだと思っている。
同じ高校に通っていてもクラスが違うからほとんど会えないし、私はたまに若利の練習風景を覗きに行くけれど、会話ができることはほぼない。メッセージのやり取りもほとんどがおはようとかおやすみとかの挨拶で終わるし、電話なんてしたことはない。
それで本当に付き合っているのかと尋ねられたら確かに少し疑問だけれど、今日、本当に珍しくも買い物に付き合ってほしいと誘ってくれたところを見ると、恐らく私は若利にとって特別に値している女なのだと思いたい。たとえそれが、新しいシューズを買いに行くというバレー関連のことだったとしても。2人でどこかに行くということは私にとって立派なデートなのだ。だから私はつい、気合いを入れてふわふわのスカートなんて履いて少し化粧なんかもしてしまった。
そのせいもあるのだろうか。指定された時間よりも早めに着いた待ち合わせ場所で、私は生まれて初めてナンパされるという経験をしている。世の中には物好きもいるものだと妙に冷静な気持ちではいるけれど、さて、これはどう対処すべきなのだろうか。


「1人だよね?暇?」
「俺らと遊ばない?」
「あの…私、人を待ってまして…」


このやり取りをかれこれ3回は繰り返しているのだけれど、その度に、いいじゃん俺達と遊ぼうよーというわけの分からない方向に持って行かれるので、堂々巡りなのだ。これでは埒があかない。
とは言え、目の前に自分より大きな男の人が2人もいれば逃げることはできないし、背後は冷たいコンクリートの壁。これはもう、なんとか断り続けながら若利を待つしかないか。そう思っていた時だった。
立ちはだかる男性2人の隙間から見覚えのある人物の顔がちらりと見えたような気がして、背伸びをしてみる。すると、やはり見間違いではなかったようで、私が待ち侘びていた彼とバッチリ目が合った。良かった。たぶん気付いてくれたはず。
私が1人、心の中でほっと一息吐いていると、しつこくも、いいから遊びに行こうよ、とまたもや声をかけられる。負けじとしつこく断りの言葉を発しようとした私だったけれど、男性2人の背後に現れた人物の姿を認めて口を噤んだ。私が何かを言う必要はなさそうだと判断したからだ。


「…俺の女に、何か用か」
「ひっ!」
「いってぇ…!」


男性2人だって決して小さくはない。けれど、若利と比べるとどうにも貧相に見えてしまうのは仕方のないことだといえよう。傍観している私から見てもありありと分かるほど強く2人の肩を掴んで威圧感たっぷりに見下ろす若利の眼光は恐ろしく鋭い。男性2人は若利の登場によって、ものの数秒でその場を退散して行った。


「ありがとう…困ってたから、助かったよ」
「…もっと早く来るべきだった。不愉快だ」


若利はその端正な顔を歪めて、そんなことを呟く。私がナンパされていたところを見て不愉快だと感じてくれたのだとしたら嬉しいな。そんな気持ちが表情に出てしまっていたのだろう。若利は眉間の皺を更に深めて、何がおかしいんだ、と尋ねてきた。


「私、ちゃんと若利に想ってもらえてるんだなあって感じたら、なんか嬉しくて」
「当たり前だろう。好きでもない女と買い物に行くような趣味はない」


良くも悪くもストレート。それが若利だし、そんなこと付き合う前から分かっていたはずなのに、面と向かって暗に好きな女が私だという発言をされてしまうと、どう反応すれば良いのか分からなくて。私は俯いて小さな声で、そうなんだ…と、呟くことしかできなかった。


「次からは家まで迎えに行く」
「え!いいよ!悪いし…次からは気を付けるから」
「嫌なのか」
「そういうわけじゃなくて…」
「それなら迎えに行く。もう決めた」


若利は一方的に話を終わらせると、おもむろに私の手を取って歩き始めた。手を…取って?若利が、私の手を握ってる!
突然の出来事すぎて頭が追いつかず、気付いた時には攫われていた左手。大きくてゴツゴツしていて驚くほど温かい若利の手に包まれて、私は手から溶けていきそうだ。


「若利…なんか、変わった…?」
「体重なら少し増えたが」
「……ふふっ…そっか」


若利らしい返答に思わず笑ってしまって。そういう意味じゃなかったんだけど、まあいっか、と思わされた。
普段は話すことはおろか、あまり会うことも連絡を取り合うこともないけれど。それでも私はきっと、若利が私のことを好きだと想い続けてくれる限り、自らこの手を離すことはないのだろう。
寂しくないと言ったら嘘になる。もっと一緒にいたいと思うこともあるし、せめてメッセージのやり取りぐらいまともにできたらなと考えることもある。けれどそんな願いが叶わなくても、こうしてたまに会った時に若利は私の心の隙間を上手に埋めてくれるから。きっとこれから先も、私達は大丈夫。


「良いシューズあるといいね」
「ああ」
「お昼ご飯、美味しいハヤシライスがあるお店見つけたからそこ行こ」
「わざわざ探したのか」
「若利、ハヤシライス好きだから」
「…そうか」


珍しくも僅かながら上がった口角。若利なりの精一杯の喜びの表現なのだと思う。
そんな不器用なところも含めて好きだよ。そんな気持ちを込めて、私は大きな手をぎゅっと握り返す。若利は何も言わなかったけれど。ただ優しく、握る力を少し強めてくれた。