×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

木兎の猛アタック


「なあ!なんで無視すんの?」
「……ついて来ないで」
「あ!やっと喋った!俺何回も言ってんだけど!あれ本気だから!」


私はここ最近、同じクラスの木兎光太郎という男に付き纏われている。本当にもう勘弁して欲しい。
事の発端は先週の金曜日。同じクラスで、その日の席替えで隣になった彼のことは勿論知っていた。バレー部で活躍しているということも、その朗らかな性格からクラスのムードメーカー的存在であるということも、女の子に惚れっぽいということも。
別に気になっているから観察していたとか、そういうわけじゃない。友人達が言っていたのだ。また木兎好きな子できたらしいよー、と。その度にほんの少しチクリと痛む胸には、気付かないフリをしていた。
そんな中、隣の席になった木兎は私を見て目を真ん丸くさせたかと思うと、座ったばかりの席からガタリと立ち上がって、開口一番、とんでもないことを叫んだのだ。


「好きな人の隣とか!俺ついてるー!」


大きくガッツポーズを決めながらそんなことを言った木兎の声は、騒つく教室内を一瞬で静寂へと誘う。ちなみに木兎は1番廊下側の席なので、隣には私しかいなくて。クラスメイト達の視線が、一気に自分へ集まってくるのを感じた私は、沸騰しそうなほど身体が熱くなるのを感じた。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。


「なあなあ!俺と付き合って!」
「ばっかじゃないの!今この状況で言うことじゃないし!冗談やめてよね!」


教室内は静寂から一変、冷やかしの声で溢れかえった。この男はTPOってものをわきまえていないのだろうか、と思ったが、普段の言動を見ている限り常人とは明らかに違う思考回路であることは明白だったので、望んでも仕方がないと諦めて、私は無視することに決めた。そしてその日から、木兎は私にしつこく求愛してくるようになり、今に至る。
もはや木兎の私への求愛は日常と化しているので、クラスメイトは私達のやり取りを気にも留めない。またやってるよ、ぐらいの認識である。廊下でも容赦なく大声で「好きだって言ってんじゃん!」なんて言うものだから、他のクラスの人達にもこの奇妙な関係は筒抜けだ。
正直なところ、好意を寄せられて嫌な気はしない。が、なんというか、木兎の「好き」はやけに軽いような気がして信用ならないのだ。ただでさえ惚れっぽいらしい木兎。クラスメイトとは言え、普通に会話する程度だった私のどこに惹かれたというのか。それがさっぱり分からなかった。


「なんでそんなに信じてくんねーの?」
「……誰にでもそういうこと言ってそうだから」
「言わねーし!俺、こう見えて一途!」
「嘘ばっかり。雪絵にきいたよ。可愛い女の子に応援されたらテンション上がるんでしょ」


言ってから気付いた。こんなの、嫉妬してるみたいじゃないかって。木兎はぽかんとして私を見ているし、もしかしてツっこまれるのかな。そう思って少し身構えた、けれど。


「それは仕方ない!」


この単細胞男に少しでも警戒心を抱いた私が馬鹿だった。ほらね。否定しないんじゃん。女の子なら誰でも良いんでしょ。私になんかこだわらなくたっていいじゃんか。ちくり。また、胸が痛む。違う、これは気のせいだ。
日に日に増していくもやもやした感情が今にも溢れ出しそうになってきた私は、隣に座る木兎から逃げたい一心で席を立つと、足早に教室を出た。行き先なんて決めていない。ただ、逃げたかっただけ。それなのに、木兎はそれすらも許してくれない。


「どこ行くんだよ。授業始まるぞ」
「もう私に付き纏わないで。お願いだから」
「やだ。やめない」
「なんで…、」
「好きだからって言ってんじゃん」


逃さない、とでも言うかのように掴まれた手首がじんじんと熱を帯びる。そんな、何回も好きだなんて、簡単に言わないでよ。だから信じられないんじゃん。


「確かに、可愛い子に応援されたらテンション上がるけど、好きな子に応援される方が良いに決まってんだろ」
「なんで…私なの……」
「分かんねぇ!けど!好きになっちまったんだから仕方ねぇだろ」


理屈じゃなく、本能的に私に惹かれたとでも言いたいのだろうか。恐る恐る振り返って木兎の表情を窺うと、ばっちり目が合ってしまって慌てて目を逸らす。
一瞬交わった視線は、いつものヘラヘラした木兎とはまるで別人のように真剣で。胸の奥がぎゅうっと潰されるような感覚に陥った。ずっと抱えているもやもやした感情。それはきっと、木兎への気持ちだ。
真正面から向き合うのが怖かった。今は私のことが好きだとしても、いつか他に好きな人ができたらあっさり乗り換えられてしまうんじゃないかって。いつもそんな不安があったのだ。


「木兎…離して」
「やだ。逃げるつもりだろ」
「これでもドキドキしてるから。離して」
「え」


私の発言に驚いた拍子に、掴まれていた腕が解放される。こんなこと、一生言うつもりはなかったけれど、木兎の粘り勝ちってやつだろう。
毎日毎日飽きもせず、好きだ、付き合ってくれ、を繰り返されて。冷たくあしらっても気にせずガンガン人の心の中に土足で踏み入ってきて。もう、逃げる元気なんてなくなっちゃったよ。


「他の女の子の方よそ見してたら、すぐ逃げるから」
「それって…」
「ちゃんと一途だってこと、証明してみせてよね」


可愛らしく、私も好きだよ、なんて言えるタイプじゃないから喧嘩腰になってしまったけれど、木兎はよっしゃー!と、隣の席になった時と同じか、あるいはそれ以上の声量で叫んでいるから、きっと私の気持ちは伝わったのだろう。
そんな木兎を他人事のように眺めていると、休憩時間の終わりを告げるチャイムの音が鳴って一気に現実に引き戻された。さほど教室からは離れていないからダッシュで帰ればなんとかなるかも。そう思って一歩を踏み出すより早くふわりと浮かぶ身体。


「は!?ちょ、何やってんの!?」
「ダッシュで教室帰る!」
「いや、私も走るし!やだ!おろして!」


木兎は制止の声をきかず走り出してしまったから、私は振り落とされないように木兎の身体にしがみつくしかない。お姫様抱っことかどういうつもりだ。私をそんなに辱めたいのか。
あっという間に教室にはついたけれど、ガラリと扉を開けた瞬間、クラスメイトと先生の視線は私達に注がれる。遅れただけでも大問題なのに、登場の仕方がひどすぎる。もう死にたい。


「ギリギリセーフ!」
「いや…木兎……完全にアウトだから…」


先生の控えめなツッコミに、えー?大目に見てよーなんて呑気に言っている木兎は、いまだに私をおろしてくれない。声を発することもしたくないほどの羞恥に襲われている私はジタバタと抵抗し、漸く地面に足をつけることができた。が、その瞬間、シンと静まり返った教室内は、大歓声に包まれる。
木兎ー!良かったなー!おめでとー!粘った甲斐あったなー!お幸せにー!
クラスメイトは好き勝手言っているが、なんだかんだで祝福されているのが木兎の人柄を表しているような気がして、私は笑うしかなかった。ほんと、愛されてるなあ。
私はその騒つきに乗じてそっと席に座ると、何食わぬ顔で授業の準備をする。このままみんな、さっきの光景を忘れてくれますように。そして私達の関係に触れてきませんように。そんな願いも虚しく、隣に座った木兎はみんなにも聞こえるような声量で私に向かって一言。


「お前、結構胸あんのな!」
「………もう木兎とは口きかない」
「はー!?なんで!?」


どうやら私、思っていた以上にとんでもない男のことを好きになってしまったようです。先が思いやられます。