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松川と雨の日


今朝家を出る前に見た天気予報では綺麗なお天気お姉さんが、降水確率は0パーセントです、と笑顔で言っていた。だから私はその言葉を信じて傘を持って行かなかったわけなのだが、帰りのSHRを終え、さっさと帰ろうと思って靴を履き替えたところで、私はザーザーという音に気付いた。まさかと思って空を見上げるとどこまでも重たい雲が広がっていて、挙げ句の果てには大粒の雨が降っているではないか。お天気お姉さんめ。降水確率0パーセントって言ったじゃないか。うそつき!
そんな悪態を吐いたところで雨が上がるわけではないので、私は呆然と立ち尽くしたまま途方にくれる。下校していく人達は揃いも揃って傘をさしていて、なんで傘持ってるの?と疑問を抱かずにはいられない。
これはもう濡れながら帰るしかないか。そう決心して、いざ、雨の中に飛び出そうとした時だった。何してんの?と。聞き慣れた声に呼び止められた。振り返るとそこにはクラスメイトの松川君がいて、心臓がとくん、と大きく脈打つ。
最近私は、松川君と急激に距離を縮めた。席が隣になったり、日直を一緒にすることになったり、授業のグループワークで同じ班になったり。そんな、偶然に偶然が重なった結果、先週のたった5日間だけで、私の中での松川君の位置付けは、クラスメイトの1人から気になる男の子にまで格上げした。
それまではなんとなく取っつきにくい雰囲気だった松川君だけれど、意外と話しやすくて、さりげなく優しい。そんなことに気付いてしまったら、意識せずにはいられない。クラスメイトに比べて幾分か大人っぽくてミステリアスな雰囲気も、松川君の魅力を引き立てていると思う。


「もしかして、傘、ないの?」
「え?あー…うん……今朝の天気予報、雨降らないって言ってたから…」
「あー。そういえば降水確率0パーセントとか言ってたかも。そりゃあ持ってこないよね」


優しい松川君は哀れな私に共感するようにそう言ってくれたけれど、その手にはしっかりと傘を持っている。なぜだ。降水確率0パーセントでも、念のために持ってくるタイプなのか。それはちょっと用意周到すぎやしないか。
私があまりにも深刻そうな面持ちで傘を凝視していたからだろうか。松川君は、ぷっ、と噴き出したかと思うと、声を出して笑い始めた。普段そんなに爆笑している姿なんか見ないものだから、私はあまりの珍しさに固まってしまう。
こんな顔するんだ。いつもの松川君より少し幼く見える笑顔を見ていると、胸がきゅっと締め付けられたような気がした。もしかしたら私、恋に落ちてしまったのかもしれない。
相変わらず止みそうにない雨が降り続く中、漸く落ち着いたらしい松川君が目尻に溜まった涙を拭いながら、ごめんごめん、と謝ってきた。泣くほどおかしかっただろうか。


「あんまりにも恨めしそうな顔で傘見てるから、なんかおかしくて」
「だって…なんでみんな、傘持ってるのかなあと思って…」
「これ、部室に置いてたやつ。持ってきたわけじゃないよ。たぶんみんなも置き傘してたんじゃない?」


なるほど。漸く合点がいった。今度からは置き傘しよう。ひとつ賢くなったところで、私は再び雨が降り続く空を眺める。どれだけ見つめても厚い雲はなくなりそうにない。


「……一緒に帰る?」
「えっ、いや、でも、え?」


思いも寄らぬ松川君からの提案に、私は動揺の色を隠せない。一緒に帰るって…傘はひとつしかないのに、どうやって?私がそんな疑問を抱いていることに気付いたのか、松川君はふっと笑った。


「俺の傘に入って帰りませんか、って言ったら、伝わる?」
「……え、」


それって相合傘ですよ、松川君。そうツッコミたい気持ちは山々なのだけれど、私は固まったまま、声を出すことさえかなわない。だって私は、つい先ほど、松川君への恋心を自覚したばかりなのだ。そんな松川君からの突然のお誘いに、動揺するなという方が無理な話である。
どういうつもりで松川君がそんなことを言ってきたのか分からないが、もしかして冗談のつもりだったのかな。冷静に考えてみれば、最近少し仲良くなった程度のただのクラスメイトと相合傘なんて、普通しようと思わないはずだ。
そうか。冗談か。だとしたら、笑って受け流すべき?だよね?


「び、びっくりしたー!急に冗談言うから反応遅れちゃった。ごめんごめん」
「……冗談じゃないけど」


笑顔から一変、私を射抜くように見つめてくる松川君の瞳は真剣そのもので、目が逸らせない。ど、どうしよう。これは、私の都合の良い方向に解釈してしまっても良いのでしょうか。急展開すぎて頭も心も追いつかないんですが。
私が固まったまま何と返事をするべきか悩んでいると、松川君は再び柔らかく微笑んで。おもむろに傘を開くと、私に手を差し伸べてきた。


「ほら、行くよ?」
「え…でも、松川君、私と相合傘なんかしたら、勘違い、されちゃうよ…?」
「勘違いしてもらいたいから良いよ。…俺はね?」


どくんどくん。心臓が馬鹿みたいにうるさい。意地悪そうに上がる口角も、細められた切れ長の瞳も、差し伸べられた大きな手も、私が都合良く解釈するには十分すぎて。
恐る恐る松川君の手を取ると優しく握られて傘の中に連れ込まれた。あまりの近さに、松川君の香りや体温まで私に伝わってきてしまう。何より、握られたままの手が燃えそうなほど熱い。


「あの、手…、」
「俺、結構期待してるんだけど。勝手に脈ありって思ってもいい?」
「……う、ん、」
「ん。じゃあこのまま帰ろ」


繋がれた手はそのままに、雨の中を歩き出す。チラリと隣の松川君を見上げれば、ばっちり目が合ってしまって、微笑まれる。今日の松川君、笑いすぎ。心臓壊れちゃうよ。
先ほどまでうるさいと感じていた心臓の音もなんだか心地よくなってきて、恥ずかしいけど、それ以上に幸せで。置き傘は、これからもしなくて良いかな。雨の時は濡れるし、早く帰りたいと思ってしまう私だけれど、今日はひどくゆっくりした歩調で進みながら、そんなことを考えた月曜日。