×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

さんざめく酔い闇


※大学生設定


大学生という時期は1番自由を謳歌できると思う。高校生の時にはダメだと言われていたことも、大学生になるとなぜか許されるようになる場合が多いし、行動範囲も格段に広がる。社会人になったら大学生に比べてできることは増えるかもしれないが、仕事という大きな存在に束縛されて自由な時間が減ってしまう。だから私は、大学生という中途半端な時期というのは、自由な時間を自由に使える、最高の4年間だと思っている。特に大学2、3年生になれば年齢的にも大人と見做され、社会的に許されることも増えてきて一段と楽しい。お酒もその中のひとつだ。
大学3年生になった私は、その自由を存分に謳歌していた。授業はそこそこ頑張って、残った時間は遊びにバイトに明け暮れる。そんな毎日は本当に充実していた。
今日は仲の良い友達と楽しく飲んだ後で、非常に気分が良い。終電はなくなってしまったけれど、1人でぶらぶらと酔い覚ましに歩く夜道は、星がチカチカと輝いていて幻想的な感じがするから好きだ。風も気持ち良い。
お酒のせいもあってふわふわした気分で歩いていると、暗闇の奥、私の進行方向に長細い人影が見えた。ガードレールに腰掛ける形で身体をあずけているそのシルエットは、どこか見覚えがある。私はそのまま歩く速度を緩めることなくその影に近付いて、ふ、と口元を緩めた。相手の方も私に気付いたらしく、ゆっくり立ち上がると私に近付いて来る。


「こんな時間に何してんの?オネーサン?」
「飲み会の帰りなので酔い覚ましに歩いてたんですよ、オニーサン」


ナンパよろしく軽い調子で声をかけてきたのは、私の彼氏である黒尾鉄朗。今日が飲み会だということは伝えてあったので、心配して迎えに来てくれたのだろう。連絡もせずに1人で歩いて帰って来ている私に、鉄朗は少し不機嫌そうである。


「帰る時は連絡しろって言ったと思うんだけど」
「1人で歩きたい気分だったのー」
「変な男に捕まっても知らねーぞ」
「もう捕まっちゃったけどね?」
「誰が変な男だコラ」


適度にふわふわした頭で適当に誤魔化そうと試みる。本当はただ連絡するのを忘れていただけなのだけれど、そんなことを言ったらグチグチと小言を言われるのは分かりきっているから、どうにかして話を逸らそうと思ったのだ。
以前の飲み会の時もそうだった。私が連絡するのを忘れて1人で帰っていると、その時は鉄朗から電話がかかってきて、今どこだ?迎えに行くっつったろ!と怒られた。今となっては、もはや私が連絡して来ないことを見越して、鉄朗は勝手に待ち伏せするようになっている。今まで危ない目に遭ったことはないし大丈夫だと毎回言うのだけれど、鉄朗はその度に、お前には危機感がなさすぎる、と説教してくるから、まるで親みたいだ。
私はいまだに暗闇の中で不機嫌そうに眉間に皺を寄せている鉄朗に、大丈夫だってばー、と決まり文句を言ってみせた。途端、わしゃわしゃと頭を乱暴に掻き乱され、私は鉄朗から逃げるように距離を取る。


「髪の毛ぐちゃぐちゃじゃんかー」
「どうせもう帰るだけだろ。言うこときかなかった名前が悪い」
「ひどーい。可愛い彼女の髪がもつれちゃうじゃんかー」
「…結構酔ってんな?」


酔ってないよー、と否定しつつもふわふわしている私は、恐らくご指摘通り結構酔っている。鉄朗は呆れたように苦笑いを浮かべた後、私にずいっと近付くと額に軽くデコピンを食らわせてきた。いつもなら避けられるのに。くそう。今日はちょっと飲み過ぎ、なんて小言を言ってくる鉄朗は、やっぱり親みたい。
分かっているのだ。こうやって迎えに来てくれるのは、私を心配してくれているからだということも、大切にしてくれているからだということも。それを分かっていて、その優しさに漬け込むというか、甘えまくっている私は、相当なダメ女だ。


「鉄朗はさあ、なんで私と付き合ってんの?」
「はあ?何だよ急に」
「だって、飲み会の度にこうやって迷惑かけてるし、普段も遊びとバイトに明け暮れててあんまり鉄朗との時間とか作ってないし、見ての通り平凡な顔と身体つき?だし、私を選ぶ要素ないじゃん?」


自分で言っていて酷いな、とは思ったけれど、事実なのだから仕方がない。私達は恋人同士だけれど、恐らくそこら辺のカップルに比べたら一緒に過ごしている時間は少ないと思う。それは先にも述べたように、私が遊びやバイトに時間を割きまくっているからなのだけれど、それに関して鉄朗にどうこう言われたことは一度もない。
鉄朗はバレー部に所属していて、そちらはそちらで忙しいのだろうけれど、時間のある時には私に声をかけてくれて、私が空いている時には一緒に過ごすことが多い。しかし私ときたら、何の予定もなかったら家でぼけーっと過ごしてばかりで、後になって鉄朗に連絡すれば良かったー、なんて思うこともしばしばだ。
会いたくないとか、そんなことは微塵も思っていない。ただ、私の頭はかなり単純にできているらしく、ひとつのことに集中し始めたら他のことが何も考えられなくなってしまうようなのだ。ぼけーっとしている時だって、頭の中では授業のこととか、バイトのシフトどうだったっけとか、目一杯詰まったスケジュールを整理しているわけで、そこに鉄朗のことを思い出す余地はない。
こう言うと私はあまり鉄朗のことが好きじゃないみたいだけれど、これでも結構ご執心だったりするから余計厄介だと思う。なんというか、つまり私は自由な時間の使い方において恋愛に重きを置いていないだけで、決して鉄朗のことを軽んじているわけではないのだ。


「迷惑かけてる自覚あるんだったら連絡ぐらいしろっつーの」
「それとこれとは話が違うの。それより、理由。教えてよー」
「酔っ払いの名前ちゃんには教えてあげませーん」
「えー…ケチー…」


ぶう、と。子どもみたいにわざとらしく頬を膨らませて不貞腐れてますアピールをしてみるけれど、鉄朗は素知らぬ顔だ。実は結構、不安だったりするんだけどな。
私は自分の生きたいように生きているくせに、それでいて鉄朗のことも失いたくないと思っている。フラれたくない、不安だと思っているなら自分の行動を改めれば良いだけの話なのに、それも譲れないのだから欲張り以外の何者でもない。
だからこそ、鉄朗がなぜ私みたいな女なんかと付き合っているのか知りたくなってしまったのだ。それはもう唐突に。これも酔っているせいなのだろうか。今日の私はいつにも増して情緒不安定なのかもしれない。
いまだに不貞腐れてますアピールを続けている私に、鉄朗はヘルメットを渡してきた。暗闇でよく見えなかったけれど、鉄朗の背後には大きめのバイクが停められていて、それで迎えに来てくれたんだということが分かる。
車の免許も持っていて遠出する時なんかはレンタカーを借りることもあるのだけれど、大学生のうちはお金もないし自分の車を持つことは考えていないらしい。代わりに鉄朗が普段の移動手段として利用しているのがバイクで、私もよくお世話になっている。バイクだってそれなりに維持費がかかるだろうに、なぜ車に変えないのかと尋ねれば鉄朗は、若い時にしかこういうヤンチャはできないから、と笑いながら言っていた。
渡されたヘルメットは、帰るぞ、という鉄朗からの無言のメッセージなのだろう。けれど私はとても面倒な女なので、先ほどの質問の答えが得られるまでは帰るつもりは毛頭ない。


「帰んねーの?」
「鉄朗が質問に答えてくれたら帰る」
「お前なあ…」


私の無駄に頑固な性格を知っている鉄朗は自身が被りかけたヘルメットを置いて、はあ、と溜息を吐く。きっと面倒な女だって思われてるんだろうな。嫌われちゃったかな。そんな今更なことを思っている私はただの馬鹿だ。嫌われる原因は全て自分にあるというのに。そうだよね、私なんかと付き合ってる理由なんて、言うほどのことでもないよね。
なんだか別れ話でもされるんじゃないかというほど落ち込んできてしまった私は、自然と俯いていた。こういう時、鉄朗はすごくデキた人間で、そんな私の小さな感情の変化を見逃さない。何不安がってんの?なんて苦笑しながら、大きな身体を屈めて私の顔を覗き込んでくるのがその証拠。ほんと、目敏いというか、私のことをよく見ているなあと感心する。


「やりたいことやりたいようにやって楽しそうにしてる名前ちゃんが、俺は可愛くて仕方ないんですけど」
「…胡散臭い……」
「大体な、そんな風に思ってなかったら毎回飲み会の度に心配して迎えになんか来ないだろ、普通」
「そりゃそうかもしんないけどさ…」


嬉しいことを言ってくれているのに、なぜか腑に落ちない私は、顔を覗き込んでくる鉄朗から視線を逸らす。うーん、なんだろう。何か足りない。これ以上鉄朗に求めるのはおかしいと思うけれど、私が求めているのはそういう答えじゃないのだ。


「名前、」
「んー…」
「なんか言われた?」
「…ううん、」
「嘘吐くの下手すぎ」


そう言って屈めていた体勢を元に戻した鉄朗は、私の身体をふわりと抱き寄せて背中をポンポンと叩く。なんでこの男は、すぐに気付いてしまうのだろう。
今日の飲み会は楽しかった。それは間違いない。けれど、友達の些細な一言で、私の心には小さなトゲみたいなものが刺さったままだったのだ。
黒尾君ってモテるのになんで名前なんだろうね?
きっとその発言に深い意味はなかったのだと思う。私もその時は、なんでだろうねー?なんて笑って受け流したし、みんなも、モノ好きなんじゃなーい?なんて冗談っぽく言っていたけれど、私は密かにずっとその言葉が引っかかっていた。だから今日は、こんなにも情緒不安定なのだろう。鉄朗を困らせることを承知の上で、あんな質問を投げかけてしまったのだろう。
私からは何も言っていないのに何かあったことを察知してくれる鉄朗は、本当に、私には勿体ないほどデキた男だと思う。私は鉄朗の温もりを服越しに感じながらより一層不安を募らせた。私なんかじゃ、やっぱり不釣り合いなんじゃないか、と。そう思わざるを得ないから。


「何言われたか知んねーけど、俺は名前のことが好きで付き合ってんの」
「うん…」
「名前に不安になられると、俺の方が不安なんだけど」
「なんで?」
「俺の愛し方が足りないのかなーって思うから?」
「……ふふ、何それ」


もう十分すぎるぐらい愛されてるなって感じてるのに、鉄朗は更に私をどろどろに甘やかす。私のことを甘やかすことにかけて鉄朗の右に出る者はいない。
鉄朗がそうやって心を溶かしていくから、それまで感じていた不安なんて何もなかったみたいに、私の心は晴れやかになった。やっぱり私の頭はかなり単純にできているのだと思う。


「鉄朗、明日の朝って早い?」
「んー?いや、ラッキーなことに午後から。なんで?」
「今日は鉄朗に甘えたい気分みたいです」
「…へーぇ?珍し。じゃあうち来る?」
「うん。行く」


見上げた鉄朗の顔は、それはそれは嬉しそうで。ああ、私って愛されてるんだなあ、と実感せずにはいられなかった。ヘルメットを被り、バイクの後方に座るべく足をかけようとした私の前に、ずっと出された鉄朗の手。


「お手をどうぞ」
「……何それ、クサイ」
「でも嫌いじゃないだろ?」
「………ありがと」


私は宛ら、童話のお姫様にでもなったかのような気分でその手を取ってから、いつもの定位置に腰を下ろした。鉄朗は私が座ったことを確認すると、自分もヘルメットをつけて手慣れた動作でエンジンをかける。静かな道に低いエンジン音が響いたのを合図に広い背中にぎゅっとしがみつけば、バイクは颯爽と走り出した。
大学生っていうのは良い。自由な時間を思う存分謳歌することができるから。遊びもバイトも、ちょっとの勉強も、全部私の大切な時間だけれど。これからはもう少し、鉄朗との時間を大切にしたいかもなあ、なんて。
そんな想いを込めて、私は鉄朗の腰に回している腕の力を強めてみた。前を向いている鉄朗がヘルメットの下でどんな表情をしているかは分からなかったけれど、家に着くなり、今日はたっぷり甘やかしてやるからな?なんていやらしく笑った鉄朗を見る限り、私の気持ちは十分伝わっていると確信できたから。今日はたっぷりと、恋人との時間に自由を奪われることにしよう。