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サンタクロースはハートの色で


※社会人設定



「衛輔、メリークリスマス!」
「あー、そっか、今日クリスマスだったな」
「え」


12月25日。1年に1度、サンタクロースがプレゼントを届けてくれる日。衛輔がロシアに行ってからも、直接会うことは難しいにしろ、テレビ電話でささやかにお祝いをしてきたクリスマス。それが今日だ。
だから私は浮かれ気分で陽気な赤いサンタ帽をかぶって、テレビ電話が通じてから真っ先に冒頭のセリフを言ったわけなのだけれど。彼の反応は、かなり鈍いものだった。
時差があるので、こちらが夜の11時であるのに対して、衛輔の住むロシアは夕方の5時ぐらいらしい。とはいえ、同じ12月25日であることに変わりはない。
衛輔はイベント事に頓着しないタイプ、というわけではないと思う。私の誕生日を忘れたことはないし、なんなら私のお母さんの誕生日まで覚えていて「宜しく言っといてくれな」と言うぐらいだ。それなのにどうして今年はクリスマスというイベントを忘れている様子なのだろうか。
忙しかったから?それとも体調が悪いとか?もしかして疲れてる?眠たい?私が陽気な格好のまま神妙な顔をしているのが画面越しに確認できたのだろう。彼は「ごめんごめん」と謝罪の言葉を口にした。謝られると1人で浮かれていた自分が余計に惨めな気持ちになるからやめてほしい。


「いいよ、大人になったらクリスマスなんてケーキとチキン食べて終わりの何事もない日だし……」
「いや違うんだって。こっちはまだクリスマスじゃねーからすっかり忘れてて」
「え?ロシアって今日がクリスマスじゃないの?」


彼の発言に、落ちかけていた気分がその場にとどまる。どういうことだ。12月25日は全世界共通でサンタクロースが子どもたちにプレゼントを配り歩くクリスマスじゃないのか。


「ロシアのクリスマスは1月7日なんだよ。宗教上?の理由らしいけど詳しいことはよくわかんねーや。サンタクロースも赤じゃなくて青だし」
「えっ!?サンタクロース赤くないの!?」
「そうそう。俺もこっちに住み始めてからびっくりした」
「去年はそんなこと言ってなかったじゃん!」
「それだけこっちでの生活に慣れてきたんだろうな。日本での生活よりこっちでの生活が普通になってきたんだと思う」


穏やかに1年を振り返っている様子の彼を見て、私は突然ポツンと置いてけぼりにされたような感覚に陥った。高校を卒業して5年。私は大学を卒業して今年社会人1年目のひよっこ。かたや彼はロシアに渡りプロバレーボール選手として5年目。立っている土俵が違うということを、今更のように実感させられる。
いまだに不思議だよなあと思う。高校時代から今まで、別れることなく恋人関係が続いているなんて。定期的に連絡を取り合うから、音信不通になったことはない。大きな喧嘩もしたことはないと思う。年末年始やお盆には、短期間だけれど彼が帰国するから、必ず会うようにしている。超遠距離恋愛にもかかわらず安定しすぎているのだ。
もちろん、寂しいと思うことはある。今すぐに会いたいと、1人で泣いた日もあった。しかしそれでも、彼との超遠距離恋愛はマイナスの要素よりもプラスの要素の方がずっと多い。
私はお世辞にも我慢強い女とは言えないし、かなりの気分屋だし、我儘だし、頑固だし、意地っ張りだし、寂しがり屋だし、一言で言うなら面倒な女だ。彼はこんな不出来な女を選んでくれた。それがまずプラスの要素である。
今まで付き合ってきた中で腹が立つことも沢山あっただろう。しかし彼は怒ることも愛想を尽かすこともなく、私に向き合い続けてくれた。我儘を聞くだけではなく、ダメなことはダメ、私が嫌な気持ちになることをしたら次からはやめてほしい、と、きちんと正してくれた。
こんな良い彼氏が他にいるだろうか。少なくとも私のこれからの人生において、彼以上の人を見つけるのは絶対に無理だと言い切れる。
そんな彼だから、もともと少し遠い存在に感じることがあった。私が彼女でいいのかな、とか、ロシアで金髪美女にアプローチされているかもしれない、とか。定期的に不安になっては、不安がっている暇があったら彼に相応しい女になるために頑張ろうと、自分を奮い立たせてきた。
けれども私が努力している間、彼もまた努力し続けていて、なんなら私より努力している度合いは大きいかもしれなくて。そりゃあどんなに追いかけても追いつかないはずだ。


「どうした?」
「なんか、遠いなあと思って」
「ごめん。寂しい思いさせて」
「ううん。だいじょ」
「大丈夫、って、名前の口癖だよな」
「え?」


私は、そうだっけ?と首を傾げた。自分では口癖になるほどその単語を言っているつもりなどなかったからだ。


「大丈夫じゃないのに大丈夫って言ってるの、知ってる」
「そんなこと、」


ない、とは言い切れなくて、途中で口籠る。言われて気付く。そういえば私、「大丈夫」じゃない時の方が「大丈夫」って言ってる、って。「大丈夫」は魔法の言葉だ。「大丈夫」と口にしたら、たとえ「大丈夫」じゃなくても「大丈夫」な気がしてくる。
そうやって無意識のうちに、寂しさや不安を鎮めてきたのかもしれない。だから今まで、どうにかマイナス要素に目を向けずここまで来れたのかもしれない。
でも今日、気付いてしまった。どれだけ好きでも、どれだけ信じていても、物理的距離がある限り埋まらないものもあるってことに。会いたくても会えない。声が聞きたくても、時間によっては電話をかけることができない。それでも「大丈夫」だったはずなのに、急に「大丈夫」じゃなくなる。魔法は解けてしまったのだ。


「衛輔は私より私のことがわかっちゃうんだね」
「ずっと見てきたからな」
「私は衛輔のことずっと見ててもわかんないよ」
「……名前」
「ごめんね!折角のクリスマスなのにしんみりしちゃった!あ、ロシアはクリスマスじゃないんだっけ?じゃあケーキもチキンも食べてないの?私はね、」
「名前」


何か喋っていないと目から涙が溢れてしまいそうだったから必死に楽しいことを考えようと思って捲し立てていたのに、彼はそれすらも許してくれない。優しく名前を呼んで、笑う。ごめんな、って、笑う。


「なんで、謝るの……」
「好きなこと好きなようにさせてもらって、その上名前には寂しい思いさせてばっかりで、彼氏失格だよな」


やだ。この流れは、嫌な予感がする。この幸せで溢れるはずのクリスマスの日に「だから別れよう」なんて、彼の口から聞きたくない。
せめて明日。クリスマスの今日だけは、夢を見たままでいたい。ロシアではクリスマスじゃないかもしれないけれど、今はそんなことを考えている余裕などなかった。


「衛輔、今日はもうそろそろ、」
「年明けにそっち戻った時言おうと思ってたんだけど」
「やだ、言わないで、」
「俺はやっぱりバレーが好きで辞めることはできないから、」
「わかってる、いいの、このままで、」
「無理を承知で頼む。俺について来てほしい」
「…………え?」


途中から画面を見ることも辛くなって俯かせていた顔が、弾かれたように上がった。あれ?今、別れよう、じゃなくて、ついて来てほしい、って言った?聞き間違いじゃない?私にとって都合の良い空耳が聞こえたわけでもない?
ぽかんと呆気に取られる私を、彼はこれでもかと真剣な眼差しで見つめている。そうか。夢じゃないのか。俺について来てほしい、って、つまり、そういうことで良いんだよね?それこそ都合の良い解釈になっちゃうけど、それでいいんだよね?
もともと目に溜まっていたそれが頬を伝っていった。彼はそれを見てギョッとしていて、何度目かのごめんを慌てて繰り返している。私の口癖が「大丈夫」なら、彼の口癖は「ごめん」かもしれない。彼が悪いことをしたことなんて1度もないのに。


「年明け、こっちに来る予定なの?」
「え?ああ……クリスマスは家族と過ごせって言われてて。あ、こっちのクリスマスのことだから年明けになっちゃうんだけど」
「じゃあ日本に帰って来たら2人でクリスマスしよう」
「ん?それは良いけど……」
「その時にまた言って?返事、ちゃんと考えとくから」
「わかった」


律儀な彼は律儀な返事をして、おそらく律儀に帰国後同じことを言ってくれるのだろう。返事なんてもう決まってるのに。
今日はクリスマス。でも、私達のクリスマスは、まだもう少しおあずけ。ロシアでは青いサンタクロースが普通なのかもしれないけれど、私の記憶の中ではどうしても高校時代の赤いユニフォーム姿が脳裏を過ぎるからだろうか。彼には赤の方が似合うと思ってしまう。
だから次に会った時は、この先ずっとロシアで暮らすことになるとしてもサンタクロースは赤色がいいな、って伝えることにしよう。