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病み止みyummy!


腹が減っては戦ができぬ、ということわざが出てきたところで、私のお腹がぎゅるると鳴く。今が自習中で、しかも近くに他の生徒がいなくて助かった。これが授業中だったら、私は笑い者になっていただろう。
凝り固まった身体をほぐすようにうーんと背伸びをして、椅子から立ち上がる。授業が終わって早数時間。窓の向こうには、すっかり暗くなった世界が広がっていた。
そろそろ帰ろうかなあ。でも今日は珍しくかなり集中できていたし、軽く何かお腹に入れてもうひと頑張りできそうな気がするしなあ。どうしよっかなあ。
悩んでも悩んでも答えが決まらない。そこでまた腹の虫が鳴く。なるほど。いまいち思考がまとまりきらないのは脳に糖分が足りていないからだ。そう判断した私は、先に売店に行ってお腹の虫を黙らせることにした。
売店は自習室から近い場所にあって、部活生や私のような自習生のために遅くまで開いている。私はお昼ご飯がお弁当だから、普段はあまり売店に行かない。そのせいか、売店に行って何かを買うということ自体にうきうきしていて、自然と歩調が軽やかになっていた。
ものの数分で辿り着いた売店には、パンやおにぎり、お菓子など、コンビニと同じようなものが少量ずつ置いてあって、どれを買おうか迷ってしまう。菓子パンやおにぎりにもそそられるけど、家に帰ったら夜ご飯が待っていることを考えると、ここは小袋のお菓子ぐらいの量が無難だろうか。
お菓子コーナーに移動して陳列棚へと視線を向ける、その前に、私の視界に入ってきた人影。ひょろっとしたシルエットに目を引く髪色は、間違いない。同じクラスの天童君だ。天童君は私に気付いて、すぐに声をかけてくれた。


「こんな時間まで何してんの?」
「受験生がやることといったら勉強に決まってるでしょ」
「ふーん。偉いねぇ」
「天童君も一緒にやる?」
「絶対ヤダ」


私は「だよねぇ」と返しながら、今度こそ陳列棚へと目を向けた。さて、私の小腹を満たす糖分は何にしようかな。
私が少し迷っていると、横からにゅっと手が伸びてきて天童君が「新発売」という謳い文句がついたチョコレート菓子を手に取った。


「それ買うの?」
「ウン」
「天童君って甘いもの好きなんだ?」
「ウン」
「じゃあオススメのお菓子ある?」


どれが良いかわからなくて、というか、どれも美味しそうだから選べなくて、何でも即決できそうなイメージの天童君に委ねてみる。すると天童君は、案の定、迷いなくキャラメル風味の新作チョコレートを手に取った。


「それ美味しいの?」
「わかんない」
「食べたことあるんじゃないの?」
「ないよ。だから今から食べようと思って」
「自分用かあ」


タイミング的に私用のお菓子を選んでくれたのかと思って早とちりしてしまったけど、天童君も自分用のお菓子を買いに来ているわけだから、自分が食べたいお菓子を選ぶのは当然である。
仕方がない。自分で適当に選ぶか……と、再び陳列棚に目を向けたら、その視線を遮るようにぬっと天童君の顔が近付いてきて飛び退いた。天童君は時々距離感が狂っていることがあるから心臓に悪い。


「これ、今から“一緒に”食べようと思ったんだけど、まだ他にも食べるの? 太るよ?」
「え、なっ、太るとか、そういうことは女の子に言っちゃだめ!」
「ごめんごめん。で、どうする? 夜食用に低カロリーなやつ選んであげてもいいけど」
「……じゃあひとつだけ、夜食用に」
「オッケー」


なぜか今から天童君と一緒にチョコレートを食べる流れになっちゃったけど、まあいっか。
天童君は陳列棚からもう一つ小袋を取るとレジに向かった。ていうかちゃっちゃと支払いを済ませてるけど、それ、私の分もあるよね?


「天童君、お金……」
「はいこれ。どーぞ」


財布からお金を出そうとしていたら、その財布の上にチョコレート菓子の小袋が置かれた。


「受験勉強頑張ってるみたいだから、俺からのゴホウビ」
「天童君だって受験勉強頑張らなきゃいけないんじゃないの?」
「んー、俺はまあ、だいじょーぶだから。そんなことより早く食べよーよ」


受験を「そんなこと」と言ってのける天童君は大物だなあと思う。そうか、受験って「そんなこと」か。確かに、これからの長い人生の分岐点の一つにしかすぎないと思ったら「そんなこと」かもなあ。
今まで自分を追い込んで勉強していたせいで疲れ気味だった私にとって、天童君の軽い一言はチョコレートよりも癒し効果があったかもしれない。


「ありがとう、天童君」
「それ夜食にぴったりなサイズでしょー?」
「うん、そうだね」


たぶん私のお礼の本当の意味がわかっていない天童君は、一緒にチョコレートを食べながらオススメのお菓子を教えてくれた。
心身ともに糖分補給完了。おかげで思考はクリア。だから即決できた。今日はもう帰ろう。帰って、天童君からもらった夜食を食べながら勉強した方が、絶対に捗ると思うから。