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おかえりマイラバー


お前のせいじゃない。だから気にしなくて良い。昔のことは忘れろ。
周りからそう言われたし、自分自身でも何度も言い聞かせてきた。けど、無理だった。俺にとって名前は、それだけ大切な女の子だったから。

名前とは所謂、幼馴染ってやつで、お互いの家が目と鼻の先にある。小さなガキの頃は男女の差なんて気にしないわけで、俺達は物心ついた頃から一緒に遊んでいた。
女の子らしくないってわけじゃないけど、箱入り娘ってわけでもない。ただ、どちらかというと活発な女の子だったと思う。俺達以外の近所の奴らと遊んでいた時も、名前は男子とつるんでいることが多かったし。そんな感じだから、俺は軽い気持ちで煽ってしまったのだ。
小学校に上がる前、まだ幼稚園の年長の頃だった。高い高い木の上になんとかよじ登ることができた俺は舞い上がっていて、危ないから降りた方が良いと、今ならごもっともだと納得できる声かけをしてきた名前の発言に、素直に応じることができなかった。それどころか、お前はできねーからそんなこと言ってんだろ!と、闘争心に火をつけるようなことを言い返してしまったのだ。
案の定、負けず嫌いな名前は、俺に煽られるまま木をよじ登り始めた。幼稚園の年長とはいえ、俺はそこそこデカい方だったし、たぶん体力も平均以上備わっていたのだと思う。
かたや名前は、女の子の平均ぐらいか、もしかしたら少し小柄な方だったかもしれない。力の差なんてあまりなかったかもしれないが、俺よりは弱かったんじゃないだろうか。
名前は木登りの途中で、それなりの高さから落下して全身を強打。幸いにも頭は打たなかったし命にも別状はなかったが、俺はこの先一生、伸ばした手が空を切ったあの瞬間を忘れることはできないだろう。

そんなことがあってから、俺は名前とそれまでと同じように過ごすことができなくなってしまった。周りからどうこう言われたわけではない。全ては俺自身の問題だ。
小学校、中学校と進学しても、まるで全く知らない赤の他人のように振る舞った。俺は昔からの性格を変えられないままだったから、またこの性格のせいで名前にとって良からぬ災いをもたらしてはならない。心のどこかでそう思い続けてきたのだ。
高校になると、さすがに進学先が変わって、ほとんど顔を合わせることがなくなった。ホッとした反面、もう名前とはまともに会話をすることがないままなのかと思うと、胸がチリチリと焼け焦げるような感覚に襲われた。
でも、こうなるように仕向けたのは俺だ。だから、ヘコむ資格なんてない。
このまま時間をかけて忘れていけばいい。忘れるのは無理だとしても、苦い思い出になればいい。ガキの頃の淡い気持ちなど、あと何年かしたら風化していくはずだ。そうであってくれ。

俺の願いは、聞き入れられなかった。


「やめてくださいっ!」


部活の帰り道、そんな声が聞こえてそちらに目を向ければ、身に覚えがありすぎる女子が1人の男に腕を掴まれているところを目撃してしまった。その女子は、間違いなく名前だ。
明らかに絡まれている様子だが、通行人が助けてくれそうな雰囲気はない。俺が行くべきだろうか。しかし、名前には今まで何年も関わらないようにしてきたのだ。ここで俺が出て行ったことで名前に不利益が生じたら、それこそ目も当てられない。
行こうか行くまいか、迷う。迷って、ここで行かなかったら死ぬほど後悔するだろうと判断した俺は、名前の腕を掴む男の腕を掴んだ。


「嫌がってるみたいですけど」
「あ?誰だお前」
「誰でもいいでしょ。手、離してくださいよ」


こういう時、デカいってのは便利だ。喧嘩は強い方じゃないけど、相手は俺のデカさに尻込みしたらしく、舌打ちをして逃げてくれた。


「ありがとう」
「別に。たまたま見かけただけだし」


あの頃と同じ呼び方なのに、あの頃より大人びた声に頭がぐらぐらした。けど、俺はかなり上手く平然を装って素っ気ない言葉を返すことができたと思う。我ながらアッパレだ。
付いてくんなと言いたいところだったが、家が同じ方向だと知っている以上そんなことを言うわけにもいかず、図らずも俺達は2人で帰路につく格好になってしまった。この何年間もの俺の苦労は何だったんだと思わせる時間。苛立ちと妙な焦燥感に、自然と歩調が速くなる。


「堅治君」
「……」
「私ずっと、堅治君に謝りたかったの。ごめんなさい」
「お前が謝らなきゃなんないことなんかないだろ」
「でも堅治君、ずっと怒ってるよね?」
「は?何に?」


背後から耳を疑うような発言が聞こえて、思わず足を止めた。俺がずっと怒ってる?何に対して?
振り返った先にある名前の顔は、声と同様、当然のことながらやっぱりあの頃より随分と大人になっていて、キョトンとしている顔ですらも綺麗に見えてしまうから目の毒だ。


「あの時のことで迷惑かけちゃったのかなって、だから私といるのが嫌になって話もしてくれなくなっちゃったのかなって思ってたんだけど……違うの?」
「そんなんじゃねーし」
「じゃあなんで私のこと避けるようになったの?」


ずばり核心を突く問いかけに、俺は口籠る。本当のことを言ったら、それこそ名前は申し訳ないと思うだろう。そんなこと気にしなくて良かったのに、とかなんとか言われるかもしれない。
そんなこと、言われなくてもわかっているのだ。俺が関わろうが関わるまいが、今日みたいに名前に危険が及ぶことはある。どんなに距離を置いていたって、名前が常に安全で幸せに過ごせるとは限らない。
ただ俺は、自分が名前を傷付けるのが怖かった。誰かのせいではなく、自分のせいで名前が傷付く姿は、もう見たくなかった。だから距離を置いた。名前を守るためじゃない。自分のために。
こんなみっともない理由を答えるわけにはいかなくて、俺は無言のまま名前に背中を向け、再び家に向かって歩き出す。逃げることしかできない自分が、心底カッコ悪くて嫌いだ。


「堅治君っ」
「今度は何だよ」
「堅治君はたぶん私のこと嫌いになっちゃったと思うけど、私はずっと堅治君のことが好きなままだよ」


せっかく歩き出したというのに、また立ち止まらざるを得なくなった。そりゃあそうだ。予想だにしていないカミングアウトが聞こえてきて、足を止めないわけにはいかない。やっとのことで俺に追い付いた名前が、隣で息を弾ませている。
今こいつは何と言った?誰もいない道端とは言え、公共の場でとんでもないことを言わなかったか?好きってなんだ。しかも、ずっと、って。そういう意味の好きなのか?だとしたらそれっていつからだよ。そんなの知らねーよ。
知っていたら避けたりしなかったのに、なんてのは言い訳だ。本当に、カッコ悪い。カッコ悪すぎて、ダサすぎて、反吐が出る。けど、今は自分を責めるより先にしなければならないことがあった。


「それ、マジで言ってんのかよ」
「マジだったら困る?」
「困る」
「……ごめん」
「そういうのは普通男から言うもんだろ!先に言うなよばーか!」


こうなったら腹を括ってきちんと真面目に言おうと思っていたはずなのに、どうして俺ってやつはこんな言い方をしてしまったのだろうか。照れ隠しだとしても、さすがにひどすぎる。
今みたいな言い方をされたら、普通の女はキレるか泣くかのどちらかだと思う。けど、名前はそのどちらでもなくて、ぽかんと呆気にとられた後それはそれは嬉しそうに顔を綻ばせた。それも「よかった」って呟きを落としながら。


「じゃあ堅治君からどうぞ」
「は?何を」
「愛の告白?」
「ばっ……言うわけないだろ!」
「先に言っちゃったから怒ってるの?ごめんってば」
「違ぇーし!」
「待ってたらいつか言ってくれる?」


その問いかけには答えなかった。答えはもっと良いシチュエーションで。名前よりカッコ良く言わないと男が廃るだろ、ばーか!