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連愛リミッター解除


※社会人設定


初恋の元カノと再会した。しかも本当に偶然、大都会東京のど真ん中にあるビルのエレベーターの中で。
こんな奇跡が起こった理由はただひとつ。神様が俺の未練たらたら具合に痺れを切らせて、踏ん切りをつけさせようとしたからに違いない。…というのは、俺の都合の良い解釈だが、でも、あながち間違っていないんじゃないかと思う。

未練たらたら。つまり俺は、いまだに元カノである名字名前への気持ちを断ち切れぬまま大人になってしまっていた。こういう言い方をすると、俺がフラれた、みたいなニュアンスに聞こえると思うが、別れ方は非常に円満だった。
よくある理由だ。高校卒業時「これからお互い別々の大学に進学して、忙しくなったら連絡を取り合うのも難しくなるかもしれないし、お互い負担になるのは嫌だから別れましょう」ってやつ。
別れ話を切り出したのはどちらからだったのだろう。それはあまり覚えていない。しかしその時から、別れなくても良いんじゃないか、という気持ちは少なからずあったと思う。そんな気持ちを燻らせながらも、未練がましいカッコ悪い男だとは思われたくないという小さなプライドのせいで、俺は潔い男として別れをすんなり受け入れてしまった。つまり、自業自得だ。

別れたばかりの頃は、まあ別れたばっかだし嫌いになったから別れたってわけじゃないならこんなもんかなー、と思っていた。時間が解決してくれるのだろう、と。
それが、蓋を開けてみればどうだ。俺は何年経っても名前のことを忘れられずにいる。それどころか、年々想いを強くさせているとすら感じている始末だ。
もちろん、他の女の子と付き合ったり合コンに参加したりもした。新しい恋愛が過去の恋愛の傷を癒すというのはよく聞く話だから。
結論から言うと、その作戦は逆効果だった。失礼なことだとは思うが、無意識のうちに相手の女の子と名前を比べて、自らの傷を抉ることになってしまったのだ。相手の女の子にも申し訳ない気持ちになるし、良いことなしである。
俺ってめちゃくちゃ名前のこと好きだったんだ、って何年もかけて自分自身の中での理解を深めたところで再会したものだから、こんなの絶対神様の采配じゃん?って思うのも無理はないわけで。そうなったら当然、この機会を逃すわけにはいかないわけで。


「連絡先変わってない?」
「なんでそんなこときくの?」
「そこは察していただけたら嬉しいんですけど」
「……変わった」
「教えてって言ったら教えてくれる?」
「嫌だって言ったら諦める?」
「それはちょっと意地悪すぎない?」
「うそだよ」
「ん?」
「連絡先、変わってない」


女の子って怖い。この数年の間に名前は「女の子」から「女」へと成長していて、俺が知らない大人の駆け引きみたいなものができるようになっていた。しかも余裕たっぷりの微笑みまで添えられるようになっているものだから、再会してからは振り回されっぱなしだ。
かたや俺はというと、「男の子」から「男」に成長しきれていないものだから、見栄を張りたいという妙なプライドが捨て切れていなかった。


「じゃあ気が向いたら連絡するわ」
「気が向いたら、ね」
「ボクが気を向けちゃっても困りませんか?」
「……知らない」


名前がどんな気持ちで俺との会話を続けていたのかは分からない。確認する勇気などなかった。ただ、再会を喜んでいる様子は感じられなかったように思う。俺はこんなにも胸を躍らせているというのに。
落胆している間もなく、エレベーターは1階に着いた。お互い仕事中ということもあり、エレベーターを降りてからは挨拶もそこそこにあっさりと別々の道へ進む。それもまた、俺は少し寂しかったりして。どこまでも情けない「男の子」だと自嘲するしかなかった。


◇ ◇ ◇



名前との再会を果たしてからというもの、俺はわりと積極的にアプローチを続けていた。
再会した日の夜に早速連絡を入れて、久し振りに飯でもどうかと自然な流れで食事に誘い、2人きりで居酒屋に行って酒を飲んだ。もしかしたらうっかり男女の仲に戻ったりしないだろうかと密かに期待していたが、そこは何事もなく終電までにきっちり帰った。
まあいい。お互い初対面というわけではないし、何度も逢瀬を重ねていればそれなりに昔の雰囲気を思い出すだろう。
そう思いながら過ごすこと3ヶ月。再会した暑い7月から肌寒い風が吹き付ける10月になっても、俺たちは元カレと元カノから何ひとつ進展していなかった。
避けられているわけではない。定期的に食事には行くし、スマホでのやり取りも続いている。しかし、食事に誘うのはいつも俺からだし、飲みすぎて終電逃しちゃった、なんて美味しい展開になりそうな雰囲気も全くない。
ちなみに彼氏がいないことは確認したが、気になっている男がいるのかまでは確認していない。もしそれで「いるよ」と返事をされたら、自分がかなりのショックを受けると分かっているからきけずにいるのだ。俺の意気地なし。


「黒尾は暇なの?」
「は?なんで?めちゃくちゃ忙しいですけど?」
「定期的にご飯誘ってくるから暇なのかと思った」
「……あのさ、名字ってそんなに鈍感だったっけ?」


あの頃と同じように名前で呼びたい気持ちはあれど、向こうが「黒尾」と呼ぶからなんとなく「名字」と呼んでいる。そのことにも少なからずショックを受けているというのに、いつも通り夜ご飯を食べ終えた帰り道で思わぬ言葉を浴びせられた俺は、溜息を零してしまった。
もし俺の心が本当にガラスでできていたら、とっくに粉々になっていると思う。そりゃあもう、元の形に戻すことは絶対に不可能だと言い切れるほどに。
俺なりに分かりやすくアプローチし続けてきたつもりだ。何度も食事に誘って、連絡を途絶えさせぬようマメに返事をして。そりゃあ今でも好きですと直接的に言ったわけではないが、それなりに気を持たせるような素振りをしていたと思っている。
それなのに、名前には何も伝わっていなかったということなのか。怒りたいような、泣きたいような、どうしたら良いか分からない感情を持て余す。

そんな時、名前の隣を猛スピードで自転車が駆け抜けて行った。暗く電灯もない夜道で俺たちの姿は確認できなかったのかもしれないが、ぶつかっていたら大怪我どころでは済まなかったかもしれない。
咄嗟に俺が自分の方に引き寄せたから事故にはならなかったが…と思ったところで、名前との距離の近さに気付いた。俺の腕の中にすっぽりおさまるサイズ。柔らかい感触。ついでに良い匂いまでするし、「離して」と抵抗もされない。
恐る恐る顔を覗き込めば、驚きと恐怖と安堵が混ざった瞳と視線がぶつかった。周りには誰もいない。距離は相変わらず近いまま。だからつい、言ってしまった。


「ちゅーしていい?」


尋ねてすぐにハッとした。何言ってんだ、って。まだその段階じゃねーだろ、って。めちゃくちゃ後悔した。
当然、名前は「だっ、だめっ!」と俺を突っ撥ねる。そりゃそうだと思うけど。そんなに全力で逃げなくても良いじゃん、という思いは自分自身の中だけに留めた。「男の子」である俺は傷付いたところなんて見せるわけにはいかないのだ。


「ですよねー分かってまーす」


戯けて両手を挙げる降参ポーズをして見せれば、名前はぷいっと顔を逸らして駅までずんずん歩き始めてしまって、そんなに嫌だったのかよ、とまた1人でヘコむ。
散々ハートをボロボロにされたわけだから、これで諦められたら良かったのに、諦めるべきなのに、未練がましい俺はまだまだ自分の気持ちが整理できなくて。次に食事に誘った時には、断られるかと思ったのにすんなり了承してくれたら、まだイケるかも、と期待してしまった。
俺のこと嫌ってたら食事の誘い断るよな?断らないってことはまだ脈アリだよな?と何度も自問自答を繰り返した結果、俺は、まだチャンスはある、と判断した。

だから、その食事中、居酒屋のカウンター席で名前がばったり職場の男の人に遭遇して「そちらは彼氏?」と尋ねられた時に「違います!」と返事しようとするのをどうしても阻止したくて、俺は肩を引き寄せて「そう見えるならそうですかね」などと調子に乗った言動をしてしまったのだ。
幸いにも名前の職場の男の人は色々と突っ込んできいてくることはなく「なるほどねぇ」とニヤニヤしながら奥のテーブル席の方に消えて行ったが、そのタイミングで突然の出来事にフリーズしていた名前が正気を取り戻し、俺を突き放した。


「何してくれてんの!?」
「なんか、つい、ねぇ?」
「何が、つい、なの!?全然意味わかんないし!」
「ダメだった?」
「そりゃダメでしょ!絶対誤解されたじゃん」
「じゃあ、嫌だった?」
「そ、そういう問題じゃないっ」


嫌とは言わないんだ、って。憤慨しながらお酒を煽り飲んでいる名前の隣で性懲りもなくほくそ笑んでしまう俺は、めでたい思考の持ち主なのだろう。
酒の席だし。なんかもう、色々と疲れてきちゃったし。俺も限界だし。投げやりになったわけではなく、もうこの感情を抑え込むことができなくなって、俺は核心に迫ることを決意した。


「俺のこと、もう好きじゃない?」
「な、なにを急に……」
「おわかりの通り、俺はずっと名前チャンのことが好きなままなんですけど」


騒つく居酒屋のカウンター席で言うことじゃなかったなあという後悔は、後ですることにした。狼狽える名前は空っぽになったグラスをじっと見つめていて、俺の方を見ようともしてくれない。
でも、ほんのりピンク色に染まった頬はお酒やチークのせいじゃないと思うから。そう、信じても良いと思うから。


「ボクの初恋、名前チャンなんで。そう簡単に忘れられないんですよ」
「なんでそんな胡散臭い言い方するの」
「こういうこと真面目に言うの恥ずかしいじゃん」
「真面目に言わなきゃいけないことは真面目に言いなよ」
「それ、ここで言っていいの?」
「……じゃあどこで言ってくれるの?」


「女」である名前は「男の子」の俺を「男」にする魔法も使えるようになっていたらしい。「どこでも好きなところで」って答えたら、あとはもう、その手を取ってお店を出るしかないわけで。