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青から赤に変わる秋


一目惚れだった。私がこんなことを言える立場じゃないことは重々承知だけれど、それでもあえて言わせてもらおう。ぶっちゃけ、見た目はそこまで好きなタイプじゃなかった。けれど、私は間違いなく彼に一目惚れしたのだ。
見た目がタイプじゃないならどうして惹かれたのか。それは永遠の謎。しかし、これだけは言える。私の目に狂いはなかった。


「アキくんは秋生まれだから秋紀って名前なの?」
「さあ…どうだろ。名前の由来とか聞いたことねーなあ」


興味本位で尋ねてみたことに、彼はちっとも興味なさそうな返事をした。私と彼がこうして付き合えているのは、少なからず彼の名前が関係しているというのに、その反応はちょっと寂しい。でも、まあそうだよね。名前の由来を親に尋ねることなんて、そんなにないか。
カップの中に残っているぬるくなったミルク入りのコーヒーを飲み干した私は、彼が私と同じようにコーヒーを飲み終えたのを確認してから本題を切り出すことにした。そう、今日は非常に大切な話題があるのだ。恐らく彼も期待している話題だと思うからサプライズでもなんでもないけれど、そこは許してほしい。


「アキくん」
「何?」
「たぶん期待してると思うから先に言っちゃってもいいかな?」
「はい。お願いします」
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」


恋人という関係になってから初めて迎える彼の誕生日。先月の段階でお互い有休を申請してまでこの日にデートの約束を取り付けたのだから、何も期待するなという方が無理な話だ。
ちなみに私の誕生日の時も同じように有休を申請して、ちょっとお高めのレストランで夜ご飯を食べたりした。勿論プレゼントももらった。その時にもらったネックレスは今日しっかり身に付けている。
サプライズプレゼント!なんて手の込んだことはできないけれど、きちんとプレゼントは用意した。いらないものをあげても仕方がないと思い、事前に聞いておいた彼の欲しいものリストの中から、私が選んで買いに行ったのだ。
どうぞ、と何の面白味もなくプレゼントを渡すと、彼はクリスマスの朝にサンタクロースからのプレゼントを開ける子どものように顔を綻ばせた。開けていい?と確認してくるところなんて、まさに子どもである。
私が頷いたことを確認した彼は、丁寧にラッピングされたリボンを外して中を確認した。表情を見る限り、喜んでもらえたようでホッとする。


「キーケースほしいって言ったけどマジでくれると思わなかった」
「ほしいものあげるよって言ったでしょ」
「でもこれ高いやつじゃん」
「社会人だもん。アキくんだって私の誕生日の時奮発してくれたでしょ?」
「そりゃあまあ……それは男として見栄を張りたかったっていうか」
「それは私も同じです」


学生じゃあるまいし、そこらへんの安物をあげるのはなんとなく嫌だった。社会人の彼女としての小さなプライドだ。
ごく普通の会社務めの私にめちゃくちゃ高級なブランド物を用意することはできなかったけれど、それなりのブランド。大人の男が持っていても恥ずかしくないものを選んだつもり。頭を悩ませた甲斐あって、彼はとても気に入ってくれたようで、こちらとしても嬉しい。
平凡な誕生日の祝い方。お昼ご飯を食べて、ぶらりとウィンドウショッピングを楽しんで、ちょっとオシャレな感じのカフェで一休みして、誕生日プレゼントを渡して。これから行く夜ご飯のお店は彼のリクエストで個室のある創作居酒屋だ。
適度に背伸びをして、適度に気を抜いて。別に示し合わせたわけでもないのに、彼とは何気ないところで波長が合うから心地良い。


「夕飯って店予約してる?」
「うん。7時に」
「じゃあそれまでまだちょっと時間あるな」
「どこか行きたいところある?」
「いや、それはないんだけど」
「けど?」


中途半端に含みのある言い方をする彼をじっと見つめてみる。一瞬目が合った。けれどもすぐにふいっと逸らされて、何か隠していることや言いにくいことがあるんだなと察する。
彼は隠し事が苦手だ。既に空っぽのコーヒーカップを手に取って、中身がないことに気付いて手を離す動作は完全に挙動不審。ご覧の通り、何かを隠そうとしている時はとても分かりやすい。


「今日の主役はアキくんなんだから、何にでも付き合いますよ?」
「あー…うん、」
「何?変なアキくん」


彼は手持ち無沙汰なのだろう。それまで愛用していたぼろぼろのキーケースから私があげたキーケースに鍵を付け替える作業をしながらの返事は完全に上の空。そんなに言いにくいことがあるのだろうか。
彼がここまでそわそわするようなことって何だろう。彼の誕生日。私に言い出しにくいこと。……いや、さすがにそんなベタなことはないか。ない……か?
何度も言うように、彼は分かりやすい。思考はわりと単純で、そんなところも含めて可愛くて好きだ。だからこれからどれだけベタな展開が待っているとしても、私は喜んで受け入れられる。


「今にする?」
「へ?」
「アキくんのお好きなタイミングでお好きなようにどうぞ」
「……もしかして俺が考えてることバレてる?」
「合ってるかは分かんないけど、そうだったらとっても嬉しいなあと思ってることはあるよ」
「何?」
「言わない。外れてたら恥ずかしいから」
「いやもうここまできたら絶対合ってんじゃん」
「そんなの分かんないよ」


言い淀んでいる彼の前で頬杖をついて、ふふふ、と笑って見せる。彼は、あー、とか、どうしよ、とか小さくぶつぶつ呟いていたけれど、漸く覚悟を決めてくれたらしい。
ごそごそと小さなボディバッグから取り出したのは、まさに私が「そうだったらいいな」と思い描いていた小箱だった。机の上にトンと置かれ、ずいっと私の方へ差し出される。彼はすごくバツが悪そうだけれど、私はもう口元を引き結ぶことができないほど浮かれていた。


「やっぱ俺にはサプライズとか無理だわ」
「十分サプライズだよ」
「全然驚いてねーじゃん!」
「驚いてるってば」
「ニヤニヤしてるし!」
「これは私が受け取っていいやつですか?」


そうじゃなきゃ困るけど、期待しているものがこの小箱の中に入っていてくれるかどうかまだ確認はしていないけれど、でも、彼の顔を見たら分かる。私の期待は裏切られないって。


「ほんとはもっとイイ感じにさらっと渡す予定だったんだけど」
「うん」
「夜ご飯の後と今と、どっちが良いかなって悩んでたらそれのことしか考えられなくなっちゃって」
「アキくんらしいね」
「こんなキマんない男だけど、これから先もずっと付き合ってくれたら嬉しいです」


やべぇ、すっげー恥ずい。
赤らめた顔でそんなことを呟きながら、早く小箱の中身を見てくれと促す彼が可愛くて、私は中身を見る前から笑いを溢してしまった。ついでに「宜しくお願いします」って返事も中身を見る前にしてしまったものだから、彼は目を丸くしている。


「中見てから返事しなくて大丈夫?」
「うん」
「いや、そこは見てほしいんだけど」
「ふふ。見るよ。今から見ます」
「逆に緊張するじゃん」
「わ!可愛い!」
「名前ちゃんのが可愛い」
「今そういうこと言う?」


完全に私が主導権を握っている流れだったのに、突然突拍子もない攻め方をされて顔に熱が集まる。普段そんなこと言わないくせに、急にさらりとキザなこと言ってくれちゃって。
私が柄にもなく照れているのを見て彼は非常に満足そうで、小箱の中から取り出したそれを私の左手の薬指につけようとしてくれた、けれど。


「……ぶっかぶかだね」
「サイズなんとなくで選ぶの無理だよな、やっぱ」
「どうやってサイズ測ったのかなって思ったけど適当だったんだ」
「さりげなく測るとか俺にできると思う?」
「できないね」
「ってことで、今から行くところ決定」
「え?」
「これ、ちゃんとサイズ変更してもらえるって確認済みだから。なんならデザイン変更もオッケーってお店の人に言われてるから。お店行って変えてもらお」
「デザインはこれがいい。アキくんが選んでくれたやつがいいの」
「それはよかったです」


言いながら、彼は薬指からキラキラのそれをするりと抜いて箱に戻す。席を立って、私に手を差し伸べ「行こ?」と声をかけてくる彼は、いつもよりちょっぴりカッコよく見えた。
彼の手を取る。お店まで仲良く手を繋いで行って、サイズ変更をお願いして、あっさりと終わった一生に1度の大切な瞬間。でもそれがとっても幸せだった。これが私達の日常なんだ、ってじんわり感じることが、何よりの幸せ。
私、アキくんのこと好きだなあ。
季節は、私達の始まりである秋を迎える。