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太陽は沈まない


※社会人設定


「えっ!食事行くの!?」
「うん!みんなが一緒に飯食おーって言うから!名前も行くだろ?」


そんなにキラキラした目で言われたら頷くしかない。けど、私はできれば頷きたくなかった。
彼の言う、みんな、とは、チームメイトのこと。日向君とか、宮君とか、佐久早君…は、いないかもしれないけれど、まあそこらへんの、ムスビィブラックジャッカルのメンバーのことである。
チームメイトの皆は私と彼が付き合っていることを知っていて、何度か食事の席も共にした。だからみんなで仲良く食事に行くことが嫌なわけではない。問題は、その日にちである。

彼がみんなで食事に行こうと誘ってきたのは、明日。9月20日。その日は彼、木兎光太郎の誕生日だ。別に明確な約束をしたことはないのだけれど、付き合い始めてからのこの2年間、誕生日は2人きりで仲睦まじく過ごしてきた。だからそれが暗黙の了解だと思っていたのだけれど、どうやらそういうわけではなかったらしい。
恋人同士だからといって、2人きりで誕生日を祝わなければならないという決まり事があるわけではない。そんなのに固執する方がおかしいような気さえする。
けれども、チームメイトのみんなと食事に行くとなると、彼は大はしゃぎで飲み食いして、帰ってから爆睡するだろう。食事に行く前は当然のようにバレーの練習があるから一緒には過ごせない。となると、2人きりで過ごす時間は必然的になくなる。

 はあ。彼は私が溜息を吐いた意味など全く分からないだろう。なんなら、溜息を吐いたことにさえ気付いていないかもしれない。
 彼は大らかで細かいことは気にしない性格だ。それがいいところ。しかしそれは裏を返せば、鈍感ということである。彼が鈍感なのは今に始まったことではないし、それを承知で付き合い始めたのだから、今更どうこう言うつもりはないけれど、それにしたってもう少し何かしら察してくれても良いんじゃないかと思ってしまう。


「私はいいよ。家で待っとく」
「なんで!?日曜日だから仕事休みじゃねーの?」
「そうなんだけど…私、部外者だし」
「今までだって一緒に飯食ったことあるじゃん。誰もそんなの気にしないって」
「実はあんまり体調良くなくて」
「え、マジ?熱あんの?風邪?」
「熱とかないしただちょっとだるいだけだから大丈夫。気にしないで」


我ながら下手な嘘を吐いたなと思ったけれど、良くも悪くも単純な彼は綺麗に騙されてくれて、いまだに私の顔や身体をペタペタ触っている。その手をやんわり解いて、そろそろ寝なきゃ、と彼から離れる自分の、なんと切ないことか。
まあいいや。誕生日当日に祝えなくたって、別の日に改めてお祝いすれば良いわけだし。実はケーキも予約してしまったのだけれど、それは冷蔵庫に入れておいて早めに食べることにしよう。
彼は暫く納得できないと言わんばかりにこれでもかと眉を顰めていたけれど、私がそれ以上何も言わないと悟ったのか、追求されなくなった。

そんなわけで迎えた誕生日当日。せめて朝1番におめでとうを言おうと思っていたのに、彼が寝坊したせいでまともに会話をすることすらままならなかった。
慌ただしく家を出ていく彼の背中を見送っていたら、無性に悲しくなって、ちょっぴり熱くなる目頭。でも大丈夫。平気平気。泣くようなことじゃない。
そう自分に言い聞かせて、思考を別のことに持って行くために無理やりどうでも良いことを考え始める。お風呂掃除まだしてなかったな。掃除機もかけなくちゃ。その後は買い物に行こう。夜ご飯何にしようかな。1人だから何でもいっか。…1人、なのか……。
せっかく他のことを考えて気を紛らわせようと思ったのに、気付いたら彼の顔を思い浮かべている。今更気付いてしまったけれど、私は随分と彼にご執心のようだ。彼の方はそんなことなさそうだから、こんなのただの重たい女だよなあ。

考えれば考えるほどヘコんで、そうなってくると何もやる気がおきなくて、私は結局どうにかこうにか掃除だけして布団に潜り込んだ。本当に体調が悪くなってきたような気さえする。
あ、ケーキだけは取りに行かなきゃ。私はケーキの存在を思い出し、適当な格好でささっとケーキを取りに行って冷蔵庫に突っ込むと、今度こそ布団に包まった。
 どうせ彼はみんなと楽しく夜ご飯を食べるのだから、帰りが遅くなるだろう。ちょっとぐらい寝ていたって問題ない。半分不貞寝のような感じで、私は目を瞑った。


「名前…?」
「……あれ、光太郎?」
「起こしてごめんな。体調どう?」
「おかえり…やば、私そんなに寝てた?」
「いつから寝てんのか知んないけど、今6時」
「6時!?朝の!?」
「いや、夜の」
「夜の?」


愛しい人の声で目覚めることができたのは幸せだけれど、寝惚けた頭では状況が理解できなかった。
横たわっている私の傍に心配そうな面持ちで立っているのは間違いなく私の彼氏である木兎光太郎。しかし彼は今日、チームメイトと夜ご飯を食べに行くはずなのに、どうしてこんな時間にこんなところにいるのだろう。一旦帰ってこなければならない用事でもあったのだろうか。
上体を起こす私を見て、起きていーの?無理しなくていーんだぞ!と気遣いの言葉を投げかけてくれる彼は、どこまでも純粋だ。こうなってくると、自分の吐いた浅はかな嘘がどうしようもなく汚らわしいものに思えてならない。いや、実際本当に汚らわしいものなのだろうけれど。


「私は大丈夫だから。早く行かないとみんな待ってるでしょ」
「飯食いに行くのやめた」
「え、なんで、」
「名前のこと心配だし、一緒に行かないならつまんねーよなあと思って断った!」


あっけらかんと言ってのける彼は、カラカラと、太陽顔負けのぴかぴか笑顔。こっちが焼け焦げてしまいそうなほど眩しくて、それまで2人で過ごせないことがどーのこーのと悩んでいた自分が、溶けて消えていくのを感じた。
彼はそういう人だ。思ったことをそのまま口に出す。だから誤解されたり、場合によっては相手を傷付けてしまうことも少なくない。けれど、だからこそ、救われることも沢山ある。
全部本心なんだなあって、嘘なんてこれっぽっちも混ざってないんだろうなあって、無条件に信じられるから。私は彼の腰にがばりと腕を回し、胸元に顔を押し付ける格好で抱き付いた。


「何!?なんかあった!?」
「違うの、私、ごめんなさい…ほんとは全然、体調悪いとか、そんなんじゃないの」
「へ?元気なの?」
「うん。食事会行きたくなくて、嘘吐いちゃったの…ほんとにごめんなさい」


なんでそんな嘘吐くんだよ、とか、仮病使うなよ、とか、心配して損した、とか、何を言われたって仕方がないと覚悟して、本当のことを打ち明ける。すると彼はただ一言、良かった〜!と。それだけ落として、私をぎゅっと抱き締めてくれた。
彼は私を微塵も責めない。それどころか、飯無理やり付き合わせちゃダメだよな〜そうだよな〜、と反省し始めていて、なんだかもう、これ以上ないほど胸がいっぱいになった。


「ご飯一緒に行きたくなかったのは、今日、光太郎の誕生日だから…2人きりで過ごしたいなって、私が勝手に、ちょっと、拗ねてただけで…光太郎は何も悪くないよ」
「たんじょーび?」
「え。うん。光太郎の誕生日。9月20日。今日だよね?」
「ほんとだ!俺!今日誕生日だ!やった!」


いや、うん、もしかしてそのパターンもあり得るのかなと思ったけど、まさかそんな、漫画みたいに自分の誕生日を忘れるなんてさすがにあり得ないよね、って自己完結させたのに。彼は漫画みたいな男だということをすっかり失念していた。
もう笑うしかなくて、このタイミングじゃないよなと思いながらも「お誕生日おめでとう」と伝える。チームメイト達には何も言われなかったのだろうか。もしかして今日の食事会でサプライズ誕生日祝いをしてくれるつもりだったのかもしれない。だとしたら今頃、チームメイトのみんなは困っているだろう。
彼はなんだかんだで人に愛される男だ。だから、私だけが独り占めしてしまうのはよくない。途端にそんな余裕ぶった考えが浮かんできたのは、彼の底抜けの明るさで心臓が温まったからだろうか。私は随分と自分勝手な女である。


「光太郎、食事行こ」
「へ?今から?」
「みんな光太郎の誕生日パーティーするつもりだったのかもしれないでしょ」
「そんなんじゃねーと思うけど…」
「いーの!違ったら、私が誕生日パーティーに変えてあげる」
「マジ!?俺が主役?」
「そう。今日は光太郎が主役」


非常に分かりやすくうきうきわくわくした顔をしている彼を見て冷蔵庫の中のケーキの存在を唐突に思い出したけれど、まあ明日食べても問題ないだろう。


「帰ったら2人でケーキ食べてーなあ」
「冷蔵庫の中、見てないの?」
「見てないけど」
「……ふふ、ケーキ、ちゃんとあるよ」
「マジで!?すげー!よーいしゅーとー!」


子どもみたいに喜ぶ彼を見ていたら、来年も再来年も、10年後も20年後も、ケーキを用意して待っていてあげなくちゃって思わされる。私がそんなに先の未来まで祝える立場でいられるかどうかは、今は考えないことにしよう。
とりあえず今やらなければならないのは、自分の顔に化粧を施して木兎光太郎の彼女として相応しいドレスアップをすること。それだけだ。