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恋する乙女になりたい病


私は恋愛体質なんだと思う。だから、それまで何とも思っていなかった男子でも、ちょっと優しくされただけで転がり落ちるように恋をしてしまうのだ。
その人のこと好きなの?って、友達に何度確認されたか分からない。そして私は、その問い掛けに答えられたことが一度もなかった。
だって、好きってどんな感情かよく分からないし。その人にドキドキして、付き合いたいって思ったら、それはもう恋でしょ?そこに好きって気持ちは必要なのかな。一緒にいて楽しいって思えて、時々キュンとできる。私はそれだけで満足なのに。

そんな私が初めて「好き」を自覚した相手は、1つ年上の先輩だった。付き合い始めたのは、私が高校2年生の秋のこと。だからその先輩はちょうど受験真っ只中で、あまり2人きりで過ごすことはできなかった。
受験が終わったら先輩は当然卒業してしまうから、会う機会はますます減っていった。それでも時々連絡を寄越してくれて、デートしてくれて、私を大事にしてくれていたと思う。否、大事にされていると思い込んでいたかっただけだ。
結論から言うと、先輩は二股していた。しかも私は本命じゃなく浮気相手の方。だから二股していることがバレたら、あっさりと私を捨てて本命彼女の方に行ってしまった。やっとのことで「好き」って気持ちを知ることができたのに。こんなのってあんまりだ。

夏休みを終え、高校3年生の2学期が始まったばかりの放課後。私は1人寂しく教室の机に突っ伏して泣いていた。友達は部活に行ってしまったし、帰宅部の人達はとっくに皆帰っている時間。だから、ちょっとぐらい泣いていたって誰にも見られない。
家に帰ってベッドに顔を埋めて泣けば良いのに、私は帰る元気も出ないほど憔悴しきっていた。生まれて初めての失恋。これが「好き」の代償か。だったらもう、私は誰かを「好き」になんてなりたくないと思った。
誰かを好きになるのは素敵なことだと思っていた。会えずとも先輩のことを考えている時はそれだけで幸せだったから。ちゃんとした恋愛ができて良かったと、心を踊らせていたのに。
考えれば考えるほど、辛くて、悲しくて、みっともなくて、情けなくて。止まりかけていた涙が、また溜まっていくのを感じた。ごしごし、目元を乱暴に擦る。それでも視界が滲むのは止められない。


「あれ?何してんの?」


そんな時だった。教室の後ろのドアがガラリと開いて、そんな声がしたのは。その声には聞き覚えがある。そんなに話したことはないけれど、たしかバレー部の黒尾君だ。どうしよう。まさか人が来るなんて思っていなかった。泣き腫らしたひどい顔なんて、クラスメイトの男子に見られたくない。
しかし、慌てて涙を引っ込めようとしても無理なものは無理だし、かなり前からめそめそ泣き続けていたから、顔を見られたらすぐさま泣いていたことはバレてしまうだろう。じゃあどうすれば、と考えているうちに彼は私のところまで来てしまっていて、万事休す。
顔を見られなければ適当に誤魔化せるかなと思ったけれど、それも無駄な悪足掻きに終わった。彼がしゃがみこんで私の顔を覗き込んできたからだ。


「泣いてんじゃん。どしたの」
「……どうもしてない」
「どうもしてないのに泣く?」


そんなに話したことがない女の子相手に、随分ぐいぐいくるではないか。放っておいてくれたら良いのに、わざわざ近付いてきて顔まで覗き込んでくるなんて、彼は面倒事に首を突っ込んでしまうタイプなのかもしれない。
彼は答えを聞くまで動くつもりがないらしく、しゃがみこんだままじっと私の言葉を待っている。となれば、私ができることはひとつだけになるわけで。気乗りはしないけれど、これも何かの縁だと思うことにして失恋の事実をぼそぼそと伝えた。
「二股をかけられていてフラれた」と言葉にすると、より一層惨めさが増してきて、彼の登場によって引っ込んでいたはずの涙がまた顔を覗かせ始める。駄目。まだ黒尾君が見てるんだから。泣いちゃ、駄目。言い聞かせれば言い聞かせるほど鼻の奥がツンとしてきて、目頭が熱くなる。


「イイ男だったんだ。元カレ」
「分かんない。けど、初めて好きになった人だった」
「初恋ってやつ?」
「たぶん」
「ふーん……」


尋ねてきたのは彼の方なのに、気のない返事をされて少しムッとした。こっちは失恋して傷心中だっていうのに、ちょっと適当すぎやしないだろうか。きいてきたからにはもう少し慰めようとしなさいよ。
私の視線から考えを読み取ったのか、彼は私と目が合うと「ごめんごめん」と、これもまた適当な謝罪をしてきた。絶対に「ごめん」なんて思ってないやつだ。


「こっちこそごめん。部活の途中なんでしょ」
「あー、まあ、うん、それはそうなんだけど」


もう早く行ってくれ、という気持ちを込めて言葉を吐き捨てたのに、彼は歯切れの悪い返事をしたまま、いまだに立ち上がろうとしない。


「そんなに好きなら奪い取っちゃえば良かったのに」
「できたらこんなに苦しんでない」


何も知らないくせに、と悔しくなった。そんなの言われなくたって、できたらやっている。けれど、私にはそこまでの勇気も覚悟も自信もなかった。
本命彼女より私の方が先輩のことを好きだと思っている、なんて言いきれない。結局、私の「好き」なんてその程度のものだったのだ。悔しい。悔しい。彼の指摘で、自分の浅はかさが浮き彫りになったみたいで。
フラれたとか二股をかけられていたとか、それは勿論ショックだった。今でも深い傷を負っている。けれども私が泣いている原因は他にもあるんじゃないかって。皮肉なことに、目の前の彼の言葉で気付かされてしまった。
もはや何による涙なのかは分からないけれど、私は彼に見られていると分かっていながら、溢れてくるそれを止めようとしなかった。止められなかった。冷静になって考えてみれば恥ずかしい。けれどその時は頭の中がぐちゃぐちゃで、そんなことを考える余裕などなかったのだ。


「失恋に1番効く薬って知ってる?」
「……知らない」
「新しい恋」
「当分そういうのはいいや……」
「まあそう言わずに」


彼は何を考えているのかよく分からない笑顔で話を続ける。


「オススメの男子がいるんだけど。わりと要領良くて、基本的に何でもできて、バレーが上手い。一緒にいる女の子を楽しませるスキルもあるし、顔もまあまあ。身長は申し分なく高い。どう?優良物件じゃね?」
「それって……」
「うん。そう。実は俺なんですけど。ちょっと盛りすぎってのは自分が1番分かってるので勘弁してください」


もともとぐちゃぐちゃだった頭に、更にぐちゃぐちゃとなる要素が詰め込まれた。だから私は勿論フリーズしてしまっているわけで。どんな反応をしたら良いか分からない。
そんな私の顔に躊躇いもなく、でもちょっぴり恥ずかしそうな顔をして手を伸ばしてきた彼の指先は、思っていたよりもずっと熱かった。もしかしたらその熱は私のものかもしれないけれど。


「有料物件だけど、失恋したばっかりの泣いてる女の子につけ込んじゃう卑怯な男です。それでも良ければどうでしょうか」


乾き切っていない涙を親指でぐっと拭ってくれた彼は、やっぱり照れているみたいだった。その顔に、キュンとした。
これが「好き」になるのかどうかはまだ分からない。辛い思いをしたから、もう2度と誰も好きになりたくないと考えていたばかりだし、踏み込むのは正直ちょっと怖い。だって、また傷付くことになるかもしれない。それなのにどうしてだろう。心が揺れ動く。


「…………保留で」
「え」
「そんなすぐに返事できるような状態じゃないっていうか、」
「や、そうじゃなくて。考えてくれるんだなっていう驚き。みたいな?」
「え!?本気じゃなかったってこと!?」
「いやいや違う。違います。本気だけど、絶対フラれると思ってたから。可能性ゼロじゃねーんだなって」
「……うん」


後になって、変わり身の早い女だと軽蔑されるかなと思ったけれど、彼は軽蔑するどころか、切り替えが早くて有難い、と喜んでいた。なんだか拍子抜けだ。でも、今の私にはこれぐらい軽いノリの方が楽で良い。
それからすぐ、私との話を終えた彼は、部活に戻ると言って教室を出て行った。あれ?黒尾君、何しに来たんだろう?まあいっか。帰ろ。
失恋に1番効く薬は新しい恋。あながち嘘じゃないかも、って思った私は、たぶんもう既に、恋に落ちている。