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キラキラキラー


※社会人設定(微妙に本誌ネタバレあり)


忙しいながらも毎日楽しそうに仕事をしている彼を見て、本当にバレーが好きなんだなあと感じるたびに思う。彼ともっと早く出会っていたかったなあ、と。
高校時代、彼はバレー部に所属していて、全国大会に出場した経験もあるという。何度か試合の映像や写真を見せてもらったことがあるけれど、彼は非常にキラキラしていた。
試合である以上、勝敗がつくのは当然のこと。彼は、全国制覇はできなかった、とやや自嘲気味に言っていたけれど、私が見る限り、彼に心残りはなさそうだった。むしろ、やりきったという清々しさが感じられたように思う。
そんな彼の輝く青春時代を、私は知らない。

私と彼が出会ったのは、大学1年生の春。同じ大学の同じ学部に入学したから、話す機会は必然と多くなった。
始めから恋愛対象だったわけではない。最初は、ただの友達だった。他愛ない話をして、馬鹿みたいな話で笑い合って、時々必死に勉強して、小っ恥ずかしい夢を語り合って。
そういう時間を過ごしていくうちに、私は彼を友達として見られなくなっていた。いつからか、恋愛対象として意識してしまうようになっていたのだ。


「てつろー」
「はいなんでしょう」
「どうしよう」
「何。試験ヤバいのは俺も同じだけど」
「私、好きになっちゃったかもしれない」
「何の話?」
「てつろーのこと好きになっちゃったかもしれないってことに気付いたの。どうしよう」
「それは……どうもしなくて良いんじゃないの」
「というと?」
「好きになっちゃったままで良いんじゃないですかってこと」


今思えば微妙な始まり方だったと思う。とても曖昧で、熱烈でも劇的でもなく、唐突にぬるりと始まったお付き合い。
その始まりは大学2年生の秋だった。それから4年。私達はまだ、恋人という関係を続けている。正直、かなり驚きだ。最初からずっと微温湯に浸かっているみたいな、熟年夫婦みたいな付き合い方だったから、いつか何事もなかったかのように別れる時がくると思っていたのに。
まだその時が来ていないだけかもしれないけれど、私としてはその時が永遠に来なければ良いと思っている。それぐらい、ちゃんと彼のことが好きだ。たぶん、最初から。好きになっちゃった、って気付いたあの日から。彼の方がどういう心境の変化を遂げているかは分からないけれど。

今日も彼は遅くまで仕事。社会人2年目の秋。彼の誕生日を間近に控えた11月上旬の金曜日。私達は夏から同棲を始めたばかりだけれど、お互い仕事で忙しいため、なかなか一緒にゆっくり過ごせる時間がなかった。
仕事ばっかりでつまんない!なんて思ったことはない。思えるはずがない。大学時代から付き合っているからこそ分かる。彼がどれだけ必死に努力して今の職業に就いたか。どれだけスポーツを、バレーボールという競技を愛しているか。それを間近で見てきた私が、仕事に勤しんでいる彼をどうこう思えるわけがないのだ。
夜の9時を過ぎた頃。ガチャンと音がして、彼が帰って来たことを告げる。ただいま、とお決まりの言葉を落としながらネクタイを緩める姿は見慣れているはずなのに、毎日のように見惚れてしまう。
そのまま着替えることもせず、どかりとソファに腰を下ろしたところを見ると、今日はいつもより疲れているらしい。ちょいちょい、と私に手招きして自分の隣に座れと誘導してくるのも、彼の疲労がピークに達している時の癖みたいなものだ。
私は大人しく彼の隣に座り、お疲れ様、と労いの言葉をかける。こてん、と肩に頭をのせると、彼の頭がこつんと控えめにぶつかってくるのが可愛くて、思わず口元が緩んだ。


「仕事忙しそうだね」
「まあ、そういう時期だから」
「来週の誕生日、試合観に行くんだっけ?」
「そ。昔の知り合いに挨拶がてら会いに。ちょいと頼み事もあるし」
「バレー部繋がり?」
「この業界の知り合いは大体高校ん時からつるんでるから」
「そっか。……私も試合観に行こうかな」


ぽろりと落とした呟きに、彼は少し驚いている様子だった。それもそのはず。私は彼と付き合い始めてからなんとなくバレーのことを学んだので、全くルールが分からないということはない。けれども、自分から率先して試合を観るということはなかった。
興味がないわけではないけれど、彼と観戦していても、視点が違うんだろうなあ、とか、私と観ててもつまんないんじゃないかなあ、とか、もしかしたら邪魔になってしまうんじゃないかなあ、とか、そういうことが気になって、一緒に観ようという気にならなかったのだ。
ただ、今回はなんとなく、本当になんとなく、試合観戦がしたいと思ってしまった。というより、もしかしたら彼の高校時代の知り合いに会えるんじゃないかという下心が働いたのかもしれない。


「じゃあ一緒に行く?」
「あー……やっぱりやめとく。仕事の邪魔したくないし」
「一緒に試合観てるだけで邪魔にはなんないでしょ」
「でもほら、挨拶回りとかあるんじゃないの?」
「それは待っててもらうことになるかもしんないけど」
「……ごめん。ほんとはね、試合じゃなくて鉄朗の知り合いに会ってみたいなって思っただけなの」


純粋に試合観戦を楽しもうとしている彼に申し訳なくなって、ちょっぴりの下心を暴露する。すると彼はキョトンとして、小さく首を傾げた。


「そんなの都合が合えばいつでも会わせられるのに」
「あ、いや、そんな、わざわざそういう席を設けてほしいってわけじゃないの」
「うるせー奴らばっかだからドン引きしちゃう可能性あるけど」
「ドン引きなんてしないよ。高校時代の鉄朗の話、聞いてみたいな」
「高校時代の俺の話?」


彼の口からは聞いたことがあるけれど、別の人の口から高校時代の話を聞いたことはなかった。彼の幼馴染で人気YouTuberであるKODZUKENさんこと研磨くんには何度か会ったことがあるけれど、研磨くんは無口だからそんなに込み入った話はできない。
きっと私は我儘なだけなのだ。今こうしてキラキラしている彼の原点を知りたくて、それを知れば言いようのないわだかまりが消えるような気がして。


「鉄朗はバレーが好きでしょう?今の仕事もすごく楽しんでるし。高校時代に出会えてたら、もっと今の鉄朗のこと理解して支えてあげられるのかなあって。だからせめて、高校時代の話聞きたいなあって思ったの」
「……何言ってんの」


彼の声音は、少し不機嫌そうだった。怒っているというほどではないけれど、不満そうであることは間違いない。けれども私は言葉を続ける。


「だって鉄朗、すごくキラキラしてるから。キラキラの原点が知りたくなっちゃって」
「よく分かんないけど、もし俺がキラキラ?してるように見えるなら、それは名前のお陰だし」
「え」
「そりゃバレーは好きだし今の仕事もやり甲斐があって充実してるけど、そもそも名前がいなかったらこの仕事できてない可能性高いわけですよ」
「そうなの?」
「そうなの。今更だけど就活ん時に支えてくれたのはほんとにめちゃくちゃ感謝してます」
「ふふ……そうなんだ」
「ちなみにバレーと同じかそれ以上に名前チャンが好きなんですけど言ってませんでしたか」
「それは言ってませんでしたね」


すうっと胸に引っかかっていた何かが溶けていって、代わりにぽかぽかと温かくなり始めるのを感じた。どちらからともなくクスクス笑って、お互い隣に座る相手と視線を交わらせる。
私に出会う前の彼のことを知りたいと思う気持ちは、今も変わらない。けれどそれは、思い出話を聞いて楽しみたいという気持ちからだ。あんなことがあったんだ、こんなことをしたんだ、って、彼と笑い合いたいだけ。
大好きなことを未来に繋ぐ彼の仕事は素晴らしいと思う。立派で、尊敬できることだとも思う。だから私はそんな彼を支えられる存在でありたい、なんて大それたことを思ってしまっている。図々しい女だ。


「ところで鉄朗さん」
「なんでしょう名前さん」
「明日はお休みですね」
「そうですね」
「……これ以上言わなくちゃ分からない?」
「名前の方がよっぽどキラキラしてんだよなあ」
「うん?」
「ネクタイ外してよって言ったの」
「お疲れなのにごめんね?」
「お疲れだからちょうど良いんじゃない?」


しゅるり。彼のネクタイを外したら、窓の外のネオンがキラキラを増したような気がした。