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散る


揶揄われていると思っているんだろうなという予想はできていた。だからもう少し距離を縮めるまでは言うつもりなどなかったというのに、予定が狂ってしまった。狂わされてしまった。どれだけ押してもちっとも見向きもしてくれない彼女によって。
彼女が俺のことをどう思っているのかは知らない。背が高くて胡散臭い男だと思われているのだとしても、それは仕方のないことだ。今更自分の印象をどうこうしようとは思わないし、俺は可能であれば今の自分を受け入れてもらえたらと思っている。取り繕ったってどうせボロが出るのは分かりきっているのだから。
言い回しが軽い。だから言ったことを本気だと思ってもらえないことが多い。それは重々承知だ。けれど、俺が持ちうる限りの力を使い果たしてクソ真面目に告白したとしても、きっと彼女は信じてくれなかったと思う。いつものように「なんで」と呟いて戸惑っていたに違いない。
俺が彼女のことを好きになったのは中学時代だ。しかし残念ながら、彼女への気持ちをずっと引き摺っていたから今まで女の人とは付き合ったことがありません、なんてピュアボーイではない。ただ、再会と同時に過去の恋心を思い出したのは事実である。それこそ信じてもらえないだろうけれど、俺は意外と思い出を大切にするタイプなのだ。
中学時代に好きだった子と同じ会社に就職するなんて偶然、そう簡単に起こるものではないと思う。しかもその相手が俺のことを覚えていてくれたのだ。ロマンチストではないとしても、これは運命ってやつじゃないか?などと思ってしまうのも無理はない。
ゆっくり時間をかけて、少しずつ距離を埋めていけたら良いと思っていた。誘いを断られ続けても、しつこく迫っていたらいつか折れてくれるだろうと高を括っていた。けれど、半年以上が経っても何の進展もなしという状況に痺れを切らしてしまった俺は、強引な手段を取ってしまった。
思っていた以上に上手く進展しない状況に、焦っていたのだと思う。ただ一緒に飯を食いに行きたいだけ。少し距離を縮めるための第1歩を踏み出したかっただけ。それなのに、「なんで」と繰り返し尋ねられたことで、気持ちを爆発させてしまった。そう。全ては予定外だったのである。
俺の気持ちを伝えてしまった後、もしかしたら逃げられるかもしれないと思っていたけれどそんなことはなく、夜ご飯は創作居酒屋で済ませた。居酒屋に行ったくせに酒は飲まず、2人してソフトドリンクで乾杯。俺は酒を飲んでしまったら変なことを口走ってしまいそうで、そして勢いで何かやらかしてしまうのが怖くて、元々飲むつもりはなかったのだけれど、彼女の方はなぜ酒を控えたのか、よく分からない。俺が飲まないと言ったから合わせてくれたのかもしれない。
普通に美味しい料理を食べて、普通に美味しいソフトドリンクを飲んで、普通に話をした。最初は完全に戸惑い気味で口数の少なかった彼女も、30分も経つと普通に話してくれるようになっていて、主に仕事の愚痴を中心に昔話なんかもしたりした。
そして、帰り道。送ると言ったら案の定丁重に断られたので、「じゃあ次は送る」と言って駅で別れたけれど、俺は本来、そんなに物分かりがいいタイプじゃない。だからこそこんなにしつこく彼女にアプローチしているのだ。彼女にはあらかじめ「もう引かねーから」と宣言しておいた。だからこれからは鬱陶しがられるのを覚悟で、もっと堂々と攻める。そう決めていた。


「日曜日?」
「土曜日でも良いけど、できたら日曜日が良いかな」
「曜日の問題じゃなくて、2人で?」
「そ。予定ある?」


まずはデートを取り付けることから始めようと思った俺は、翌日の昼、早速彼女に声をかけた。押してダメなら引いてみろ、とはよく言ったものだが、彼女相手に引いてしまったらそのまま何も起こらず終わってしまう気がしてならない。だから俺は押しまくることにしたというわけである。
彼女は周りの視線が気になるのか、きょろきょろと目を泳がせていて、俺の問いかけに答えてくれない。いつもそうだ。彼女は俺から話しかけられるたびに周囲を気にする。確かに少し視線を感じるような気もするけれど、そこまで過敏に反応する必要はないと思う。
俺達は社会人。もういい大人だ。周りだってそう。社内恋愛禁止というわけじゃないし、個人のプライベートに口を挟んでくるような奴はいないはずだ。しかし彼女はそう思っていないから、現在進行形で周囲の視線を気にしているのだろう。女ってのは面倒臭いところがあるから、もしかしたら俺の考えの及ばないような何かがあるのかもしれないけれど、そうなったらなったで俺が守ってやるのに。……なんて、まだ付き合えてもいないのに言えることではないけれど。


「話すの嫌なら連絡先交換しよ」
「嫌ってわけじゃないんだけど、」
「うん。でもこれから必要になると思うからどっちにしろ連絡先は交換しときたい」
「黒尾くんって結構強引だよね」
「普段はそうでもないよ。どうしても譲れない時だけ」


彼女に意識してもらいたくて、俺の本気を伝えたくて、隙あらば特別であることをアピールする。しかし彼女は、俺の話をきちんと聞いているのかいないのか、生返事をしながらポケットをごそごそ漁っていた。どうやら連絡先は交換してくれるらしい。
掌大の機械から機械へ、連絡先が送り合われる。1歩前進、というより、やっとスタートラインに立てたという印象だ。


「じゃ、返事待ってる」
「う、ん」


返事をするつもりはない、と言われなかったことに胸を撫で下ろしつつ、俺はその場を離れた。今週の日曜日。11月17日。俺の誕生日。彼女はそんなこと知らないだろうけれど、俺は自分の誕生日に彼女と過ごしたいという邪な気持ちを抑えることができなかった。
なんで、って言われても分からない。なんでこんなに彼女に惹かれているのか。なんでこんなに必死になるほど溺れているのか。分からないから恋なのだ。


◇ ◇ ◇



運命の、というと大袈裟すぎるかもしれないが、俺にとってはそれぐらい重要な日曜日。待ち合わせ場所にはきちんと彼女の姿があった。出勤スタイルとは違って柔らかそうな印象を受けるふんわりとしたスカートが、デートの気分を盛り上げる。
彼女は俺が来たことにすぐ気付いたようで、控え目に手を振ってくれた。始まりとしてはかなり手ごたえを感じる。なんとなく、上手くいくんじゃないか。手を振るというたったそれだけの動作に、そんな気持ちを抱かされた。
舞い上がっているのは俺だけだと分かっている。それでも、高揚した気持ちを抑える術は存在しなかった。中学生じゃあるまいし、好きな女の子との初デートぐらいで緊張なんかしないだろうと思っていたけれど、人生で初めて、女の子とのデートで緊張している自分に笑いが零れる。
距離感が掴めなくて身体がぶつかったり、逆に離れすぎてはぐれそうになったり、昼飯の時には先に会計を済ませておこうと思ったのにテーブル会計だと言われて普通に割り勘になってしまったり。今まで付き合ってきた女の子達とはこんなことなかっただろ、とつっこみたくなるほど格好がつかないまま、昼飯を食べ終えてフラフラと次の目的地まで歩いている時だった。


「なんか、黒尾くんってもっと落ち着いてる感じなんだと思ってた」
「何それ。幻滅したってこと?」
「そうじゃなくて、親近感っていうか……私だけが緊張してるわけじゃないのかなと思ってちょっと安心したっていうか」
「そりゃあね。好きな子との初デートなんで。緊張しますよ」


隙あらばアプローチという姿勢は変わらないのでありのままの気持ちを伝えれば、彼女は口を噤んで俯いた。機嫌を損ねた……わけではなく、どうやら照れているだけのようで安心する。
やっぱり結構いけそうかも。デート序盤に感じた良い雰囲気は、気のせいなんかじゃないかもしれない。もしかしたら今日、俺の片想いは散るのだろうか。散って、新たな何かが咲けばいい。そんな期待が膨らんだ。