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惚れたもん負けのママゴト


※社会人設定


難しい女だった。何を考えているのか分からないし、逃げてしまったのではないかと疑いたくなるほど音信不通で音沙汰なしのことがあるかと思えば、それに反して鬱陶しくなるほど僕にべったり張り付いてくることもある。
よく言えばマイペース。悪く言えば自己中。どうして自分が彼女を選んだのか理解に苦しむほど、難儀な女だった。しかし、そう思っているくせに別れようとは微塵も思えないのだから、僕は頭がおかしいのかもしれない。
仕事が終わり、漸く家に辿り着いてネクタイを緩めたところで、タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろう。考えずとも、答えはなんとなく分かっていた。
テレビ付きインターホンのお陰で訪問者が誰かを知ることは容易い。画面を確認。ほらね、やっぱり。
訪問者の顔を確認した僕は、インターホンの音を無視してやろうかと思い一瞬だけ背を向けた。けれど、訪問者である彼女は、僕が出るまでチャイムを鳴らし続けるだろう。連打されるのは迷惑だ。はあ。仕方がない。僕は溜息をひとつ吐いてオートロックの鍵を開けた。
それから1分経つか経たないかぐらいの時間をあけて連絡もなく僕の家にやって来た彼女は、第一声、お腹すいたー!と叫んだ。相変わらずマイペースすぎる。お腹がすいたなら僕の家に来るより先に、どこかのお店で食べてくるなりコンビニで買ってくるなりすれば良かったのに。


「何しに来たの?」
「そんなの、蛍君に会いに来たに決まってるでしょう?」
「昨日も会ったのに?」
「恋人ってそういうものじゃない」
「先月ほとんど会ってないけど」
「寂しかった?ごめんね」
「そんなこと言ってない」


会話が上手く成立しないのも日常茶飯事。何が面白いのか、ふふ、と笑いを零す彼女とは対照的に、僕は眉を顰めた。まったくもって何を考えているのか理解できない。
僕が何を考えているかなんて、彼女にとってはどうでもいいことなのだろう。夜ご飯何か作れるかなー、と独り言を言いながら人の家の冷蔵庫を勝手に開けて中に入っているものを確認した彼女は、ほぼ空っぽに近いことに憤慨していた。いや、ここ僕の家だし。何もないからって文句言われても困るんだけど。
緩めたネクタイを首から取り払いながら、着替えのためにリビングを離れる。しかし、なぜか彼女は僕の後ろにくっ付いてきていて非常に邪魔だ。これでは着替えができない。


「着替えたいんだけど」
「ご飯何も作れそうにないから一緒に食べに行こ?」
「疲れたからヤダ」
「そんなこと言わずに〜」


僕の身体にペタペタと纏わり付きながら駄々を捏ねる彼女は、比喩表現でもなんでもなく完全に子どもだった。今日がたまたま金曜日で明日休みだからいいものの、普通の平日だったら絶対に付き合っていられない。
そう、今日は金曜日。だから僕にも少しは心の余裕があるわけで。そして、こんなにもうんざりしているくせに彼女のことを拒みきれない自分がいることも、よく分かっているのだ。
はあ。僕は大袈裟に大きく息を吐いて、分かったから、と一言吐き捨てると、手に持っていたネクタイを所定の位置に片付けた。外に出かけるとしても、スーツで行くのは嫌だ。とりあえず着替えさせてほしい。


「蛍君は何が食べたい?」
「そっちが食べに行きたいって言ったんだから行き先ぐらい決めといて」
「私が決めたら意味ないもん」
「意味がないってどういうこと?」
「え。…蛍君、まさかとは思うけど、今日が何の日か忘れちゃったの?」


着替え終えてリビングに戻るなり交わされた会話は、非常に馬鹿っぽくて嫌になった。僕は元々、それほど口数が多くない。が、彼女と一緒に過ごしていると、必然的に口を動かす機会が増えてしまう。そしてその会話は大抵の場合、全くと言っていいほど生産性がなかった。
今日が何の日かって?彼女は僕を馬鹿にしているのだろうか。というか、どれだけ馬鹿でも自分の誕生日なんてそうそう忘れるものじゃないと思う。
そう、今日は僕の誕生日だった。しかし、だからといって特別なことは何もない。ただひとつ歳をとった。それ以外の事実は存在しないし、今更祝ってもらうようなことでもない。
というか、僕の誕生日云々はどうでもいいことだ。そんなことよりも、彼女が僕の誕生日を覚えていたということの方が驚きだったし、重要なことのように思えた。
だって彼女は、本当にマイペースすぎて自分のことしか考えていないような人間である。確か去年は普通に忘れられていた。それで怒ったりはしていないが、誕生日を3日ほど過ぎてから、誕生日ケーキ食べようと思ってたのに!と僕に文句を言ってきた時には、さすがにイラっとした。
そんな彼女が自分から、今日が何の日かと持ちかけてきたのだ。これで僕の誕生日と言ってくれなかったら困る。いや、困りはしないけれど、かなり腹が立つと思う。


「今日は蛍君の誕生日でしょう?蛍君の食べたいもの選んでくれなくちゃ」
「…覚えてたんだ」
「去年一緒にケーキ食べられなかったの残念すぎたから今年は絶対忘れないようにしようと思ってたの!偉い?」
「はいはい、偉い偉い」
「ふふふ」


こんなにも適当に褒められたぐらいで嬉しそうに笑うなんて、やっぱり彼女は子どもみたいだ。けれど、その表情は子どもなんかではなく立派に女性のそれなのだからミスマッチというかなんというか。ドキッとしてしまったなんて、死んでも言ってやらない。
とりあえず行こう、と俺の腕を引っ張って外に連れ出そうとする彼女に、渋々引っ張られてあげる。別に食べたいものなんてないんだけど。ていうかさっきまで僕の家の冷蔵庫にあるもので夜ご飯済まそうとしてなかった?彼女の考えていることはさっぱり分からない。たぶんこの先どれだけ一緒にいても、僕が彼女を理解することなんてできないのだろう。


「蛍君、私ショートケーキが食べたい」
「それはデザートでしょ」
「メインディッシュはお肉かな!ステーキ?焼肉?今日は私の奢りだから何でもリクエストして良いよ!」
「名前が食べたいところ行けば?」
「さっきも言ったでしょ!今日は蛍君の誕生日だから、」
「名前が食べたい物を食べたい気分なんだよ」


考えるのが面倒だったのと、お腹がすいているから早くどこかお店に入りたかったのと、彼女の食べたいもので良いと言ったら嬉しそうな顔が見られるんじゃないかと思ったのと、それら全部を考慮して選んだ一言。名前は案の定、ほんと?と目を輝かせているし、行き先はすぐに決まりそうな予感がするので、僕の目論見通りだ。
誕生日なんて、歳を取るだけのイベント。めでたくなんてないだろう。そう思っていた。ずっと。けれど、その思考を変えたのは彼女だ。


「蛍君が生まれてきてくれた大切な日だから、美味しいもの食べに行こうね」
「…別に、そんな大それた日じゃない」
「そんなこと言って、蛍君だって私の誕生日はちゃんとお祝いしてくれるでしょう?」


それはそれ。これはこれ。女ってのはイベント事にプレゼントを用意していないとうるさい生き物だし、面倒なことにはなりたくないから。…というのは建前だって、自分でも分かっている。
彼女は僕が誕生日を忘れていたって怒らないだろうし、プレゼントがなくたってぐちぐち文句を言うような性格ではない。じゃあどうしてイベントの度にそれなりのものを用意するのか。答えは簡単だった。
いつも僕を振り回したい放題で子どもみたいで、そのくせ時々大人びた顔をする名前のことが好きだから、面倒臭いと思いながらも勝手に身体が動いている。こういうことしたら喜ぶかな、などと考えてしまう。そもそも好きじゃなかったら付き合ってないし。


「その話はもういいから、行こう」
「蛍君もしかして照れてる?」
「ショートケーキ食べたい」
「それはデザートでしょ」
「真似するな」
「バレた?」


少し和らいできたとは言え、まだ暑さが残るこの季節。腕に纏わり付かれたら暑苦しいから本当だったら引き剥がすところだけれど、今日は少し気分が良いから、このまま歩いてあげることにしよう。