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シンデレラ・ジェニュイン


紳士の真似事をして近付いた。本当の俺は全然紳士なんかじゃないのに。

うちの上司は、普段は仕事ができて尊敬に値する人だが、酒癖が悪いのがたまにキズだ。説教じみたことを言われるぐらいなら適当に受け流せばいいから構わないのだが、赤の他人、それも若い女性に絡みに行くのはいただけないから、毎度手を焼いている。
日本の会社というのは縦社会が暗黙のルールみたいになっていて、上司の行動を止めるのはなかなか難しい。だから俺はいつも頃合いを見計らって声をかけに行ったり、タクシーを呼ぶという強行策を取って回収したりしているのだが、あの日は違った。

お店に入って通りすがりにちらりと顔を見た時から、タイプかも、と思っていた。一目惚れと言うには少し弱いかもしれないが、合コン相手だったら心の中でガッツポーズをする程度には心が躍る。そんな子。
だから、連れの子がいなくなって1人になったのを確認して上司が席を立ったのを見た時、どうにかして助けなければと思った。そして同時に、あわよくばこれをキッカケにお近付きになれないだろうかという下心も沸き起こったのだ。
というわけで俺は、上司が彼女の隣の席を立ったタイミングで、助けに入るフリをして彼女に声をかけた。あくまでもさりげなく、下心が見えないように紳士を気取って。
彼女は警戒心が薄いタイプなのだろうか。俺の胡散臭い言葉にホイホイ乗ってきて、名前を教えてくれた。しかも冗談のつもりで連絡先を尋ねたら、なんと教えても良いと言うではないか。
嬉しいを通り越して、逆に心配になった。この子は初対面でよく知りもしない俺みたいな野郎に引っかかってしまうのか、と。俺以外の奴でもこんな風に名前を教えて連絡先まで教えようとしてしまうのだろうか、と。
だから俺は、卑怯ながら試すようなことをした。自分の連絡先を渡して、その気があったら連絡してくれと相手に投げつけたのだ。期待してる、という本音を嘘っぽく吐き出しながら。


◇ ◇ ◇



「名前ちゃん、いつから俺のこと好きだった?」
「内緒ですよそんなの。黒尾さんこそ、いつ本気になったんですか?」
「内緒ですよそんなの」


出会いから半年が経っていた。俺の家のソファで隣に座っているのは、あの時連絡先を渡した子。
彼女からの連絡は、連絡先を渡した翌日の夕方にきた。思っていた以上の早さに驚いたし、やっぱり嬉しいという気持ちよりも誰にでもこんな感じなのだろうかという不安みたいなものの方が大きかったのを覚えている。
すぐに返事をしたら、がっついていると思われるだろうか。あんな風に声をかけて連絡先を渡した時点でがっついていると言われればそれまでだが、俺はかなり真面目に悩んでいた。
思っていた以上に本気になりかけていたのだ。というか、今振り返ってみれば、あの時から既に本気だったのだと思う。だから悩んだ。警戒心を強められぬように、紳士でい続けられるように、どういう言動をしたらいいか。


「私が答えたら教えてくれます?」
「どーしよっかな」
「私がいつから好きだったのか知りたいんじゃないんですか」
「んー?まあ、できたら?」
「初めて会った時から思ってましたけど、黒尾さんってわざと胡散臭い言い回ししてるでしょう?」
「そ?胡散臭く聞こえてる?」
「…彼女になっても、本当の黒尾さんは見せてくれない?」


連絡を取り合って、時々食事に行って、休みの日にも一緒に出かけるようになって、健全な関係をコツコツと積み重ねた。知れば知るほど、彼女は俺に勿体ないほどいい子だということを思い知らされた。だから、タイプかも、という気持ちから、好きだなあ、という気持ちに変化するのに、そう時間はかからなかった。
いつから俺のことが好きだったのか。本当はかなり知りたい。が、妙なプライドが邪魔をする。
余裕のある男でいたい。切羽詰まったカッコ悪いところは見せたくない。彼女がどんな俺を好きになってくれたのか分からないから、俺は俺自身を取り繕う。しかし、その紳士の真似事にも限界がきそうだった。

彼女が俺の肩にコツンと頭を寄せてきた。背の高い俺と女性の平均的な身長ぐらいの彼女では座高の高さも違うから、頭をのせることは難しい。
しかし、身体を寄せられたら触れ合った箇所から温度を感じることはできるわけで、しかも、視線を落とせば黒い真ん丸な瞳が俺を可愛らしく見上げているものだから、なんというかもう、色々と抑えるのに大変で。


「誘ってる?」
「黒尾さんなら分かるでしょう?」
「彼女に手を出すのは合法だもんね」
「合法じゃなかったら手を出してくれないんですか」
「名前ちゃん、意外と攻める派?」
「確かめてください。自分で」


清楚で控えめな子だと思っていた。だから好きになったってわけじゃないから別にいい、というか、そういう雰囲気の子にちょっとギラついた目で迫られるというのは、逆に興奮する。ギャップ萌えってやつだ。
彼女の本性はこっちなのだろうか。もしかして騙されていたのでは…と考え始めたところで、俺は首を横に振った。
騙していたというのなら俺だって同じようなものだ。余裕ぶっているくせに本当はちっとも余裕なんてない。紳士的?そんなのクソくらえ。本当の俺はかなりみっともない。


「最初から本気だったよ」
「え?」
「連絡先渡した時から、たぶん、本気だった」
「…じゃあ一緒ですね」
「え。マジ?」
「私、本当に胡散臭い人には名前を教えたりしませんよ」


その発言が本当か嘘かなんてどうでもよかった。結果的に名前ちゃんは俺の彼女になってくれたわけだし、腰を抱き寄せても逃げないどころか受け入れ態勢を整えてくれている。だから、何でもいい。


「すげぇカッコ悪いこと言っていい?」
「どうぞ」
「ソファ狭くてやりにくいからベッド行きたいんですけど」
「ふふ、正直」
「キスしながら雪崩れ込むようにやるってやつ、ベッドの上じゃないと無理だから」
「じゃあベッドの上で仕切り直ししましょ?」


彼女の方が先に立ち上がって、俺の腕を引っ張る。今まで付き合ってきた彼女は、俺を誘ってくれたことも、こんな風に自ら寝室に行こうと行動を示してくれることもなかった。
それが悪いことだとは思わない。きっと女の子ってのは、そういう恥じらいがあるものが普通、みたいな風潮が浸透しているのだ。だからみんな、たとえヤル気満々だとしてもそれをひた隠しにして恥じらいのある女を取り繕う。
しかし名前ちゃんは違った。何も取り繕わず、いやらしさを感じさせることなく俺を誘って、自分自身をさらけ出している。
そんな彼女を見ていたら、紳士的に、とか、余裕をもって、とか、そんなことを考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて、俺は彼女の手を取った瞬間、自分の方に引き寄せた。背中を丸めて首というか背中というか、とりあえずその辺に顔を押し付ける。あ、やべ、すげぇいい匂いするわ。


「ベッドは?」
「行く。行くけど、ちょい待ち」
「黒尾さん、意外と甘えたがりなんですか?」
「確かめてください。自分で」
「私の真似ばっかりしないでくださいよ」
「甘えたがりだったらどーすんの」
「どーもしませんよ。可愛いなあって思います」
「そういうこと言う名前ちゃんの方が可愛いなあって思います」
「またそうやって真似するんだから」


絞め殺さない程度にぎゅうぎゅう抱き締めたら、ちょっと痛いです、と言われたので渋々力を緩めて距離を取った。その代わりに、ひょいっと抱きかかえて寝室へ向かう。
ジタバタすることなく大人しく俺の首に手を回し、お姫様みたい、という感想を零してはにかむ彼女につられて、俺も笑ってしまった。俺は紳士でも王子様でもないが、俺の彼女は立派なお姫様だ。
さて、それじゃあお望み通り、ベッドで仕切り直しといきますか。