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同僚宮侑×既婚者女子


※社会人設定


「受付嬢のあの子、やっぱり離婚するらしいよ」
「そうなんだあ…まあ相手の浮気が原因みたいだし、そうなるよねぇ」


そんな社内のゴシップネタを給湯室で、しかも通りすがりの俺にも聞こえる程度の声のボリュームで話すのはどうかと思う。俺は彼女達の前を通り過ぎる瞬間、その顔を確認した。どんな人物があの子の敵なのか、きちんと脳内にインプットするためだ。
彼女達の間で話題になっていた「受付嬢のあの子」は、俺のカノジョだったりする。勿論、周りには内緒の、だ。
彼女は俺と出会った時、既に今の旦那さんと結婚していた。だから、もう誰かのモンになっとるんやったら諦めるしかないやん、と思っていたのだけれど、およそ半年前に行われた全部署合同の飲み会の時に、その思いは脆くも崩れ去った。せめて少しでも俺のことを特別視してほしいという下心を持って接触した俺に、彼女が酔った勢いでとんでもないことを暴露してくれたからだ。


「実は私、浮気されちゃってるんですよねぇ」
「は?」
「あはは、驚きました?」
「いや、そんなん笑って言うことちゃうやん」
「良いんですよ。最初から、あの人は私のことなんて好きじゃなかったんですから。仕方ないです」
「…なんでそんなヤツと結婚したん?」
「ふふ…なんででしょうねぇ…」


俺より年下のくせに、無理をして大人びた表情を浮かべヘラヘラする彼女に、腹が立った。そしてそれ以上に、惹かれてしまった。それまでも、ええ子やなあ、自分のモンにしたいなあ、という感情はあったけれど、既婚者ということで気持ちにブレーキをかけていた。しかしそんな話を聞かされてしまったら、浮気するようなろくでもない男から奪い取りたいと思ってしまうのは必然で。その日の飲み会の後、俺は彼女を誘った。


「俺と浮気しよ」
「…酔ってるんですか?」
「酔っとるよ。けど、自分が何言うとるかはちゃんと分かっとる」
「さっきの話をきいて同情してくれたんだとしたら、それは…」
「ちゃう。同情やなくて、俺がそうしたくて誘ったんや」
「宮さんならわざわざ既婚者を選ぶ必要ないでしょう?」


当たり前のことながら、彼女は俺の申し出を拒んだ。どれだけ旦那に浮気されようとも、自分はやり返したりしない。そんな馬鹿げたことをしても何の意味もないから。虚しいだけだから。そう言う彼女を、俺は無理矢理ホテルまで引っ張って行った。彼女は俺の手を振り払うことも逃げ出そうとすることもなくて、ホテルのベッドに組み敷いた時でさえも嫌がらなかった。
言葉では、浮気はしない、と言っていたけれど、本当は誰かに慰めてもらいたかったのだろうか。見下ろした先にある彼女の虚ろな顔を見つめながらそんなことを考えていると、するり、頬を撫でられてギョッとする。やっぱり誘っているのか、と。もう1度彼女を見つめた俺は、その表情に釘付けになった。
泣きそうなのに凛としていて、悲しそうなのに綺麗な笑みを携えた、矛盾に塗れた彼女。俺の頬に添えられたこの手だって、きっと誘っているわけじゃない。誘っているフリをして拒絶しているのだ。静かに、ほんのり温かく、それでいて冷徹に。


「宮さんが優しいのは分かりました」
「ほんまに優しかったらこんなことせぇへんわ」
「本当に酷い人だったらここで止めたりしませんよ」
「…好きやねん」
「そうですか」
「なんで結婚なんか…、」
「ごめんなさい。それから、ありがとう」


何に対する謝罪とお礼の言葉なのか。それを確認することはできないまま、俺と彼女はホテルに入ったくせに何もせず帰って、翌週からも普通に仕事をこなした。赤の他人として。何事もなかったかのように。これで終わりか、と。諦めていた。諦めるしかなかった。けれどもその時は突然訪れた。
飲み会での出来事があってから4ヶ月後、つまり今から2ヶ月ほど前。俺は彼女に呼び止められた。宮さん、と澄んだ声で呼ばれただけでポンと心が弾んだ気がしたなんて初めてのことだ。


「今日、お時間ありませんか?」
「…急にどないしたん?」
「お願いがあって」


宮さんにしか頼めないんです、と。そう言われた時点で嫌な予感はしていた。そしてその嫌な予感は見事に的中。彼女のお願いというのは、自分と浮気をしてほしい、というものだったのだ。あの時、最初に俺から誘った時、あんなにキッパリと拒絶したくせに。なんて都合の良い女なんだ、と突っ撥ねてしまいたかったけれど、その反面、彼女に何があったのだろうかという純粋な疑問もあった。
今度は彼女が俺を引っ張ってホテルに入り、俺を組み敷く。あの時とは全くの正反対。俺を見下ろす彼女の顔は歪んでいて、けれども綺麗なままだった。やっぱり、彼女は矛盾している。


「彼、他の人と、子ども、できちゃったんですって」
「…離婚するん?」
「そうするしかないじゃないですか」
「それで、俺に鞍替え?都合ええなあ」
「そうですよね…自分でも分かってます」


最後に私のところに帰って来てくれるなら何でもいいやって思ってたんですよねぇ。馬鹿でしょう?でも、好きだったんですよ。彼は私のことが好きじゃなくても、私は彼のことが好きだった。だから、信じてたのに。惨めですよねぇ。
俺を組み敷くのを止めてぺたりとベッドに座り込み自嘲気味に言葉を吐き出す彼女は、泣けばいいのにヘラヘラと笑っていて。都合のいい男になっても良い。たとえ1日だけ、彼女を慰めて終わりという関係になったとしても構わない。その覚悟をもって、俺は彼女を抱き締めた。
そんなことがあってから、俺と彼女は浮気関係を続けている。身体の関係はない。一緒に食事に行ったり、時々2人で遠出したり。手を繋ぐことさえない、健全な関係だった。浮気をしているという点を除けば。
彼女は今日、離婚届を提出してから俺に会いたいと言ってきた。仕事を終えて、いつものバーで待ち合わせ。先に来ていた彼女の隣に座って、終わった?と尋ねれば、全部終わりましたよ、と、思っていたよりも明るい表情で答えが返ってきて少しホッとする。それから2人で何杯かお酒を飲んで、店を出た。話していた内容は、正直くだらないことばかり。これから俺達どうすんの?などと尋ねられる雰囲気ではなかった。


「今日、どうしますか」
「それはこっちのセリフやけど」
「もう私、フリーですから。お好きにどうぞ」
「…まだ気持ちの整理ついてへんやろ」
「相変わらず優しいですねぇ…侑さんは」


彼女はたまに、宮さん、ではなく、侑さん、と呼ぶ。どういう時に呼び方を変えるのかはよく分からないし気にしたこともなかった。けれど、そういえば最近は侑さんと呼ばれることの方が多くなってきたような気がする。
するん、と。俺の手に彼女の手が絡んできた。今まで幾度となく隣を歩いてきたけれど、こんなことは初めてだ。驚きはあったものの拒絶することではないのでそのまま歩き続けていれば、侑さん、と。彼女がまた耳障りの良い声で俺の名前を呼んで立ち止まった。


「ごめんなさい。それから、ありがとう」
「それ、前も言われたわ」
「そうでしたっけ?」
「覚えとらんならええけど」
「…覚えてますよ。全部。侑さんに言ったことも、言われたことも」
「記憶力ええな」
「私、都合のいい女だから、」
「知っとる」
「もう少し、待っててもらえますか、」
「…ええよ。誰かさんのせいで待つの得意になってん」


ぎゅうと俺の手を握る彼女の手は小さくて温かい。ねぇねぇ侑さん。今日はやけに名前を呼ばれる日だと隣へ視線を向ければ、彼女は綺麗に笑って言った。ホテル行きましょっか、と。それがどういう意味で紡がれた言葉なのか、その時の俺にはまだ分からなかったけれど。ホテルの部屋に入るなり俺に抱き着いて初めて涙を流した彼女を見たら、意味なんてどうでも良くなってしまった。やっと泣いてくれた。今はそれだけで十分だ。