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優文日誌


私には好きな人がいる。同じクラスの赤葦京治君だ。年齢よりも落ち着いた雰囲気と切れ長のキリッとした目。少し怖いのかなと思っていたら、話すと物腰柔らかい感じで紳士的。しかも2年生にして強豪と言われるバレー部の副主将を務めているのだから、実力は相当なものなのだろう。
私はバレーのことがそれほど詳しくはないのだけれど、赤葦君の勇姿を見るために何度か試合の応援に行ったことがある。よく分からないが、とにかくカッコ良かった。スパイクを決めて大騒ぎ?している木兎先輩より、そんな先輩を見て嬉しそうに微笑む赤葦君の方がずっとキラキラして見えた。自分でも、これは相当重症だと思う。
なんともラッキーなことに、今日はそんな赤葦君と日直だ。普段なら面倒な日直も、赤葦君と一緒なら何の苦にもならない。私はどちらかというと無神論者だけれど、今日だけは神様にお礼を言っておこう。神様、ありがとう。


「名字さん、日誌書けてる?」
「え?あ、ごめん。放課後まとめて書こうと思ってて…まだ何も書けてないの…」
「そうなんだ。じゃあ俺が少しずつ書いとくよ」
「いいよ。私、ちゃんと書くから。赤葦君は他の仕事全部やってくれてるし…」


真面目で賢い赤葦君は、日誌を授業の合間に書いて放課後スムーズに帰れるようにするタイプらしい。赤葦君以外の男子がしてくれたら相当有難いことだが、私はあわよくば放課後に赤葦君と2人きりで日誌を書くという、少女漫画の1コマみたいなシチュエーションにならないかと期待していたので、ちっとも嬉しくない。けれど赤葦君は、放課後、一刻も早く部活に行きたいはずだから、当たり前と言えば当たり前の行動かもしれない。
一緒に日直をしているとは言っても、黒板消しやノート集めは赤葦君がスピーディーにこなしてしまっているので、私はほとんど仕事をしていない状態だった。これで日誌を書くことまでお願いしてしまったら、いよいよ私は役立たずだ。


「じゃあ、放課後に最後だけでも書くよ」
「赤葦君は部活があるんだから行っていいよ。日誌のことは私に任せて」
「どうしても書きたいことがあるから」
「…そうなの?じゃあ…先に書く?書き終わったら私に返してね」


何かそんなに重要なエピソードでもあっただろうか。全く思い当たる節はないけれど、赤葦君がどうしても書きたいことがあるというのであれば、私に拒絶する権利はない。私は持っていた日誌を赤葦君に渡す。赤葦君は私にお礼を言って日誌を受け取ると、自分の席に戻って行った。


◇ ◇ ◇



帰りのSHRが始まる前、赤葦君は私に日誌を返しに来てくれた。どうやら、書けるところは全部書いてくれたらしい。結局日誌の書き込みまで任せる形になってしまって申し訳ないことこの上ない。
さて、赤葦君のどうしても書きたいこととは何だったのだろう。気になった私は、日誌の今日のページを開こうとパラパラ捲る。


「今見てもいいけど、特記事項の欄を見たらちゃんと名前さんも書き込んで俺に返してね」
「え?赤葦君に返すの?」
「見たら分かるよ」


さっぱり意味が分からない。が、赤葦君は何やら意味深な笑みだけを残して自分の席へ行ってしまった。なぜ私が書き込んで、しかも赤葦君に返さなければならないのだろう。
私は日誌の今日のページを開き、特記事項の欄に目を落とす。そこに書いてあった文字の羅列を見て、私は思わず日誌を閉じてしまった。何、これ。意味が分からない。どういうこと?
“前から好きなんだけど”
私に宛てたものなのかすら定かではないけれど、聞き間違いでなければ赤葦君は先ほど、書き込んで返してくれと私に言ってきた。ということは、赤葦君が好きなのは、私?うそ。そんな、まさか。
いつの間にか始まっていたSHRの最中、窓側の前の方の席に座る赤葦君へと視線を向けると。頬杖をついて、こちらを見ているではないか。日誌を渡してきた時と同様に意味深な笑みを携えたまま、何やら口をパクパクと動かしている。


(見た?)


これは。やっぱり私に向けたものなのか。それを自覚した途端、熱くなっていく顔。私は日誌を開くと、特記事項の欄にサラサラと書き込んだ。もしも、これが夢じゃないのなら。期待、してもいいんでしょうか。
SHRが終わってから、私は恐る恐る赤葦君に日誌を渡しに行った。赤葦君は相変わらず、微笑んだままだ。


「書いてくれた?」
「…うん。でも、あの、」
「今見ていい?」
「……ドウゾ」


“私も好きでした”
赤葦君は暫くそのまま日誌を眺めてから、特記事項の欄に書いてあった文字を消しゴムで消して日誌を閉じた。何も言わないし、もしかして私の気持ちに気付いてからかってきたのだろうか。だとしたら、私は相当マヌケだし恥ずかしいヤツだ。


「今日、何か予定ある?」
「え?ない、けど…」
「じゃあ待っててよ」
「…それ、は、その……」
「名前と帰りたいから。付き合うんでしょ、俺達」


信じられないことに赤葦君はさらりと私の名前を呼んでそんなことを言ってきた。嬉しいけれど、嬉しすぎて何が何だか分からないし、私の残念な脳味噌ではとても処理しきれない。ただコクコクと、壊れた人形みたいに首を上下に振るだけで精一杯だ。
赤葦君はおかしそうに笑うと日誌を私に渡してきた。職員室に届けたら良いのかな?とりあえずそれを受け取る。


「じゃあ俺、部活行くから」
「あ、うん」
「最後に日誌、書き漏れがないか隅々までチェックしてから持って行って」
「わかった」
「隅々まで、ね?」
「……うん?わかった…」


赤葦君はさっさと部活に行ってしまって、今のやり取りは本当のことなのかと呆けてしまう。照れたり恥ずかしがったり、そんな雰囲気すらなかったけれど、これは夢じゃないだろうか。とりあえず、赤葦君に頼まれた通り日誌の書き漏れがないかチェックして、待っていたらいいんだよね?
今日何度目になるか分からないが、私は日誌を開く。特に書き漏れはないみたいだし、このまま職員室に持って行こう。そう思ったけれど、赤葦君に念押しされたことを思い出す。隅々まで、って、どういう意味だろう。もう一度、日誌をくまなくチェックして。私は、はっとした。特記事項の欄に気を取られて今まで気付かなかったけれど、欄外の隅の方に何か書いてあるではないか。
“夢じゃないからね、名前”
その文章に、顔が赤くなっていくのが分かった。赤葦君は、私の気持ちになんかとっくに気付いていたらしい。きっとこの先、私は一生、赤葦君にかなわないんだろうなあ。そんなことを思いながら、私はその文字を大切に消した。だってこれは、私達だけの秘密のやり取りだもんね。