昔のお話


 始めて足を踏み入れた、「父親」の“仕事場”。やたらと空気がぴりぴりしていて、僕は嫌いだった。ただ、庭の桜は綺麗だと素直に感じた。だから、この庭の主も綺麗な人に違いないと、幼い頭で考えた。
 長い廊下を歩き、何枚もの襖を潜った。「僕の家」は洋式だったから、“初めて”感じる畳の感触に、これからのことを思えば緊張しなければならないにも関わらず心躍った。靴下越しのそれは、日本独自の柔らかい心地だった。
 ふと隣に視線を送れば、「父親」が難しい顔をしていた。そんな「父親」を見て、笑いを堪えるのに必死だったのを覚えている。
 一番豪華な襖が開いたかと思うと、がらんとした小奇麗な部屋が現れた。正座をするよう促され、慣れない姿勢に顔を顰めた。
 暫くすれば、数人の厳つい男と、それに囲まれるように現れた一人の――“おじいちゃん”。和服を見事に着こなし、優雅な足取りで座布団に座した。その一連の動きがまるで映画の様で、芸術の様で、僕は感動した。
 その時、僕は「李偉」という名前を貰ったし、新しい「家族」も「友達」も貰った。
 「今までの父親」が、しっかりやれよ、と言ってくれたのが少し嬉しかった。
 多分、この時の“任務”が「普通の子供」だったから、感情まで子供っぽくなっていたのだと思う。
 今から始まる“任務”に合わせて、新しい「僕」を作った。
 そんな、昔話。



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