「――ごめんね、紅陽。でも、大好きだよ」 ファンが回る。ハードディスクに書き込む音が、今日はやけに煩い。いつも通り冷気を纏い、闇を這う僕の城。ディスプレイだけがちらちらと光を灯していた。 さすがに人間とパソコンでは生きる温度が違う。偉は自分の城で愛用している、少し厚手のコートの胸元を無意味に手繰り寄せた。 「大好きだから、こうするしかなかったんだ」 紅陽は普段から、薬物を投与されている。それは薬物に対して耐性を付けるための“トレーニング”だ。だから、今回の仕掛けは割合すんなりと実行に移せた。 ――投与後からきっかり3時間後、“全身に適度な痺れ”を。 トップレベルの工作員として育成されている紅陽は、その身体能力および機能を隈なくデータ化し管理されている。正確な薬を調合するのは難しいことではなかった――と、彼の支配下にある医師は言っていた。 「そんな状態でも、進司の胸に風穴開ける腕があるんだから……紅陽チャンは怖い怖い」 先日の状況を脳裏に浮かべながら、ぶるりと震えた。紅陽の、想像以上の腕前に舌を巻く。もしもあそこで“失敗”してくれなかったら――と嫌な妄想が渦巻いた。いや、結果として上手く事が進んでいるのだから、問題はない。 『さぁて、そろそろ――お姫様をお迎えに行かなきゃね』 よいせと立ち上がる。腰の位置をずらした瞬間、ごりと嫌な音がした。――僕ももう若くないね。軽く笑うと、頬にできた傷がびりりと存在を示した。 ほんとに、痛いのはキライだよ。 |
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